007 お嬢様ジェニファー
預かり所がスタートして一週間が経とうとしていた。
ハナとシャオランが白い大きな壁に落書きをしていると、ギルドマスターのオバルが預かり所に入ってきた。
バルトが対応するが、その隙間を通るように金髪ロングの小さなお嬢様が入ってきた。
「あら、子供っぽい部屋だこと」
慌てて老執事が追いかけてきた。
「お嬢様、まずはご挨拶をしませんと‥‥」
「どうして平民に挨拶しないといけませんの?私は貴族ですのよ」
6歳くらいのお嬢様はそう言って一瞥する。
代わりにオバルが紹介する。
「彼女はジェニファーだ。家の事情でこちらで預かる事になった。みんな宜しく頼む」
シャオランが近づいてジェニファーに目線を合わせる。
「あたしはシャオランだ。言っておくが、あたしに舐めたマネは通用しねえぞ」
「ふん」
と、ジェニファーは相手にせず、白い壁に向かっていった。
だが、ハナもこちらに向かってきていたのでジェニファーとぶつかってしまい、身体の小さなハナは尻もちをついてしまった。
「あら、小さくて見えませんでしたわ」
ジェニファーはそのまま壁に落書きを始める。
これにはシャオランもカチンときた。
「ジェニファー、来た早々にやってくれんじゃねえか。あたしを無視したあげく、ハナにぶつかるとはどういう事だ」
と言ったところでバルトがシャオランの肩に手を乗せる。
来たばかりだからあまりやり過ぎるなと言いたいのだろう。シャオランもその意は汲み取った。
「けどさあ、バルト。こういうのは最初が肝心だと思うぜ‥‥」
バルトはハナを抱き上げて、痛くないかと尋ねている。
ハナは、大丈夫、とバルトに微笑みかける。
ジェニファーの側で老執事もたしなめている。
「お嬢様。じいの目にも今のはお嬢様が悪ぅ見えました。幼いとはいえこれから共に暮らすお相手ですぞ。謝罪せねばなりません」
「ならばじい。私の代わりに謝っておきなさい」
老執事もあまり強くは言えないらしく、バルトに抱き上げられているハナに対して謝罪を始めた。
「先ほどのお嬢様の振る舞い、まことに申し訳ありません。今後はこのような事のないよう努めますので‥‥」
これらの様子を見ながら、オバルも心配ではあったが、将来の事を見据えてあえて突っ込まないようにする事にした。
ハナはバルトに下ろしてもらうと、ジェニファーの元へ向かった。
「ジェニファーちゃん、髪が凄く綺麗ね」
これにはジェニファーも満更ではなかったのか、
「そうでしょ?自慢の髪ですのよ」
「いいなあ。ジェニファーちゃん、お姉ちゃんになってくれる?」
この言葉にジェニファーの雰囲気がまた怪しくなる。
「私があなたのお姉ちゃん‥‥いいですわ。あなたのお姉ちゃんになってあげますわ」
と、お昼の時間となり、フェリーナに促されて食事スペースに皆が向かう。
シャオランが老執事を捕まえて文句を言っている。
「どういう育て方をしてるんだ、あの娘は。あたしは大人だからこれでも我慢してやってんだ。これ以上悪行が続くんなら分かってんだろうな」
老執事はそれを聞いて冷や汗を流して平謝りしている。
バルトも悩みを抱えるようになっていた。この歳まで家族を持たず、突然一緒に暮らす事になった者へ、どうしたら愛することが出来るのか分からずにいたのだ。
食事が並べられ皆がそれぞれ席に着いた。
シャオランが音頭をとる。
「手を合わせて。いただきます」
「いただきます」
シャオランは勿論ジェニファーをしっかり見ていた。
教えてないのにちゃんとやれんじゃねえか‥‥
食事のマナーに関しては貴族として身に付いてんのかもな‥‥
と思っていた矢先にジェニファーが食事にケチをつける。
「まあまあ、庶民的な食事ですこと。私の口に合うかしら」
それを聞いてフェリーナが青ざめる。
「味も下品ですわね。やはり平民と貴族の舌は違うようですわ」
フェリーナはとうとう泣き出してしまった。
シャオランが立ち上がる。
「ジェニファー!」
ジェニファーも負けじと言い返す。
「何ですの」
「フェリーナは一流の調理人だ。フェリーナに謝れ」
シャオランはバルトの手前、少しト-ンを下げてそう言った。
ジェニファーは悪びれずに言い返す。
「何故ですの。本当のことを言ったまでですわ」
バルトもこれには意見を出した。
「ジェニファー。ここは他に行く宛がない者が暮らす場なのだ。フェリーナの食事が食べられないのなら元の貴族へお返しするしかないが、どうする」
ジェニファーはそう言われて冷や汗を流す。
「まあでも食べられないわけではないから食べてあげますわ」
フェリーナは食べてもらえて嬉しいのと、貶されて悲しい感情が混じって泣いている。
「ごめんねえ。私、頑張りますぅ‥‥」
最悪の雰囲気で皆が食事するなか、シャオランは怒りのオ-ラを放ちながら食べており、フェリーナは泣きながら食べている。ハナはそんなフェリーナに、美味しいよ、と慰めながら食べている。老執事は居場所に困りながら遠慮がちに食べている。ジェニファーはマイペースな感じで食べている。
バルトは、それらを見ながら暗い表情で食べるしかなかった。