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041 八十歳の大冒険

 翌朝。ジャンがおばあちゃんの家に行こうとすると、ビスマルクとウィリアムも同じタイミングで外に出ていた。


 「へへっ、息ぴったりだな」

 ジャンが笑う。


 クエストの話題になるのは必至だったこともあり、こぞっておばあちゃんに三人で会おうということになった。


 おばあちゃんの名前はウメといい、八十歳になる。


 ウメの夫がいる間は家族も多くいて、三人の息子たちが結婚すると家が大きいこともあって、一緒に暮らしていた。


 やがて孫が生まれていき、最大14人家族となる。


 ウメは賑やかな家族の雰囲気が好きだったらしく、周りの家族が口論しても談笑しても温かく見守る人だった。


 散歩も好きらしくよく村を散策していた。


 孫同士で遊ぶことが多かったので、気づかないうちに服が破れたり解れたりすることがあると、ウメが裁縫で破れたあとも分からないほど綺麗に直していたりした。


 そんな中、孫が成長していくにつれて、都会に行くようになり家族が減っていった。


 冒険者になる者、商人を目指す者、嫁いだ者と様々だが、孫たちはそれ以来音信不通となる。


 そして夫が寿命で他界。


 息子夫婦たちとウメでまだ七人で暮らしていたが、次男夫婦が魔物に襲われて他界した。


 時をおいて三男夫婦も天に召されてしまった。

 

 そして、長男夫婦とウメが残され、ぐっと寂しさが増してゆく。


 「どうしてワタシより先に逝ってしまうのかねぇ‥‥」

 賑やかだった昔を偲びながらウメが呟く。


 長男夫婦はそんなウメを励まして明るく振る舞っていたが、昨年遂にウメだけをおいてこの世を去った。


 それからは、日課にしていた散歩もしなくなり、家の中でひっそりと自分の寿命を待つ毎日となったという。


 「ウメさん、オレたちのこと覚えてるかな‥‥子供の頃に一緒に散歩したり小麦をもらいに来てたジャンだけど‥‥」

 

 ウメはジャンを通り越した遠い目をして

 「ジャン?‥‥ああ‥‥いたわねぇ‥‥あのこはいつも元気だったわねぇ‥‥」


 ジャンは、予想以上のウメの状態に愕然とする。


 ビスマルクもウィリアムも聞いてみるが同じように返され、自分たちとは焦点が合わない。


 「村のみんなもウメさんのことを心配してるんだ。家族がいなくなって寂しいのは分かるよ。たまには外に出ないと‥‥」

 ウィリアムも心配する。


 ウメは抜け殻のように小柄な身体を正座のまま動かさない。


 これは、少し強行手段が必要かもと思い、

 「ウメさんにはまだ長生きしてほしいんだ。悪いけどおんぶするよ」

 ビスマルクはウメを半ば強引におんぶした。


 そのまま家を出る。


 暗かった家から光降り注ぐ外に変わる!


 数ヶ月ぶりの外の景色が眩しい!


 ウメは夢の中のように昔の記憶を遡る。


 


 日課の散歩をしていると隣のジョルダンが挨拶をしてくれる‥‥


 その先の家では新しい子供が産まれたみたい‥‥


 小麦畑では長男夫婦と次男夫婦が汗を流して働いていて、三男夫婦が休憩のために冷たい飲み物を運んでいる‥‥


 そうそう‥‥


 この辺りは千年桜‥‥


 そういや今年は見なかったわねぇ‥‥



 ウメの目が、生気が戻ったかのようにキラキラしている。


 「あ!おばあちゃん!元気になったんだね!」

 こどもたちが声を掛けてきた。


 「ウメさん、久しぶりだね!」


 「ウメさん、一緒に長生きしましょうね」


 現実に戻り、いつの間にかウメを見つけた村の人たちが声を掛けてくる。


 「ウメさん、久しぶりの外の空気は結構いいだろ?」

 ジャンが言うとウメは微笑んで

 「そうね‥‥でも、人一倍生きたから十分だと思ってたわ‥‥」


 ウメの家に着いて、ビスマルクがウメを下ろす。


 「今、オレたちはサイハテブルグという町にいるんだ。そこで、こども預かり所ってのが出来て関わらせてもらってるんだけど」

 ジャンがそう話し出すとウメは

 「ありがたいけど、こどもたちのお世話は難しいわねぇ‥‥」


 「ウメさんには一緒にいてくれればいいよ。保育士は他にもいるんだ。家族も多くて賑やかだし、調理人もいる。そんな家族を見守って欲しいんだ」

 

 ジャンの言葉を聞きながら、ウメの昔の大家族を思い出していた。


 みんな天国にいって人生は諦めていたけど‥‥


 もう少し‥‥


 長生きしてみようかしら‥‥


 



 ウメはジャンの申し出を受け入れて、サイハテブルグに行くことになった。


 ジャンは自分の家族にその事を報告した。


 「そうかい。ウメさんにとってもいいと思うよ。ただ‥‥寂しいねえ‥‥」

 あの母が涙ぐむ。


 ジャンは母の意外な涙に、責任がグッと乗ったのを感じた。


 「預かり所は大家族なんだ。ウメさんには少しずつ馴染んでもらうつもりだよ。それと、ごめんな。ウメさんの事は時折連絡するから」

 

 「ジャン。ウメさんのこと、よろしくな」

 父は変わらず穏やかにそう言った。


 「ああ、分かったよ」

 ジャンは父に微笑む。


 「何だかんだパーティリーダーやってるだけあって、頼もしくなったな。たまにはこうやって顔を見せてくれよ」

 兄のポールが言うと、ジャンは恥ずかしながら

 「へへっ、ランクもCになったんだ。パーティもウメさんも任せてくれ」

 と言った。



 翌朝。


 三人の戦士とウメはキリリ村の人々に見送られてサイハテブルグへ旅立った。


 荷車に荷物と布団を敷いてその上に小柄なウメが座る。


 ウメの負担を軽くするための座布団代わりだが、ウメは初めての冒険に楽しそうである。


 サイハテブルグ‥‥


 どんな町かしら‥‥


 これから会う新しい家族も楽しみね‥‥


 キリリ村の家族の思い出は八十年分この胸にしまってあるもの‥‥


 そっちに行くのは少し遅くなるけど‥‥


 思い出しながら新しく暮らしていくわね‥‥



 「キリリ村を出たことがなかったから、全部初めての景色ね!ワタシの初めての大冒険だわ」


 ウメの目は純粋な少女のように輝いているのであった。






 

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