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028 異変

 馬車が走り出す。


 あとはサイハテブルグに到着するだけだ。


 この分だとお昼前には着けるだろう。





 だが、悪魔の手が御者にそっと触れた。




 馬車が突然止まる!


 正確には御者が急に止めたのだが、イリスがどうしたのか様子を見に行く。


 見ると、御者が吐血して苦しそうにしている!


 イリスが驚くのを見て、御者が逆に落ち着くように言う。

 「長年呑んでいた酒のせいさ‥‥薬はある。安心してくれ、サイハテブルグまでは責任をもって送るから‥‥」


 しかし、イリスもグリムも、もしかしたら御者も天に召されるのでは、と気が気でない!


 御者は懐から薬を出して落ち着いて飲む。


 グリムは涙を流している。


 もう嫌だ!‥‥


 どうしてボクに関わる人がこんな目に遭うんだ!‥‥


 イリスはグリムの元へ戻り、パニックになりそうなグリムを優しく抱きしめる。


 「おじさんは持病があったみたい、だけどお薬を飲んだからもう大丈夫よ」


 「イリスは!?イリスは大丈夫なの!?もう誰も苦しんで欲しくない!嫌なことになって欲しくないんだ!」


 「私は大丈夫。神に誓ってもいいわ。それと、グリム。落ち着いて聞いて、たしかにグリムの周りで今まで不幸な人は何人もいたけど、本当に偶然そうなっただけなの。それに、グリムの側にいても生きている人もいたじゃない。私は三年近く一緒にいたけど何もないでしょ?だから、グリムのせいじゃない!」


 「お願い、誰もいなくならないで‥‥ボクを一人にしないで‥‥」


 


 御者も落ち着いてきたのか馬車を進めた。

 「申し訳なかった。もう大丈夫。心配させてごめんよ」

 

 だが、身体を考慮して速度を落としている。


 遠くに町を囲う高い壁が見えてきた。あれがサイハテブルグだ。


 「ああ、そういえば町に着いても職も宿も宛がないんだよな?」


 御者が尋ねるとイリスは力なく頷く。


 「最近、サイハテブルグの冒険者ギルドの中に、孤児を預かる施設が出来たって噂なんだ。グリムのこともある、相談してみたらいい」


 「そうなんですね!ありがとうございます!」


 イリスは御者にお礼を言うと、グリムに向き直る。

 「受け入れてもらえたら助かるわ。グリム、うっ!」

 イリスに異変が起きる!


 苦しそうに心臓を押さえている!


 グリムの顔が青ざめる!


 「そんな!イリス!嫌だよ!」


 御者も異変に気づいて馬車を止める!

 「どうした!心臓か、心臓が苦しいのか!」


 イリスは頷きながら思う!


 どうして!‥‥


 今まで病気らしい病気をしたことがないのに!‥‥


 でもグリムのせいではない!‥‥


 私がそれを証明してみせないと!‥‥



 御者が薬をイリスに渡す。

 「わしと同じ症状なら、飲めば少し楽になるはずだ。飲んでみてくれ」


 イリスは服用してみる。


 心臓を鷲掴みされるような痛みが時間毎に柔らかくなる。


 「ありがとうございます‥‥楽になってきました‥‥」

 イリスが御者とグリムに微笑むが、グリムはたった一人の味方のイリスの異変に涙を流すしか出来ない。


 イリスはグリムの頬に触れながら、

 「私は絶対死なない‥‥約束するわ!グリムももう泣かないで‥‥」


 グリムは涙を拭うが、次々と涙が流れてくる。


 イリスも初めは、冷ややかな視線を向けられるグリムに対しての哀れみがきっかけだった。


 可哀想という気持ちから守りたいという気持ちに変わり、子供を産んだ事はないが、我が子のような愛情に変わっていった。


 この子は悪魔の子なんかじゃない‥‥


 世界がこの子を嫌っても私がこの子を愛してみせる‥‥


 


 御者が馬車を進めた。


 長い旅が終わり、漸くサイハテブルグの町に入る。


 御者とはそこで別れることになり、二人は何度もお礼をした。

 「旅の途中で持病の影響が出るようになっては、わしも引退だな。近いうちに息子に譲って隠居することにするよ。まだまだ長生きしたいからな」

 と豪快に笑って御者は去っていった。


 




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