039 三枚の絵
時は過ぎてリンダ王女来訪の日となった。
大人たちは冠婚葬祭にしか着ないような礼服を着ることになり、妙に緊張している。
子供たちも、この日のために誂えた子供用の礼服を用意してもらい、とても喜んでいる。
リンダ王女は護衛を極力減らして二人のみをつけてサイハテブルグに訪れた。
これにサイハテブルグの民たちは、
「護衛が二人しかいない!なんと豪胆な王女なんだ!」
「いや恐らく百人、五百人と引き連れては戦を連想させるとの事ではないか」
「リンダ王女のドレスを見よ!レーベン国旗と同じ配色をされている!」
レーベン国旗は青と緑を斜めの線で仕切り、中心にはレーベン家の紋章を記した造りになっている。
リンダ王女は、訪問するレーベン王国に敬意を表し、ドレスを青と緑を斜めに仕切った配色のものを着てみせた。
この姿を見せられては、仮に反フォーゲル王国の者がいたとしても、一気に友好的な感情になってしまう。
リンダ王女のこういった細やかな気遣いに気づいたサイハテブルグ民は大歓迎ムードとなった。
到着が朝九時頃だったので、フェリーナは食事は作らなくて良さそうだと、かなり安心している。
ほどなくして、リンダ王女が冒険者ギルドに到着した。
ギルドマスターのオバルとバルトがギルド前で出迎える。
「お待ちしておりましたリンダ殿下」
リンダ王女に対して貴族の礼をする。
「こども預かり所におりますバルトでございます。お見知りおきを」
リンダ王女に対して騎士の礼をする。
「バルト‥‥貴方がバルト様でしたのね。御高名はフォーゲル王国にも轟いておりますわ」
リンダ王女は有名人に会えたファンのように喜んでいる。
バルトは恐縮しながら王女を案内する。
冒険者ギルド自体は休日ということにして、空にしている。粗野な冒険者を見せるわけにはいかないからだ。
バルトが預かり所のドアを開けてリンダ王女を招き入れた。
「リンダ殿下、ようこそこども預かり所へ!」
と、歓迎の言葉で迎えられたリンダ王女は笑顔で応える。
部屋全体に折り紙をふんだんに使って装飾された景色がリンダ王女を和ませる。
「まあ!想像以上に可愛らしい部屋ですのね。これも皆さんで一生懸命飾られたんだなあと伝わって嬉しいです。大変だったでしょう、こんなにたくさん飾って下さって‥‥」
主に飾りをしたジェニファーとシャオランとフェリーナが嬉しさに赤くなる。
大きな壁一面に描かれた絵と言葉が目に入る。
絵はロイスとアリスを中心に描いたようで子供にしては上手く描けている。
また、言葉にしても『歓迎』の文字の他に『大好き』と書かれていて、子供らしいなという可愛い気持ちと純粋さが出ていて胸をきゅんとさせる。
「上手に描けてますね。これは私ですか?」
中心の王女を指差して尋ねた。
「はい。王女様です。周りの人々はサイハテブルグの町民で、歓迎している様子を描きました」
と、ロイスが説明した。
「ふふふ。『大好き』と書いていて嬉しくなりますわ。座ってもよろしいかしら。皆さんも座りましょ」
と、促した。女性は横座りになるが、男性は片膝をついた姿勢か正座になるので、リンダ王女が笑い出す。
「うふふ。殿方はそれではお辛いでしょう。胡座でも足を伸ばされてもよろしいですのよ」
男性陣はお互いに目を合わせながら、では失礼して、と胡座をすることにした。
「私は王女ですが皆さんとリラックスした形でお話ししたいと思っておりますの」
とリンダ王女は微笑んだ。
そこで、ロイスが立ち上がり礼をして、
「リンダ殿下。実はボクたち子供で歓迎の歌を歌わせていただいてもよろしいでしょうか」
と言うとリンダ王女が笑顔になり、
「まあ!是非聞かせて下さいませ!」
と、聞く気満々である。
子供たちだけ起立して歌い始める。
合唱団ではないので、決して上手くはないが、リンダ王女に対しての歓迎の気持ちやこの日のために練習をたくさんしていたんだなと伝わる歌であった。
子供たちが歌い終えるとリンダ王女は心から拍手を送っていた。
「お歌、ありがとうございます。皆さんのお気持ち、すごく伝わりましたよ。素晴らしいわ」
子供たちは王女に褒められて、良かった~と安心してその場に座り直した。
「それで、オバル卿。何故こども預かり所の設立をされたのかしら」
リンダ王女から質問された。
オバルは想定内の事なので、詳細に説明を始めた。
「そうでしたか‥‥我が国もこのような施設は必要だとは思いながら、運用をどうすれば良いのか分からなかったのです。早速、フォーゲル王国でも取り入れたいですね」
リンダ王女はやはり収穫があったと、ここに来たことは間違いではなかったと思った。
そんな時、フェリーナの腕にハナがもたれ掛かるのを感じた。
見ると、ハナが寝息をたてて眠っていた。
さらにその隣のミアも、さらに隣のグリムも座りながら寝ている。
フェリーナは、ええ~っと困惑している。
リンダ王女もその事に気づいて、起こさずにそのまま寝かせてあげてください、と言った。
「うふふ。可愛らしいお顔。難しいお話しになって眠くなったのかしら」
と、リンダ王女が言うと、シャオランがつい口走ってしまう。
「すいません、早く寝るように言ったんですが‥‥」
リンダ王女はその言葉が気になり、何かありましたの?と尋ねた。
「実は‥‥この子達はリンダ殿下の絵を描いていたんですが、夜遅くなっても描いていたみたいで‥‥あまり寝てなかったんだと思います‥‥すいません!」
シャオランが起立して謝罪した。
リンダ王女はそれを聞いて、眠っている三人の子供たちを愛おしく感じていた。
それからもリンダ王女からの質問が続き、そろそろお帰りになる頃、三人の子供たちが目を覚ました。
「あれ‥‥寝ちゃったみたい‥‥あ、おわっちゃったの?」
ハナ、ミア、グリムが、リンダ王女のお話しを聞きたかったのに不覚にも寝てしまい、後悔の涙を流す。
その様子を見て、リンダ王女が一人ずつ優しく抱きしめる。
「夜遅くまで一生懸命絵を描いていたんでしょ?大丈夫です。まだ終わってないわ。だってまだ絵を見てないもの」
リンダは一人ずつ描いた絵を手に取る。
一見すると子供らしい可愛らしい絵である。
グリムの描いた絵は、赤いハ-トを中心にして、リンダ王女とソフィア王女がハグしており、周りにはあらゆる人々の笑顔を描いていた。
「何故こんな感じに描いてみたのかしら?」
グリムは恥ずかしそうに話した。
「ボクのいた町で、周りにいた人が次々に死んでしまう事があって、ボクは悪魔の子とよばれてたんです。でも、この町に来て、悪魔の子じゃないことも分かって、みんなボクを受け入れてくれた。何て言うか‥‥冷たかった周りが温かく感じたんです。そんな世界になったらいいな、と」
リンダ王女はそれを聞いて改めて絵を見る。
「そうでしたか‥‥たくさんの人に笑顔になって欲しくて頑張って描いたのね‥‥」
ミアの絵は地球を中心に描いて、リンダ王女とソフィア王女が万歳している。その上を白い鳩が五羽飛んでいる。下半分は色んな動物が笑顔で囲んでいた。その真ん中に母親と少女が握手している。
リンダ王女はミアにも聞いてみた。
ミアも恥ずかしそうに話し出す。
「ミア、今はママと離れてるの。前はとても優しくて大好きだったけど、お仕事が忙しくなって、いつもミアを怒るようになっちゃったの‥‥でも、ミアはママのこと好きだからお誕生日にケーキでお祝いして仲直りしたかったんだけど、ミアが転んでくずれちゃったの。ミアはママと仲直りしたい。動物さんも家族仲良くしたいと思う。」
リンダ王女は鳩はどうして描いたのか尋ねてみた。
ミアは笑顔で話す。
「ハトはね、仲直りの鳥さんなの。ママが言ってた」
リンダ王女は改めて絵を見る。
「そうでしたか‥‥レーベン王国とフォーゲル王国も仲直りしたい‥‥この絵のように頑張らないと‥‥」
ハナの絵はリンダ王女とソフィア王女を中心にしてその手が繋がれている。その周りを大人や子供が手を繋いで笑顔で囲んでいる。恐らくモデルは預かり所のみんなだろう。背景は黄色で塗りつぶされており、全体的に明るい配色で描いている。
リンダ王女はハナにも聞いてみた。
ハナは話し出す。
「わたし、パパとママと旅をしてたんだけど、ママは元気じゃなくなって死んじゃって、パパはたくさんの魔物と戦ったけど血がいっぱい出て死んじゃったの。わたしがひとりになってすごく怖かったの。でも、ある日いい匂いがしたから行ってみたらバルトがいたの。バルトがお肉くれて、美味しかった。バルトといるとね、お姉ちゃんやお兄ちゃんがたくさん出来たの。ひとりは怖かったけど、みんな優しいの」
リンダはそれを聞いて改めて絵を見る。
「そうでしたか‥‥それでみんな離れないように手を繋いでいるのですね‥‥そして、協力して支えあっている‥‥周りを黄色にしたのは、闇を入れたくなかったんだわ」
リンダ王女の目に涙が溢れてくる。
こんなに幼い子供たちが、愛情、平和、友情を描いている‥‥
この子たちの絵を現実にするには、私たち王族が世界に働きかけねばなりませんね‥‥
リンダ王女は三人の子供たちに決意する!
「この絵をソフィア王女にも是非見せたいの!お借りしてもいいかしら」
三人は元気良く、うん!と応えた。
この話しはオバルの口から詳細に語られ世界に発信された。
リンダ王女とソフィア王女はこれを機に世界を股にかけた王族外交を展開していくのである。




