冥府魔道を越えて~宗茂と誾千代~
常世に2人は。
立花宗茂は西国無双と呼ばれた戦国大名である。
歴戦無敗と呼ばれた武将で大友宗麟、豊臣家、徳川家と仕え戦国の世を駆け抜けた。
立花誾千代は立花宗茂の妻である。かの立花道雪を父とし、数々の戦場も宗茂と共に駆け抜け、夫を慕い思い先立った。
寛永19(1642)年、早朝、凛とした空気、白い吐息が洩れる。
宗茂は藩邸の大広間上座で胡坐をかき、雪景色の庭園をぼんやり眺めていた。
うつらうつらと眠気が起こる。
(いかん、いかん)
夢か現か。
目の前に誾千代が現れた。
「あなた様」
懐かしいその声に宗茂は微笑む。
「来たか」
ゆっくりと頷く。
「はい」
微笑み返す誾千代。
「待っておったぞ」
「はい。私も」
誾千代の言葉に、宗茂は手を差し伸ばす。
妻は夫の手を握りしめる。
「あたたかい」
「・・・・・・」
「ずっと、ずっと会いたかった」
「・・・私もですよ」
「私・・・ワシの方が・・・ずっと、ずっと」
宗茂は愛する者を力強く抱きしめた。
「あなた様・・・」
その身を委ねる誾千代。
「ずっと、ずっと一緒じゃ」
「はい、とこしえに」
「いこう」
「いきましょう」
静寂。
宗茂の手が畳に落ちた。
満面の笑みを浮かべながら逝く。
立花宗茂享年75歳、まさに大往生であった。
宗茂は目を開いた。
そこは地獄と呼ばれるあの世であった。
地獄の釜の下には、業火が燃え盛り、真っ赤な血の湯がぶくぶくと沸騰している。
全身を浸かり、その耐えがたい熱さに宗茂は顔を歪めた。
「ぐっ!」
宗茂はその苦痛に思わず、言葉を発する。
(我が所業・・・当然か・・・)
自虐的な思考が浮かぶ。
ふと、気づく。右手のぬくもりを・・・隣を見やると誾千代の姿があった。
「誾千代!」
「お前様!」
互いに苦痛は死を越えるほどであったが、共にいる喜びはそれすらも超越した。
笑みをお互い見せる。
「やっと!」
「会えました!」
2人の多幸感は底知れない。
目の前が輝いて見える。
地獄すらも美しい、2人ならば恐怖など恐れるものなどなにも無い。
地獄の釜が一変、露天風呂と化す。
静かな夜に満月が笑っている。
「ふふふ」
「ははは」
夫婦は笑った。
不思議なことに身体はふたりが出会った頃のように若く美しい。
しなやかで白く美しい妻が愛した宗茂の身体。
幼くも柔らかく夫が愛した誾千代の身体。
2人は見つめ合い、思わず童女のように顔が赤らむ。
そっと宗茂が右手で誾千代の身体に触れる。
一筋の涙がこぼれた。
「おお、ここに居る誾千代が」
「はい、ここにおります」
互いの潤む眼の視界には愛する者しか見えない。
暗転。
冥府魔道は次なる地獄を放つ。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が2人のもとに立ちはだかるのだった。
「ふふふふふ」
思わず宗茂は笑った。
「あなた様」
訝しがる誾千代。
「これぞ、好機っ!天下人たちが我らと戦いを所望されておる。お三方を倒し、その後は冥府魔道を掌中におさめにて、今こそ立花の天下を知らしめようぞ」
「ふふ、流石、あなた様」
夫妻は鎧甲冑に身を包み、愛刀と薙刀を身構える。
強く互いの手を絆を握りしめる。
天下人たちと対峙する。
「いざ、天下取りじゃ!」
「はい!」
夫妻は駆けだした。
共にある。