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第八十八話 意外と忠義者



「よし、脱獄しよう」

「はぁ!? 何言ってんすか旦那!?」

「愛する婚約者が寂しがってんだよ! サージェスの居場所だって分かったし、ちょっと迎えに行ってくるわ!」

「だったらそれを上に伝えた方がいいっすよ。脱獄なんかしたら、どうなるか分かってるでしょ?」



 そうは言うが。報告を上げたとして、動くのがいつになるか分からない。


 俺の情報を信じてもらえるか分からない上に、途中で何者かが謀略を仕掛けてくるかもしれないのだ。それなら俺が直接動くのが一番早い。


 問題は脱獄のタイミングだが。明後日から当番に入る騎士は利権で買収していた。

 確実を期すならば脅せる材料が多い、その騎士を狙い撃ちしたい。

 つまり本来であれば、二、三日待つべきなのだが……今は速さが必要になる。


 だから、目の前の騎士が追加でどれくらいの金を積んだら動くかを計算していたのだが。



「面白そうな話だ。手伝ってやろうか?」



 不意に、部屋の入口から声がかけられた。

 声がした方を見れば、堂々たる佇まいで牢屋を闊歩する陛下と、苦笑いをしているアルバート様の姿があった。

 そしてその後ろに、顔を真っ赤に染めた宰相を宥めているワイズマン伯爵もいる。


 この面々を前にした看守の騎士は椅子から飛び降りて片膝を付いた。

 その一方で俺は立ち上がり、会釈をするに留める。


 騎士の兄ちゃんはぎょっとしているが、この陛下に対して過剰な礼は無用だと知っている俺は、早速話を切り出した。



「是非お願いします。今日にでも。いえ、今すぐにでも脱獄をしたいところですね」

「ほう……それほどまでに惚れ込んだか」

「……あの、陛下。どこから聞かれていたのでしょう?」

「ああ。そ奴が昼食を運んだ直後からずっと、部屋の外で聞き耳を立てていたぞ」



 中腰になってドアに耳をくっ付ける面々の姿を想像して笑いそうになったが、宰相が怒り心頭の様子なので、絶対に笑みを見せてはいけない。


 見たところ常識人の宰相が怒るポイントは無数にあるのだ。

 大前提として、国王が護衛も付けずに牢屋へ遊びに来ることからしておかしい。


 が、そんなことはどうでもいい。

 国王陛下直々に脱獄の手伝いをしてくれると言うのなら、喜んで頼ませてもらう。



「……でしたら説明は不要ですね。そういった事情で、今すぐにでもここを出たいと思っています」

「良かったではないかワイズマン。お前の娘は好かれているようだぞ」

「父親としては、複雑な心境でございますな」

「そうだな。俺も父親として、愚息のことが心配だ。気持ちは分かる」



 愚息という言葉はどちらを指すのだろうか。

 今まさに男爵邸へ殴り込みをかけているだろうハルのことか、それとも黙って姿を消して、大騒ぎを起こしているサージェスのことか。

 まあ、どちらもあり得る。



「さてアランよ。脱獄というのも面白いが、無駄な面倒が増えることには違いない。少し驚かせた後にでも……俺の口から顛末を伝えても良いが。どうする?」

「そうですね……」



 陛下からサージェスの行方が発表されれば、確実に捜査隊が組まれるだろう。

 クリスの行方も分かったのだし、攻略対象とヒロインが不在という状況はそれで改善できるはずだ。


 だが、彼らの行動が乙女ゲームに関するものであれば、捜査隊との接触で問題が出る可能性もある。

 イベントで王子と一緒に行動をしていたら行方不明扱いされていて、騎士が迎えに来ました? そんな展開があるわけがない。


 クリスのことはリーゼロッテたちに任せるとしても、メリルとサージェスの方には俺が直接出向かなければいけない場面だ。



「止めておきます。大したことでも無いですしね」

「大したことではない、か?」

「ええ、考えてみてください。私は迷子の友人(・・・・・)を迎えに行くだけですよ?」



 サージェスとの関係は文通仲間。ペンフレンドだ。

 誰かさんの謀略などを取っ払い、究極までシンプルに言えば。

 地下のダンジョンで迷子になり、帰りが遅くなっている友人を迎えに行くだけ――ということになる。


 俺がそう言えば、陛下は感慨深げな表情になって、まなじりを下げた。



「そうか。ハルだけではなく、サージェスとも友人となったか」

「紆余曲折はありましたが、そうなります」

「よかろう……息子の数少ない友人であるアランよ。本件は一任する」



 陛下がそう言えば、宰相は当然の如く抗議の声を上げた。

 とうとうワイズマン伯爵は直接身体を抑えつけるようになっており、暴れ馬を御そうと頑張っている御者のようにも見える。



「陛下ァ! 判決もまだ出ていないというのに、子爵を牢屋から出すなどと――!」

「はっはっは! だから、脱獄だと言っている」



 陛下は豪快に笑いながら振り返り、部屋のドアノブを、ぐしゃりと握り潰した。

 作中最強の人物だけあって、素手でも凄いパワーだ。



「おお、力加減を誤ったか。これでは鍵がかからんなぁ」

「そうですね、陛下。私の方で修理の者をお呼びしますか?」

「こ、この、悪ガキどもめらがッ!」



 陛下とアルバート様の三文芝居を見て宰相は手足をジタバタとさせていた。

 が、ワイズマン伯爵が羽交い絞めにしているため、とても滑稽な姿になっている。



「滅多に使わん部屋だ。急がずともよかろう。……ああ、それとアルバートよ。明日辺りにでも、騎士団と公爵家の私兵団で合同演習でもさせるか」

「良いお考えです。全員を動員する(・・・・・・・)くらいの規模でやってみましょうか」



 もう駄々っ子のように暴れる宰相と、抑えるのに苦労しているワイズマン伯爵を尻目に、白々しい芝居は続く。


 ……笑ってはいけない。

 絶対に笑ってはいけないと、自分に言い聞かせていたのだが。

 宰相を抑えつけながらも、全く表情筋を動かさずにワイズマン伯爵は言う。



「子爵。上でエミリーが待っている」

「エミリー……様が?」

「今更取り繕わずとも良い。……娘を泣かすようなことだけは、してくれるな」

「もちろんです、お義父様」



 俺も真顔でそう言えば、ワイズマン伯爵は一転して苦い顔になったのだが、まあいい。


 陛下とアルバート様が手を回してくれるのであれば、騎士団も動かないだろうが。手伝ってくれるというのなら、ついでにもう一つお願いをしよう。



「陛下。私のことは指名手配にしておいて下さい」

「脱獄する人間が、自ら言うことではないな?」

「左様で。……ですが、問題を大きくした人間には、けじめを付けておきたいのですよ」



 俺が逃げたと聞けばウォルター男爵を含め、謀略に関わっていた貴族たちに動きはあるだろう。

 それは集まった面々もすぐに察してくれたようだ。


 話がまとまったところでアルバート様が一歩進み出て、俺の肩を叩いて言う。



「アラン。仕掛けてきたのは田舎の男爵風情で、集まっている人間も雑魚ばかりだ。これくらい切り抜けられるね?」

「無論です。全てお任せ下さい」

「……早めに終わらせてもらえると助かるかな。屋敷ではジョンソンが臨時でリーゼ付きになっているけれど……彼の限界も近そうなんだ」



 無口なジョンソンさんでは、リーゼロッテの相手は厳しいだろう。

 置いてけぼりにされてオロオロしている姿が、目に浮かぶようだ。



「すぐに戻ります。お嬢様の執事は、私以外には務まらないでしょうから」

「よく言った。それでこそだよ、アラン。後のことは我々が引き受ける」

「ありがとうございます。それでは、行って参ります」



 そうだ、公爵邸であの(・・)お嬢様の面倒を見られるのは俺しかいない。

 その辺も鑑みて、さっさと終わらせなければならないだろう。


 意思が固まり、颯爽と部屋を後にしようとした俺だが。

 陛下は意外そうなものを見る目で、まじまじと見つめてきた。



「ほう、意外と忠義者だな」

「意外と、ですか。私は昔から(・・・)忠義者ですよ」

「……そうだな。まあ、そういうことにしておくか」



 陛下と初めて会った時とは違うのだ。

 八年も仕えていれば、多少の忠誠心は湧く。


 ……まあ、今回の忠誠心は本物だと分かってもらえて何よりだが、ここで立ち話をしている暇すら惜しい。

 俺は集まった面々に会釈をしてから早々に、壊れたドアを開け放った。



「そうだ、俺はこんなところで立ち止まってはいられない」



 こんな事件はさっさと片付けて、日常に戻らせてもらうとしよう。やることなど、まだまだ山のようにあるのだから。



 ――さあ、余計な問題を起こした奴らは覚悟しろ。



落とし前(・・・・)の時間だ」



 そんな決意をして、俺は地上へ向かった。



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