036 崩れたケーキの味
「ミア、どこにいるんだよ‥‥」
シャオランが来た道を引き返しながらミアを探していると、横に公園が広がっているのが見える。
「まさか、この中か?」
シャオランはすっかり暗くなった公園を走り回る。
公園はかなり広いが、隠れそうな場所は少ない。
「あれは?‥‥」
シャオランが小さなお城を見つける。
「最近は、こんなのが出来てたのか。女の子が好きそうな感じだな‥‥」
近づくと、しくしくと泣き声が聴こえてくる。
シャオランがお城の中を見てみると、ケーキの箱を見ながら泣いているミアがいた。
シャオランが安堵して声をかけた。
「良かった~。無事だったんだな」
だが、ミアは首を横に振る。
「お誕生日のケーキ‥‥ミアが転んで‥‥くずれちゃったの‥‥」
やはり、四才くらいじゃ持って帰るのは厳しかったか‥‥
一緒に家まで持っていってあげるべきだったな‥‥
「服も汚れちゃったから、ママ‥‥きっと怒る‥‥」
ミアは、それで家に帰りづらくなっている。
「転んじゃったかあ‥‥ケガはないのか?痛いとこはないのかい?」
「大丈夫‥‥ミア、ごはんこぼしたり、お片付け下手だから悪い子なの‥‥いい子になるにはどうしたらいいの?」
シャオランはミアの頭を撫でながら言う。
「ミアはいい子じゃねえか。ママのためにお誕生日お祝いしたいなんて、そんな子供なかなかいないんだぜ。‥‥もう暗いし、ママも心配してるはずだ。あたしもついていくから帰ろっか」
ミアは下を向いたまま頷く。
シャオランがミアと手を繋いで家に向かっていると、「ミア!」と声がした。
ミアも、ママ、と反応して手を離してパウラの元へ走る。
シャオランは、やはり娘が心配で探し回っていたんだな‥‥と、様子を見ていると、パンっと乾いた音が聴こえた!
ミアは頬を叩かれて驚いている!
パウラは、もう一度叩こうと右手を振り上げた!
「やめろ!」
シャオランがパウラの右手を掴んで、ミアから引き離した。
パウラは怒り心頭な顔で、
「どうしてお前は心配ばかりさせるのよ!ママは仕事で疲れてるんだから、これ以上面倒かけないでよ!」
と、ミアにきつくあたる!
シャオランは、落ち着け落ち着けとパウラを諭すが聞き入れない!
ミアも怖がって泣きながら二人を見ている。
シャオランは、ミアの手前なので格闘家の力は使いたくないと思っている。なんとか諭していかないと‥‥。
「ミアが持っている箱が分かるか‥‥あれは、あんたが誕生日だからと、ミアが用意したケーキなんだ。ミアはな、あんたが仕事で大変なのも疲れてるのも分かった上で仲直りしようとしてるんだ!」
シャオランは、掴んでいるのは右手だけだが、それ以上動けなくしながら言った。
「仕事なんだ、嫌なことも辛いこともある!でも、それを自分の娘に向けちゃいけねえだろ!」
パウラはそれでも自分の不幸さを訴える!
「真面目に頑張っても、理不尽に怒られるのよ!毎日働いてもずっと生活は良くならない!この子がいなかったら!‥‥」
ミアは、その言葉に深く傷ついてしまう。
「ミアがいなかったら‥‥何なんだ‥‥」
シャオランが静かに怒る。
「ミアがいない方が幸せだった!」
シャオランは、ミアには分からないように、パウラの右手の激痛のツボを押した!
シャオランは手を離したが、パウラは声にならない悲鳴をあげて動けない!
「ミアがいない方が良かったの?‥‥ママは、ミアのことキライなの?‥‥」
ミアも混乱している。
シャオランはパウラを酷い親だなと思いながら静かに話す。
「ミアにとって、ママはあんたしかいないんだ。どんなに叱られても、嫌いと言われても、あんたを頼りたいし、そうするしかないんだよ。あんたから産まれたんだ‥‥それだけ絆が深いんだぜ。あんたはもう、この子を愛せないのかい?」
パウラは、これだけ言われても自分の置かれた不幸さを主張する。
シャオランはミアに目線を合わせて言った。
「ミア‥‥ママは今、ミアのことを考える余裕がないんだ‥‥一度離れてみないか?」
ミアはシャオランをじっと見ている。シャオランは具体的に話してみる。
「ミアは、ママと離れてあたしと暮らすんだ。ミアがお菓子屋で会った同い年くらいの女の子がいただろ?あの子もいる。ママは今は一人になって反省する時間が必要なんだ。どうかな‥‥」
ミアが迷っていると、お菓子屋の主人が近づいてきた。
「不躾ながら事情は聞かせてもらいました。パウラさん‥‥仕事の不満をミアちゃんに向けるのは理不尽ではないですか?今の仕事がうまくいかないなら、うちで働きなさい。報酬も良くしましょう。貴女には心の余裕がないようだし、少しミアちゃんと離れて頑張ってみませんか」
主人に言われて、パウラは漸く落ち着きを取り戻す。
「‥‥いいのですか?」
主人は頷いて言った。
「勿論です。もう一度一人になって自分を見つめ直して下さい。しかし、こちらも雇う以上は短期間では困ります。少なくとも一年間はミアちゃんと離れてもらいます。いいですね」
短期間で子供を返して、同じ過ちをしてしまう親は残念ながらたくさんいる。
主人はそうならないように、一年間パウラを預かることで、責任持って立派な親に戻れるよう教育する決意でそう言った。
パウラは、親として頑張ってきたつもりだったが、間違った方向に走っていたんだ、と主人の申し出を受け入れた。
シャオランも、二人のやり取りを見て言った。
「あたしも、ミアを責任持って守るよ。あんたもしっかり心の余裕を作るんだ。それと‥‥ミアが転んで形は崩れちまったが味は同じだ。ケーキ、必ず食べてくれ」
ミアがパウラにケーキを渡す。
「綺麗なケーキだったんだけど‥‥ごめんなさい‥‥ママ、お誕生日おめでとう‥‥」
本来は明るく渡したかったが、離れて暮らすことになり悲しみが勝ってしまう。
パウラは、力なく、ありがとうと言うとケーキを手に家に戻る。
シャオランとミアは、パウラが見えなくなるまで見つめていた。
ミアがお城について話し出す。
「公園のお城はママとミアの特別な場所なの。前にママが物語を話してくれてね。王子様とお姫さまのお話し。面白くて何度もママにお話ししてもらってた。あのお話しをしてくれた時の優しいママに戻ってほしいな‥‥」
そして、主人に向き直り礼をした。
主人は独り言のように話し出す。
「貧しいとね、その日その日で頭がいっぱいになるんですよね。でも、みんなそのような状況で家族のために歯を食いしばって頑張っている。だからといって、不満や愚痴を子供にぶつけてはいけない。子供が仕事の失敗をしたわけじゃないんだから」
主人は続けて話す。
「ミアちゃん。ママは少し時間が掛かると思うけど、おじさんが必ず優しいママに戻すと約束するよ。その間、このお姉さんのところでミアちゃんもいい子でいるんだよ」
ミアは、うん!と大きく頷いた。
パウラは、家に戻ると形の崩れたケーキを取り出す。
ミアの小さな身体で大きめのケーキを一生懸命家に持って帰ろうとする情景が浮かんでくる。
だけど、途中で転んでケーキが崩れてしまい、ワクワクしていた顔が、一転泣き顔に変わってしまうところも容易に想像出来てしまう。
仕事のイライラで自分の誕生日も忘れてたのに‥‥
それどころかミアの誕生日さえ私は何もしなかったのに‥‥
ミアは私と仲直りするためにケーキを融通してもらったなんて‥‥
たった二人の家族だというのに‥‥
私は‥‥
親失格だ‥‥
一口食べるごとにミアの優しさが伝わる。
パウラは食べるごとに涙を流した。
パウラは食べるごとに謝った。
ごめんねミア‥‥
ママがバカだったね‥‥
ミアはこんなにいい子なのに‥‥
いい子なのに‥‥
翌日、勤めていた飲食店を辞めてお菓子屋の主人の元へ向かった。
「パウラです。今日からお世話になります!宜しくお願いします!」
主人はパウラに微笑み掛ける。
「宜しくお願いします。パウラさん、貴女はまだ若い。十分やり直せるんだ。仕事はたくさんあります。ついてきて下さい」
パウラは憑き物が取れたような笑顔を取り戻す!
「はい!ついていきます!」




