032 ピエールの執念
一週間後、シモンは地元に戻り、自宅で待つピエールの部屋に入った。
ピエールは14才になる。何もなければ来年には冒険者ギルドに戦士として登録し、ゆくゆくは騎士を目指しているはずだった。
そのピエールはベッドで寝ながらバルトの活躍が載った記事を見ていた。
そんなピエールを、シモンの妻であるアメリアが看病していた。
この世界では医者はそれほど進歩していない。入院出来るほどの病院もなく、風邪、出産、止血、消毒、骨折、あとは薬を調合するためにある職業となっている。
勿論、手術はまだ出来ない。
それは、回復魔法がある世界なので、医者としての進歩は遅れてしまうのだ。
つまり、聖職者の方が治せる病が多いのだが、世界にほとんどいないため、会うのが奇跡となる。
そのレベルまではいかないが、ある程度の症状、失明、毒、疲労、痺れなどを回復出来るのが僧侶と神官となっている。
その聖職者も、難病を治す旅に出ているので、患者から旅の費用をいただくのだが、かなりの高額になってしまう。
僧侶であれば、冒険者にもいるし、神官は教会にいるので比較的会いやすいので、当人同士の交渉となる。
ピエールはシモンの様子に断られた事を察する。
シモンはバルトとの対談を詳細に話した。
「‥‥で、バルト様は半年後なら空けておく、と‥‥」
「半年って、この子は二ヶ月しか‥‥」
アメリアが涙ぐむ。
「私の憧れていたバルト様は、思っていた人ではなかったよ‥‥」
シモンは肩を震わせて泣いている。
すると、ピエールが上半身を起こして言った。
「違うよ、父さん‥‥やっぱりバルト様は‥‥父さん!ボクはバルト様が来てくれるのを待っていたけど、半年後ボクが会いに行く!」
「何を言ってるんだ‥‥お前は歩けないんだぞ‥‥それに‥‥」
シモンは困惑している。
ピエールはその日を境に、立ち上がる練習を始める。
バルト様は半年後にボクと会ってくれるんだ!‥‥
ずっと憧れていた人にボクは会うんだ!‥‥
約束は破れない!‥‥
サイハテブルグに、ボクが行くんだ!‥‥
しかし、ピエールの足に力が入らない!
椅子から立ち上がることなんて全く出来ない!
それでも、歯を食いしばって立ち上がろうとする!
母のアメリアは、そんな息子を見るのも心が苦しくなってくる。
父のシモンも、バルトへの怒りが沸いてくる。
頑張っても二ヶ月後には、この子は天に召されるのだ。
それでも、ピエールは命を縮めてでも立ち上がろうとしている!
何日も立ち上がれない日が続く!
ピエールを突き動かすものは、バルトとの会う約束一点である。
一ヶ月が経過する。
身体がまた一回り痩せていき、顔もげっそりしている。
しかし、ピエールの目は死んでいない!
腕の踏ん張りで、遂には椅子から浮く事が出来るようになってきた。
足はまだまだ力が入らないままだ。
シモンもアメリアも、隣の部屋でピエールの声や椅子が軋む音を聞くだけでいたたまれない気持ちになる。
どうしてそこまでやるのか‥‥
本当はバルト様をこちらに招きたかったのに‥‥
ピエールは今‥‥
執念の塊だ‥‥
ピエールは、やはり足を鍛えないと身体を支えられない、と足の筋肉を意識したトレーニングを始める。
そして二ヶ月が経過する!
宣告されていた余命を超える!
両親も、これには頭が下がり、いつの間にかサポートしたり応援するようになった。
三ヶ月が経過した頃、ピエールの容態が一時急変する!
ピエールは意識がない状態だが、そのなかで影のような黒い人物に出会う。
『いつまでそこにいるつもりだ‥‥』
『早くこっちに来い‥‥』
『頑張らなくていいから‥‥』
『ヒヒヒ‥‥』
これは恐らく死神だ‥‥
余命を過ぎてもあの世に来ないボクを迎えに来たのか‥‥
ボクは簡単にはそっちには行くつもりはない!‥‥
カッコ悪くても這いつくばってもバルト様に会うまで死なない!‥‥




