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050 手に入らなかった愛情

 ジャンとセシルが家に入ると、赤ちゃんを抱いたジネットが座り込んで放心している。


 赤ちゃんは目を薄く開けているが、動いていない!


 ジャンは赤ちゃんを取り上げて確認する。


 呼吸をしていない‥‥


 心臓の音が‥‥しない‥‥


 「おい、あんた。赤ちゃん死んでるぜ‥‥」


 ジネットは力なく項垂れている。


 セシルは赤ちゃんを抱きしめて泣き出した!


 「この子が、助けを叫んでいたんだ。赤ちゃんが死んじゃう!って。あんた、赤ちゃんに何をしたんだ!」

 ジャンがジネットに迫る!


 「私じゃない‥‥私じゃない‥‥」

 ジネットは震えながら否定する。


 ジャンはセシルを宥めて尋ねた。

 「君はママが赤ちゃんにしたことを見たよな」


 セシルは頷いて、ジネットが赤ちゃんを怒って激しく揺らしていたことを話した。


 ジャンはジネットに詰め寄る。

 「まだ産まれて間もない赤ちゃんは激しく揺らしたら脳に障害を起こすことがあるんだ‥‥それに最悪死ぬことだってある。あんた、母親なのに知らなかったのか!」


 ジャンは、ジネットが話せる状態ではないので、騎士団を呼んで対処してもらうことにした。


 そして、セシルに話す。

 「父親はいるのかい?」


 「いるけど、今はどこにいるか分からない‥‥」

 セシルは、今日は父は仕事じゃないけど、朝から出掛けていてまだ戻らない事を伝えた。


 「そうか‥‥オレは冒険者ギルドの中にある、こども預かり所の者で、ジャンだ。もし、父親も酷いんなら、君を保護しようと思うんだが‥‥」

 とジャンが言うとセシルは、

 「そこへ行きたい」

 と、ここには居たくないようだった。



 ジャンは、到着した騎士団に、赤ちゃんが死亡した経緯と、父親がまだ帰って来ないこと、セシルをこども預かり所で預かる事を伝えた。


 セシルは、弟が産まれる前から兄夫婦に対して、子供がいない事をバカにすることがあったこと、父はそういう話を聞かされてうんざりしていて、母とよくケンカしていたことを話した。


 「パパは仕事しか興味がないの。わたしや赤ちゃんには全然話しもしてくれないの‥‥」


 「そうか‥‥預かり所のこどもたちも辛い環境にいたんだ。だからセシルのことは、みんな受け入れてくれるよ」


 「うん‥‥」


 セシルが元気を取り戻すには時間が必要だと、ジャンはバルトに事情を説明して、みんなに紹介した。




 一週間が経過した。


 セシルの心の傷はかなり深く、大人もこどもたちも何とか寄り添いながら心を開いて欲しくて話しかけていたが、そこまでには至らなかった。


 「父親は何で来ないんだ?」

 とウィリアムがジャンに尋ねた。


 「父親は一人で家にいるらしい。妻が赤ちゃんを死なせたんだ。それを知ってからは世間体を恐れて外に出るのが怖いらしい」

 ジャンがそう言うと、聞いていたビスマルクとウィリアムは呆れてしまった。


 そんな中、ある夫婦が預かり所を訪れた。

 バルトが対応して事情を聞くと、セシルを呼んで夫婦に会わせた。

 「セシルちゃん!大変だったわね‥‥いつも頑張って赤ちゃんのお世話もしてたのに悲しかったね‥‥」

 ジェルメ-ヌがセシルを抱きしめた。


 「セシルちゃん。今日はね、セシルちゃんのパパとママになりたくてここに来たんだよ」

 クリストフはそう言うと妻とセシルを抱きしめる。


 セシルは、驚きながらも悲しさで冷たくなっていた心が二人に温められるような気持ちになっていく。

 「わたしの‥‥パパとママに?‥‥ほんとう?‥‥」


 「本当だよ。ボクたちは知ってる通り、子供がいないんだ。セシルちゃんがうちに来てくれたら嬉しいな」

 クリストフはそう微笑む。


 「セシルちゃんのことを毎日気にしていたのよ‥‥私たちは、あなたと暮らしたいの‥‥」

 ジェルメ-ヌは感情が溢れて涙を抑えられない。


 セシルも心の奥では同じことを願っていた。


 だが、普段から赤ちゃんを押しつけられたり、欲しいものがあっても我慢することが日常になっていたセシルは、兄夫婦が親ならいいなと思いながらも、ずっと心に閉まっていたのだ。


 「わたしの‥‥パパとママになってくれたら‥‥わたしも嬉しい!」

 セシルは幼い頃からの我慢から解放されたようにわんわん泣き出した。


 セシルは長い間手に入らなかった親からの愛情を受け入れて兄夫婦の子供となった。


 バルトは親子に言葉を送る。

 「この預かり所は、行き場のない子供が暮らす場所です。セシルが今後、ここに来ないように愛してください」



 親子はバルトに礼をして預かり所を去る。


 セシルを真ん中に手を繋いで帰る様子を見送りながら、彼らは直ぐに本当の家族になるだろうと、バルトは預かり所に安心して戻るのであった。







 

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