017 蔑まされた人生
ドマが冒険者ギルドへ報酬を受け取りに行くと、そこにその討伐を発注した人物が居た。
彼は七十を越える年齢で畑の持ち主だという。
「ほっほっほ。君がダークベアを討伐したんだね。ありがとう」
ドマは他人から感謝されたことが無かったので、どう反応していいのか戸惑った。
すると、それを妬む者が絡んできた。
「ホントにお前が倒したのか?黒犬族は信用ならねえからなあ!」
と、ガンビアという盗賊の冒険者が言った。
「誰かが先に倒したダークベアをお前が横取りしたんだろ?なあ」
ガンビアの仲間の盗賊もそう言った。
それを聞いていた畑の持ち主が間に入る。
「ガンビアか。良いところに居たものだ。良く聞け、ダークベアを討伐したことはわしの息子が確認しているので間違いない」
その息子と名乗る人物が現れる。
「レオナルド・ライスフィ-ルドだ」
この町、ダーメルサの有力な上級貴族だ。
畑の持ち主であるレオナルドの父親は、タイランと名乗り、引退した元町長だが、広大な土地を幾つも持っている実力者だ。
「ガンビア、彼を貶める言動は私に対する侮辱ととるが?」
と、レオナルドが威厳を示す。
ガンビアとその仲間は流れる冷や汗を止められない。
「い、いえ、その‥‥」
タイランは静かに話し始める。
「あの畑はな、代々ライスフィ-ルド家にとって大事な畑でな。彼は畑を闘いに巻き込まないように離れた場所を選んで討伐したのだ」
さらに続ける。
「ガンビアよ。お前が以前討伐したレッドタイガーを覚えておるか。わしの大事な畑で見つけたからと、めちゃくちゃ荒らしおって。自慢気に報酬を求めに来た時は殺してやろうかと思ったくらいだ」
ガンビアたちはそれを聞いて逃げようか隙を狙い始める。
「しかも、報酬が足らぬ、と畑の野菜を勝手に盗んだことも後で分かった。よく、この場にいてくれた!レオナルド、捕らえよ!」
ガンビアたちは持ち前の素早さで逃走を謀るが、レオナルドの捕縛魔法で捕らわれてしまった。
「ちょっと待ってくれ、昔の事だ。反省している。許して下さい!」
ガンビアは急な自分への逮捕に言葉が混乱している。
当然許す訳もなく連行されて行った。
その後、ドマの知らないところでライスフィ-ルド家の働きにより、黒犬族の名誉は挽回され、少しずつだが人間扱いされていくようになった。
それから四年が経った頃、ドマはまた別の町に拠点を移すために旅に出た。
ドマは二十歳となり、ランクもBとなっていた。
ところが、暗い山道を歩いていたのが良くなかった。
道端の狭い山道で足を踏み外し、崖を転落してしまう!
そのまま、下を流れる川まで転がり、流されて行った。
勢いが緩やかな下流を辿り、岸辺に流れ着いた。
黒犬族特有のダメージを吸収する身体が自身を守ったのか、何とか生きているようだ。
ドマが陸に上がると、あちこち岩に衝突したらしく、腕や脚に痛みを感じる。
だが、かなり貯めていたデルマは全て無くなり一文無しになってしまった。
歩く度に激痛が走るようになってきた。
まずい‥‥
思ったより重症なのか‥‥
とにかく町に入ってクエストをこなさないとお金も無いというのに‥‥
そこへ、たまたまクエスト帰りのバルトが現れた。
「冒険者かな。どうかされたか」
ドマは正直に現状を説明した。バルトは早速回復魔法をかける。
「グレートヒール!」
ドマの激痛が治り、歩けるようになる。
「助かりました。ボクは冒険者のドマです」
「私はこの先のサイハテブルグに住むバルトだ。デルマが無いなら宿も取れないだろう。良ければうちに案内しよう」
「ありがとうございます‥‥ただ、いいのですか。ボクは黒犬族で‥‥」
「問題ないぞ。さあ行こう」
二人はサイハテブルグに入り、ドマは冒険者ギルドに案内された。
「ほお。貴方はBランクなのか。頼もしいな」
バルトはそう言って微笑む。
ドマはこの町での自分への反応を気にしていたが、黒犬族と分かっても視線は普通だったことに驚いている。
「ドマ。中に入ってくれ。みんなに紹介したい」
バルトはドマを預かり所に入れた。
「お、今度は犬かい?」
ジャンが反応すると、ハナとジェニファーが興味津々に走ってきた。
今は顔だけ犬なのでハナは質問する。
「本当のお犬さんにもなれるの?」
ドマはなれるよ、と大人しく獣化して犬になる。
少し大柄で全身黒い毛でふかふかの犬となったドマにハナもジェニファーもメロメロになっている。
バルトはそんなドマに一人一人紹介を終えると、お昼にしよう、と食事スペースに案内した。
再び人間となったドマが席に座ると、次々に料理が並べられ、全員が席についた。
ドマは初めて訪れた土地で、一文無しの自分に、住む場所だけでなく、食事も提供してくれた行為に感動していた。
「すいません‥‥突然きたボクにもこのようにしていただいて‥‥それに皆さんと同じ料理だなんて‥‥」
それまでの町では、人間と同じものは提供されず、お前は犬だからと骨しかもらえなかったり、残飯を料理として出されていた。
「黒犬族への間違った認識は、ライスフィ-ルド家によって改善されている。私はかの貴族とはちょっとした知り合いでな。この先、黒犬族が訪ねてきた時は頼むと手紙がきていたのだ」
と、バルトが説明した。
それを聞いたドマの目に涙が溢れ出す!
「そうでしたか‥‥タイラン様、レオナルド様‥‥ありがたい!‥‥父上母上、黒犬族の運命は変わったようです‥‥」
しんみりとした空気が流れる中、シャオランが食事を促す。
「ドマ、食べようぜ。フェリーナの料理は旨いんだ。おっと、手を合わせなよ。いただきます」
ドマが生まれて初めて人並みの料理を口にする!
「ああ‥‥シャオランの言う通りだ‥‥こんなに美味しい料理は食べたことがない!‥‥」
そう言うと今までの蔑まされた人生を洗い流すように涙を流しながら食べるのであった。




