062 無視
魔法学校に入学したアスカは希望に満ちていた。
母親が苦労に苦労を重ねて購入した制服に身を包み、帽子をかぶり杖と魔導書を手に登校する。
友人もその日のうちに出来た。
友人マリネは同じクラスで平民の普通の娘である。
二人が話す内容は、お互いに得意魔法が違うので、それを教え合うことや、古の魔法使いの伝説、または冒険者になってからの憧れの装備品についてなどである。
この世界は人ならば誰もが魔力がある。その魔力量は様々で成長率もバラバラである。
また、使える魔法の属性は多くの者が一つだけであり、稀に2属性、3属性以上使える者もいるという。
アスカも風魔法しか使えない。マリネも水魔法のみである。
教えあったところで才能が無ければ別の魔法は会得は出来ないが、会話のネタになればそれでいいようだ。
そんなある日。
マリネが自分の家族の事を話題にしたことがあった。
アスカは黙って聞いていた。アスカは自分の家族については話したくなかった。
父親が既にいないこと、そのせいで貧しい生活になっていることを知られたくなかったのだ。
なので、父親について聞かれた時は、父は冒険者で今は遠くの国にいるのでよく知らないと話すことにしていた。
二人が帰りに通る繁華街に差し掛かる。
アスカの目の前に酒場の残飯を大型の箱へ処理している母親の姿を見かけてしまう。
クロエもアスカに気づいて、おかえり、と声を掛けた。
だが、アスカはマリネに話しかけて、聞こえていないふりをした。
アスカは、残飯を処理している人が自分の母親だと思われたくないと思ってしまったのだ。
マリネは、急に話題をふられて少し変に思ったが、そのまま会話を続けている。
母親とは気づかれていないようだ。
アスカは酒場を通りすぎて、恥ずかしい気持ちとバレなくて安心した気持ちと母親を無視してしまった苦しい気持ちが混ざり合う。
一方、クロエは後悔していた。
友達と一緒にいたから、話しかけてはいけなかったんだ、と。
アスカの友達は、母親がこんな汚い仕事をしているとは知らないだろうし、アスカも知られたくないだろう‥‥
恥ずかしいよね‥‥
声を掛けてしまって‥‥
ごめんね‥‥
それ以来アスカが通りかかってもクロエは目を背けるようになった。
アスカも何となく話しかけにくい雰囲気になってしまっている。
マリネと話をしながらも、自分で酷い娘だと思うようになっている。
しかし、打開策は何もなく月日だけが過ぎていった。
アスカは改めて母の行動を観察する。
母は、自分が起きる頃には既に教会に行って清掃を始めている。
お昼からは酒場に行き、食器洗いをひたすら行い、客が落ち着いてくる3時頃に残飯処理と清掃を行う。
家に帰ってくるのは深夜0時頃だ。
満足に寝る時間もなく、休みもなく毎日母は仕事に身を削っているのだ。
母はそれでお金を稼いでいる。
そのお金で自分は魔法学校に入学出来ている。
そのお金で制服や装備品、魔導書を買ってもらった。
自分はその分、家事をしたりお弁当を作ったり買い物をしたりするが、それでお金を稼いではいない。
家事を一生懸命やっても魔法学校には行けない。
魔法学校に通えるのは母が稼いでいるからだ。
その母に私は無視をした‥‥
母は何も悪くないのに‥‥
毎日私のために朝から夜遅くまで働いているのに‥‥
友達に知られてもいいと何故思えなかったんだろう‥‥
悪いのは私だ!‥‥
謝りたい‥‥
アスカは自然と流れる涙を拭い、明日こそ変わるんだ、と秘かに決意するのであった。




