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第七話 王子様の暴露話



 お嬢様の夢は「最強の格闘家」になることだと常々言っている。


 ただし口から出てくるものは、聞いた事がない格闘技ばかりだ。


 今その詳細が明かされるのか。

 と、俺は少しだけワクワクした気分になった。



「プロレスラーというのは、聞いたことがないね」



 さて、俺が知らないと見た殿下は、直接お嬢様に向かって尋ねる。



「観客の前でリングに上がり、互いの肉体と技をぶつけ合うの。相手の見せ場を演出するのに、敢えて攻撃を食らうこともあって……メインを張るには相当の技量とタフネスが求められるわ」

「ふむ、組手稽古と演舞の組み合わせ……みたいなものかな?」



 なるほど。相手の攻撃を避けてはいけないのか。

 存外厳しい種目なんだな。と、横で感心していれば。



「試合の勝ち負けもあるけれど、どっちがより観客を沸かせるか。夢と興奮を与えられるかが勝負なの!」

「そ、そうなんだ」



 殿下が相槌を打ったのをいいことに。

 興奮した様子のお嬢様は、身を乗り出して続ける。



「時には凶器で攻撃してくる人もいてね。そんな悪玉(ヒール)が立ちはだかって怪我をしようが流血しようが。それを正々堂々、正面からぶち破る善玉(ベビーフェイス)になりたいのよ!」

「へ、へぇー……。そ、そうか。実戦形式なんだね、そこは」



 お嬢様。

 熱心に語るのはいいが、殿下が引いてないか?

 というかプロレスって、そんな危ないものだったのか。


 旦那様と奥様は、詳細を知っているのだろうか?


 いや、多分知らない。

 知っていたらもっと全力で止めるはずだ。


 俺は何も聞かなかったことにしよう。


 そっと目を背けた俺をよそに、お嬢様は語り続ける。



「将来の夢はまだ考え中なんだけどね。各地を旅する流浪の柔術家……投げ技主体の格闘家にも憧れるし、治安の悪い地域で、子どもたちに護身のクラヴ・マガを教えるのもいいかも。あ、でも一度は山籠もりもしてみたいし、そのまま空手……徒手空拳でクマとも戦ってみたい!」

「た、逞しいな、君は。本当に」



 目の前に居る殿下のリアクションも気にせず、お嬢様は話し続ける。

 それはもう熱心に。


 言葉の響きからして、どれもこれも最悪死の危険がありそうなものなのだが。

 俺は何も聞いていないことにする。


 もう、そう決めたのだ。俺は何も言わずに、傍観者に徹することにした。


 まあ、話している内容の半分も理解は追いつかないが。格闘家になりたいという熱意が本物なことだけは分かった。


 そうして五分ほど熱弁していたお嬢様がふと真顔になり、



「ああ、そうそう。私は格闘家になるために鍛えるって目標があるけれど、殿下は?」

「目標?」

「弱いのが悔しいって顔していたから。強くなりたい理由があるのかなって」



 そう聞かれた殿下は一度考える素振りを見せてから、どこか意外そうな顔をした。

 そして、何かに思い当たったようだ。



「私は……ああ。そう言えば、こんなこと。誰かに言ったことはなかったな。聞いてくれるかな?」

「もちろん! むしろ、私にだけ語らせるなんて恥ずかしいでしょ?」

「分かった、話すよ。話すから座って。少し休ませてほしいんだ」



 いつの間にかもう一周回って、意外といい感じになってきていた。


 しかしどうしよう。

 殿下の暴露話など、聞いていいはずがない。




「よし、今だけ大人組の方に行こう」



 と、足を踏み出したとき。

 後ろから左肩をガッと掴まれた。



「アラン。どこに行こうとしているのよ」

「え? あの、お嬢様、私はお邪魔でしょうし……」



 やんわりと去ろうとすれば。

 今度は右から手が伸びてきた。



「ふふっ。彼女だって、自分の話だけ聞かれたのでは不公平じゃないかな?」

「そうよ、アランの話も聞かせなさいよ」

「え、ええ……?」



 圧倒的身分の二人に引きずられて困惑しつつも、そこは同じ年ごろの子どもが三人だ。


 殿下は「青瓢箪(あおびょうたん)」、「あいつに跡を継がせるのが不安」、「もやし」などという宮中の陰口を暴露し、「私も鍛えて、あいつらを見返してやるんだ」という宣言をした。


 お嬢様は更なるトレーニングを誓い。

 ついでに殿下のトレーニングも面倒を見るという約束をし。


 俺は畑いじりの話や、下町の屋台の話。

 これからの季節でおいしいB級グルメなどを滔々と話した。


 俺だけ話すジャンルが違うのはご愛敬だろう。








「休憩終わり。殿下、最後はミット打ちよ」



 さて、しばらく四方山(よもやま)話に花を咲かせていたのだが。

 お嬢様は手縫いのミットを持って(おもむろ)に立ち上がる。



「あの、私は何かを殴ったことなんて……」

「拳だけちゃんと握っておけばいいわ。ほら! 日頃の不満を、ばーんとぶつけていいから!」



 殿下が力なくミットを打てば、ボスボスと鈍い音がする。


 そして、その力は次第に強くなり――。



「私だって――僕だって、好きで弱い体に生まれたんじゃない!」

「ほら、ワンツー!」

「このっ、誰が青瓢箪だ! 不敬だぞ宰相! このっ!」



 へー。

 さっきの陰口、宰相が言ってたんだ。

 宰相って殿下と仲悪いんねぇ。


 と、俺は彼方の方向を向いて思う。

 

 

「ロー、ミドル! ハイ! リズムよく!」

「弟君は、こんなに、活発なのに、だと! 座学の成績は、サージェスよりも、僕の方が! ずっといいのに! 乳母(めのと)まで、弟の肩を持つ!」



 乳母さんは弟推しなんだぁ。


 と、俺は遥か空の先を見つめて思う。



「コンビネーション! ほら、繰り返し!」

「手のかかる子ほど! 可愛いだって!? 高位貴族が言うことか! 国宝を叩き割るような、いたずらを……! わんぱく小僧なら、許されることだとでも、言うのか!」



 同世代の高位貴族子弟。

 ついでにその親御さんと上手くいっていないんだぁ。


 と、俺は明後日の方向を向いて思う。


 ……聞いていない。



「俺は何も聞いていない」



 ミットを叩いているうちに日ごろの不満が爆発したのか。

 聞いてはいけない、暴露話の裏側がどんどん口から出てくる。


 先ほど聞いた愚痴に、より具体的な情報がどんどん付け足されていく。


 あ、何?

 ウッドウェル伯爵家は領地経営が上手くいっていないの?


 ポルター子爵家は逆に成金なんだ。

 へぇ、違法スレスレの商売で荒稼ぎ? 


 ふーん。



「……知らない。俺は何も聞いていない」



 ミット打ちへ打ち込む熱と比例するように。

 やんごとなき方々への不平不満が滝のように流れ出てくるではないか。


 お嬢様が乗せ上手なのか、それとも殿下のメンタルが限界だったのかは分からないが。

 そんな暴露話は俺がいないところでやってほしい。



「ほら! ラッシュよ! とにかく回転上げて!」

「北部の収穫量が、落ちているから! 解決策を出せなんて! 現地どころか、資料も見ていないのに! 出せるわけがないだろう! 溜息を、つくな! 財務大臣はいつもそうだ!」



 殿下は、お嬢様と同じ歳のはずだ。

 まだ十歳だというのに、どれだけ鬱屈した感情が溜まっていたのだろう。



「大体! 父上も父上だ! この間なんて!」



 いやいやいやいや。流石に陛下の暴露話は、本当に聞いたらマズい!


 俺がこんな情報を持っていると誰かに知られたら……消されるぞ!?

 そろそろ本当に止めてくれ!



 そんな願いとは裏腹に。

 殿下は途中途中で休みを挟みながら三十分ほどミットを叩き続け。


 俺は知っちゃいけない情報を、しこたま聞かされ続けた。




「ぜぇ、はぁ、はぁ……や、やりきった……!」

「はぁ……はぁ……もう、勘弁してくれ……!」


「殿下、お疲れ様! ……ん? なんで、アランまで死にそうなの?」



 気苦労のせいだよ!

 と、叫ぶ元気すら残されていない。

 俺は殿下と共に、しばらくの間地面に転がっていた。


 とまあ、そんなこんなで気づけば日も暮れ。




「リーゼ! また近いうちに来るから! 次は今日のトレーニングくらい、楽に乗り切ってみせるよ!」

「あんまり無理するんじゃないわよー! 食事は肉と野菜をバランス良く! 適度に休みも取るのよー!」



 という、男の誓いのような……筋肉トークをしながら別れた。


 最後の方、俺はただただ「あー」と叫びながら両手で耳をバシバシ叩き続けるだけの機械になっていたから、どんな会話があったのかは知らないのだが。


 いつの間にか、お嬢様を愛称で呼ぶくらいには仲良くなったようだ。

 

 護衛の方々と随行員はしょっぱい顔をしていたが。

 殿下とお嬢様が意気投合という目標は達したので、悪いようにはなるまい。


 ミット打ちでストレスを解消できたのか、殿下は物凄く晴れやかな表情をして帰って行った。


 あの気弱そうだった王子様はもういない。

 殿下は立派に、一人の漢としてやっていけるだろう。



「はっはっは、めでたしめでたし」



 さて。


 見送りが終わり、すっと屋敷に戻ろうとした俺の肩に。

 左肩に、成人男性の大きな掌が乗せられた。


 このパターンは、前にも見たことがあるな。



「アラン。お疲れ様」

「……旦那様」



 左サイドから目を逸らし、右を向いたら今度は奥様のご尊顔があった。

 そして奥様はその(たお)やかな手で、ガッシリと俺の右肩を掴む。



「アラン。今日はお疲れ様。疲れたでしょう?」

「……奥様」



 まあ、こうなるだろうとは思っていた。

 こうなることは、分かっていた。



「少し話をしようか」

「ソファに座って、ゆっくり、お話しましょうね?」



 そうか。

 やはり、逃げられなかったか。



「どうした、アラン」

「アラン、返事は?」

「…………はい」



 俺はお二人が浮かべる満面の微笑みを見ながら、自分の今日一日の行動を軽く振り返った。


 そういや俺、出会い頭に旦那様へ責任転嫁し。

 殺気だった大人の対応は旦那様と奥様に丸投げしましたねぇ、と。



「はっはっは」

「うふふふ」

「……はは」






 この後めちゃくちゃお話した。



 二時間に及ぶ話し合いの結論として。俺の扱いがどうなるかは、王宮からの沙汰次第となった。

 先方の反応が良ければ特別ボーナスだ。


 反応が悪かったら? ……まあ、それは語るまでもないだろう。



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[気になる点]  ……ところで、普段お嬢さまのミット打ちの相手をしているのは誰なんだろう。アランではなさそうだし。手縫いでミットを作ったけど相手をしてくれる人はいない、なんてのは寂しいよね?
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