第八十話 協力
エールハルト視点です。
高等学院の校舎から中庭を越えた先、魔法研究棟の一角にあるクリストフの部屋には六人の少年少女が集まっていた。
公爵家令嬢リーゼロッテ、侯爵家のウィンチェスター兄妹に、ワイズマン伯爵家のエミリー。騎士見習いのラルフ。
そして僕。第一王子のエールハルトという面々が、向かい合うようにして並べられた机を囲んでいた。
「皆、集まってくれてありがとう」
全員が揃い席に座ったことを確認してから、まずは軽く頭を下げた。
それに対し婚約者であるリーゼロッテは、恐縮した様子を一切見せずいつも通りに答える。
「お礼なんていいわよ。ここに居るのはみんな、アランと関わりがある人たちじゃない」
「それもそうか。……では、早速始めよう」
僕らと親交が深い、アラン・レインメーカーが逮捕されてから三日が経った。
今日僕らが集まったのは、アランを助けるために何をしたらいいのか。それを話し合うためだ。
僕の護衛が付いて来られず、ラルフに対する監視も外れる校舎内。
特に外部から一切遮断されたクリストフの部屋は、密談をするには打ってつけだった。
授業が終わりこの部屋へ来てみれば、セキュリティの内容を嬉々として書き換えているパトリックが居た。
部外者のウィンチェスター兄妹は朝の段階から潜り込んで、部屋で待機していてもらったのだが。
マリアンネは淡々と帳簿を付けて仕事をしていたし、パトリックは時間も忘れて、クリストフが残した魔法陣と戦っていたようだ。
……おかしいな。夜会で会ったときの二人は、もう少し控えめな性格をしていたと思うのだが。
そんな考えはさて置き、誰も異議を唱えないので、咳払いをしてから話し合いを始めることにした。
「ここにいる皆が、各自で色々と動いていたことは知っているよ。でも、今は協力して事に当たるべきだと思うんだ」
「ハル。今更言わなくても、みんな分かってると思うわよ? 私だってラルフとお話はしていたのだし」
「状況は思ったよりも複雑なんだ。だからこういったところも丁寧にね。さて、皆が持っている情報を纏めるところから始めたいのだけど……」
「そうですね。では僭越ながら、まずは私から」
そう言って、マリアンネが立ち上がった。
彼女は鞄から取り出した書類の束を紐解き、数枚の書類を時計回りで回していく。
不敬だ何だと煩く言う人間がいないのだから、議論はとてもスムーズに行えそうだ。
さて、彼女が用意した書類を見て見れば、そこにはここ最近のアランのスケジュールと、彼が運営している事業の売り上げなどが載っている。
「こちらは父を通して王宮に提出した資料です。見ての通り、アラン様には余暇の時間など全くございません。誘拐に関わる時間など無い……と主張したのですが」
「ああ。全く取り上げられなかったそうだね。協力者などいくらでも作れるだろう……だったか」
「はい。最初から誘拐の犯人だと決まっているようなお話でしたので、正攻法は既に諦めています」
先日ラルフも言っていたように、最初からアランを犯人に仕立て上げるシナリオがあったのだろう。
「……アランの無罪を勝ち取るためには、結局サージェス殿下を連れ戻すしかないってことか」
「そうなります。サージェス殿下の口からアラン様が無関係なことを証言していただくか。誘拐事件の真犯人を見つけて、捕らえるしかないという結論に至りました」
事件の黒幕が誰か。見当は既に付いている。
だが、それを話せばもう後戻りはできない。
確証が無い今の段階で言うわけにはいかないし、話すのはどのタイミングにしようか。
判断に迷っていると、マリアンネは隣に座っているパトリックと、正面に座るエミリーに目線を送ってから話を続ける。
「サージェス殿下の身辺までは手が出せませんので、兄と私はメリルさんの行方を追う方向で……その、エミリーお義姉さまと協力をして調べ上げました」
「はい。マリアンネさんの資料のお陰で、メリルさんの居場所に目星は付きました」
どこか迷いがちに話すマリアンネとは対照的に、上機嫌でエミリーは言う。
……彼女も奇特な人だ。アランが側室を持つことを全力で勧めているというから、政略結婚に納得していないのかと思いきや。伝え聞く話は呆れるほどの惚気話ばかり。
仲睦まじいという報告は複数の関係者筋から入ってきており、何を考えているのか分からないところがある。
……まあマリアンネの方がぎこちないものの、義理の姉妹になる二人の仲がいいことは良いことか。
エミリーのことを考えるのは一旦止め、話に耳を傾けることにした。
「結論から申しますと、メリルさんもサージェス殿下も、まだ校舎内に居ます」
「何だと!? 失踪から二週間近くも、ずっと学園の中に居るってのか!」
「ラルフ。少し落ち着いて」
「んっ、ああ。すまん」
ラルフは身を乗り出して叫んだが、気持ちは分かる。
これほど大事になっているというのに、一体どこに居るというのか。
「順を追って話をしますと……サージェス殿下が行方不明になったと思しき日。殿下は馬車を先に帰らせた後、お姿が見えなくなったそうです」
「そうだね、御者の話はラルフが聞いてきてくれた。その点は間違い無い」
「裏付け調査をありがとうございます。さて、反対にメリルさんですが。当日は馬車の手配を断り、徒歩で登下校をする予定だったとオネスティ子爵より伺っております」
そう言った後、エミリーは一枚の紙を皆に見せた。
持っている物は、ダンジョンへ潜る前に学園に提出する申請用紙だ。
パーティメンバーの欄にはメリルとサージェスの名前がある。
「……こんなものをどこから?」
「ラルフさん。出どころなど重要ではありませんよ」
「え? いや、そうなんだが、生徒が入手する手段なんて……いや、止そうか」
こういったところも、エミリーが謎の人物である由縁だ。
ワイズマン伯爵家は敵に回したくないと言う貴族家も多いのだが、その得体の知れなさはエミリーにもしっかりと受け継がれていたようだ。
さりとて。確かに今、この書類の入手経路など些末な問題だ。本人も重要でないと言っているのだから、そこはいいだろう。
ラルフが引き下がったのを見て、彼女は微笑みながら続ける。
「この通り、申請書はあります。しかし、どこに行くのか不明な状態で受理されていますし、乗り合い馬車などを使って郊外に移動した記録も残っていません」
「それなら潜るのを止めにしたとか、どこかに向かう途中で攫われたって線もあるんじゃないのか?」
ラルフは疑問を呈したが、エミリーのはゆっくりと首を横に振る。
校内に居ると断言しているのだから、まだ何かしらの証拠があるのだろう。
「いえ。ここで決め手になるのが、メリルさんの購入履歴です」
「……購入履歴?」
「帳簿と言った方が分かりやすいかもしれません。そこはパトリックさんから」
「それではこちらを。クリスさんの机から取り出した……魔道具屋(仮)学園内支店の帳簿です」
再び時計回りで資料が一枚回ってきたのだが、帳簿に書かれていた売り上げは悲しいほど少なかった。
なにせ購入者がメリルのみ。それも三回しか利用していない挙句に、何故か商品を99.9%オフで購入しているようだ。
「……タダみたいな値段だな。で、これが何だと?」
「何を目的に支店を作ったのかはさておき……メリルさんは一人用テントや簡易魔道コンロと言った野営用の魔道具を、二人分購入しています。ほぼ無料ですが、一応、売上にはカウントされていました」
……そこまでするなら、プレゼントでいいのでは? とも思うが。見るべきなのは購入した日付だ。
簡素な書類の最後に記入された日付は、失踪した日の放課後だった。
「エールハルト殿下とラルフさんは見たことがあるはずです。騎士団の行軍訓練で使うものと同じ規格で、二セット購入しているんですよ」
「マジかよ。メリルの体格であんな物を持ち運んでいたら……そりゃ、相当目立つな」
訓練時には各班ごとに分担して持つことになるが、野営用の道具は意外と嵩張るので、手提げ袋に収まるような代物ではない。
それを背負って持ち帰ったというのなら、登山家のような恰好になっていることだろう。
なるほど、そんな風体の女子生徒が第二王子と二人で歩いていれば、確実に噂になる。
大荷物を持ったメリルをサージェスとセットで誘拐などすれば、荷物はどこかに打ち捨てられるだろうし、痕跡だって残るはずだ。
元から低い可能性ではあったが……これでメリルがサージェスを誘拐したという線も考えにくくなった。
「だと言うのに目撃証言は皆無。生徒たちも守衛も、お二人が学園の外に向かうのを見ていない。だからこそボクらは、遠くへは行っていないという結論に達しました。……調べられた事柄はこれくらいです」
「じゃあ二人はどこに居るってんだ? 校内に居たらそれこそ目立つと思うんだが」
「心当たりはあります。今はエミリーさんが入口を探しているところなので、調査結果次第ですね」
「入口? ……ああもう、何がどうなってんだよ畜生」
後はリーゼロッテと自分が持っている情報が全てだ。
結局二人の行方は分からず、ここにアランを救う手立ては無いように思える。
そして当日の状況が固まるにつれて、自らが立てた仮説が確信に変わっていくのを感じる。
それは同時に怒りにも変わっていくのだが。リーゼロッテの前で怒りを露わになどしたくはない。
――隣に座る婚約者を見れば、彼女はいつも通りに見える。
だが、長い付き合いだ。内心では不安がっていることなど、すぐに分かる。
……ラルフの嘆きを最後に議論は止まってしまったし、そろそろいいだろう。
自分の中で何度考えても、結局は同じ結論が出てくるのだ。
考えや想いを内に溜めてもいいことはない……それはリーゼロッテと初めて会ったときに知った。
そしていつか、自分がアランに言ったことでもある。
自分の力で何とかならないのであれば、人を頼るべきだと。
「勘違いならば、僕が頭を下げれば済むことだ」
「ハル? どうしたの?」
「一連の事件を仕組んだ黒幕が居て、宮中の貴族は状況を見て乗っただけと考えればどうだろう」
そうだ。彼のためにこれだけの人間が動いているのだ。
皆が力を尽くしている中で、自分だけが立ち止まるわけにはいかない。
何より、リーゼロッテとアランのために。根性を見せるならここしかない。
この状況を作り出すことができる人物について、ここ数日で何度も考えた。
そして何度考えても、同じ結論に達した。
結論を一度口に出せば、ここに集まった全員の将来に影響を及ぼすだろう。
リーゼロッテと自分の未来。自分に尽くしてくれるラルフの未来。
親友であるアランと、婚約者であるエミリー。彼に付き従うウィンチェスター兄妹、そしてここには居ないが、クリストフにも少なからず影響がある。
そんな考えが頭を過ぎる中で、僕はエミリーと目線を合わせた。
「エミリー。この中で一番洞察力があるのは君だ。今から話す仮説に筋が通るか否か。教えてくれないだろうか?」
「構いませんが……どのようなお話でございますか?」
公爵家を始めとしたいくつもの貴族が、選択を迫られることになるかもしれない。
最悪の場合は政争が起きるかもしれないし、「第一王子」という役割を果たす上では不適切な発言だ。
だが、あの破天荒で滅茶苦茶な兄貴分を救えるのは、もう自分しかいない。
彼が居ない今、婚約者を守るのも自分であるべきだ。
第一王子という立場が邪魔をするならば、そんなものは捨てていこう。
彼ならきっと、そうするだろうから。
……そうだ、迷うことなどない。
決して軽くはない覚悟をしてから、真っ直ぐにエミリーを見つめて仮説を述べる。
「この事件を企てたのは、サージェス・フォン・エル・レオリア・アイゼンクラッドである。この仮説を聞いて、君はどう思う?」
密室でのこととは言え、口に出した時点で僕と弟の関係性は決定的な破局を迎えるだろう。
しかし、現時点で一番考え得るのは、誘拐事件が「サージェスの自作自演」という可能性だ。
この問いに対し、この中で最も頭が切れそうな人物は数秒考え込んだ後、首を縦に振った。
四章は三章と同じくらいの長さになる予定です。今で三分の二くらいでしょうか。




