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第七十八話 メインヒロインの失踪



「これより、被告人アラン・レインメーカーの審理を開始する」



 学園の入口で待ち構えていた騎士団員から拘束された俺は、そのまま王宮に連行されることになった。

 一応審理という体裁は取っているが、今から俺は、左右にずらりと居並んだ貴族たちから吊るし上げを食らうのだろう。


 謁見の間で、俺は王宮貴族たちから弾劾されることになったのだ。

 ラルフは重要参考人と言っていたが、今の俺は被告人と呼ばれている。


 ……流石に、事前の事情聴取や逮捕状も無く、衆人環視の中でいきなり被告人扱いされたことには少し面食らった。

 だが、まあ、ハルを攻撃しようとしたウッドウェル伯爵は即日裁かれたと聞く。

 それを鑑みればこのスピード感も納得である。



 さて、サージェスの行方など心当たり一つ無いし、疾しいことだって何もない。

 最初にここを訪れた時は緊張で固まっていたものだが、今回は謁見の間を堂々と歩くことができた。


 太々しいと受け取られるかもしれないが、変に恐縮すればその分疑われるだろう。今の俺は胸を張っているべきだ。

 そう考えた俺が真っ直ぐに歩みを進めて陛下に一礼した瞬間、早速左方から怒号が飛び交った。



「この不埒者が! よくも抜け抜けと顔を出せたものだな!」

「この男を拷問にかけて、殿下の行方を吐かせるべきだ!」



 審理を開始すると言われてから数秒後にして、既に有罪が確定したかのような口振りである。


 しかし今叫んでいるのは、騎士爵や準男爵といった下級貴族たちだ。

 恐らくバックにいる上位貴族が彼らに過激なことを言うだけ言わせて、何らかの譲歩を引き出そうという腹だろう。


 狙いが分からず、また、まだサージェスがどうなったかの仔細も知らないのだ。下手に発言をするわけにはいかない。

 俺が黙って罵倒を受け流していると、今度は右方から俺を擁護する声が飛んできた。



「貴殿ら、謂れなき中傷は格を下げるぞ。罵倒したければ審理の後にすることだ」



 まずはワイズマン伯爵がひと睨みだ。

 これだけで大方の気勢が削がれたのか、俺に対する批判は一気にトーンダウンした。


 そして伯爵の横から、クリーム色の髪をオールバックに纏めた中年男も一歩踏み出した。先日同盟……というか、業務提携を結ぶことになったウィンチェスター侯爵だ。



「そう言えば……当家が審理にかけられた時にも好き勝手に言ってくれたか。その発言。後で責任は取れるのだろうな?」



 侯爵の方は大いに私怨を含んでいそうではあるが、頼もしいお義父さんたちからの援護射撃に、下級貴族はたじたじになっている。

 ……援護射撃というレベルではない。斥候を相手に一個大隊を出撃させるくらいのオーバーキルだ。

 公爵、アルバート様の姿こそ見えないものの、この二人が味方というだけで途方もない安心感がある。


 明確に判事と弁護人が付くわけではないのだが。便宜上、こちらの弁護を担当するのは名門伯爵家と侯爵家だ。

 ワイズマン伯爵本人の圧力はもちろんのこと、ウィンチェスター侯爵も大貴族家の当主なのだ。こうして見れば貫禄が違う。



 パトリックの件で盛大にやらかし、没落しかけたウィンチェスター侯爵家ではあるが。既に勢力は回復している。

 領内ではいくつかの工場を稼働させており、今年の減収分などすでに回収済みなのだ。

 それに魔道具事業の一大産地となることが決定した今では、寄子から以前にも増してすり寄られ、以前よりも強い権勢を誇っているらしい。


 そしてワイズマン伯爵家も同様に、商売は上手く行っている。

 最近では両家とも事業の成功によって、益々力をつけているのだ。


 元々の立場が違いすぎる上に、日の出の勢いの両家が立ち塞がったのだ。

 上位貴族の気分次第で吹き飛ぶような零細貴族が正面から喧嘩を売ったところで、勝ち目があるはずもない。

 二人からの発言を受けて……俺を吊るし上げようとした貴族たちは慌てて口を噤んだ。


 賢明だが、清々しいくらいの三下である。



「えー、ごほん。では審理を開始する」



 その様を見届けた宰相は気まずそうに、わざとらしい咳払いをしてから再度宣言した。

 そして彼は、一拍置いてから俺に向き直る。

 どうやら宰相自らが、皆の代表として質疑をするようだ。



「被告人、アラン・レインメーカーに問う。貴殿はサージェス第二王子殿下が失踪した件について、何か関与しているか」

「いいえ、全く関与しておりません」

「では、サージェス殿下の行方に心当たりはあるか」

「いいえ、存じておりません」



 俺は食い気味に即答しているのだが、あまりに堂々とした否定をしたものだから、宰相の方が言葉に詰まってしまった。

 視線を彷徨わせた後、これまた少し間を置いてから、彼は続ける。



「……では、殿下を狙う人物に心当たりはあるか」

「いいえ、宮中での事情には疎く、私よりも皆様の方が事情に詳しいかと存じます。他にご質問はございますか?」

「ぬぅ……いや、暫し待たれよ」



 今言ったことは全て本音だ。疾しいことも後ろ暗い事もないので、俺は全部の質問をバッサリと切り捨てることができた。

 むしろ俺の方から「ヘイヘイ質問はそれで終わりか?」と聞き返す余裕すらある。


 宰相は少し苦い顔をしているが、それが事実だ。それ以外に言いようがない。



「話になりませんな」



 俺の話を聞いて、栗毛の髪をオールバックにした、細身で人相の悪い男が一歩進み出た。

 立ち位置的には下級貴族の場所なのだが、先ほどのやり取りを見てもまだ口を挟むとは見上げた根性だ。……命が惜しくないのだろうか?


 俺が感心と疑問を持っていれば、その男は周囲に向けて慇懃に礼をしてから語り始める。



「レインメーカー子爵はサージェス第二王子殿下より、部下になるように勧誘されておりました。実際に手紙を送り合う仲であったそうです。違いますか? 子爵」

「いえ、事実です。ですが殿下とは――」

「殿下の行動パターン、習慣、好む物、嫌う物。気に入られている場所から趣味嗜好まで。貴方はそういった情報の全てを、手紙から把握しておりますね?」



 俺の言葉に被せるようにして、彼は蕩々と話し続ける。

 まるで自分の持論を演説するかのような語り口調で、俺のことなど無視したように、周囲に見せつけるように言葉を重ねていく。


 非常に態度が悪いので黙秘してやろうかとも思ったが、しかし、黙っているのは心証に悪いだろう。

 嘘を吐いても仕方がないので、俺は一部認めることにした。



「手紙を送り合う仲になってから半年も経っていません。そこまで深い情報は存じて……」



 おりません、と続けた俺だったが。

 俺を弁護する雰囲気を出していた、右方の貴族たちの顔色が変わった。


 ……どういうことだ?



「今は有事です。建前を捨てて、本音で話し合いましょう。エールハルト殿下の親友であるレインメーカー子爵は、当然のこと第一王子派閥です。何故、最近になって、急に、サージェス殿下と手紙を送り合う仲になったのでしょうね? これまでは何の接点も無かったお二人が、どうして近づいたというのでしょう?」



 ゆっくり噛み締めるように言ってはいたが。そこまで長いセリフを、よくもまあ噛まずに言えたものだ。


 だが、感心している場合ではない。

 これは兵法で言うところの、離間の計というやつだ。


 俺がサージェス側に寝返ろうとしている。そう疑念を抱かせて、俺への弁護を鈍らせようとしているのだろう。

 その狙いが外れたとしても、スパイをするためにサージェスに近づき、そのまま謀略を仕掛けたと言える状態だ。いくらでも難癖は付けられる。


 どちらに転んでも俺の不利益であり、今の回答は失言ですらあった。

 ……やられた。完全に嵌められた。


 俺は失態をリカバリーすべく、手紙を送ってきたのはサージェスからであること。

 内容はどうでもいい世間話であり、重要な情報など何一つないこと。

 そして、手紙を公開してもいいことを伝えようとしたのだが、口を挟む暇すらなかった。男の攻勢は止まらない。



「レインメーカー子爵は学園内で、サージェス殿下と密会していたというではありませんか!」

「なっ!?」



 共通ルートを進めていた時の話だろう。確かに人気が無い礼拝堂で、サージェスと会っていた。

 しかし学内で会ったのはあれ一回きりであり、ごく短時間の出来事だったのだが。何故、この男がそれを知っているのだろうか。


 驚きのあまり言い淀んだのを好機と見たのか、男は畳み掛ける。



「レインメーカー子爵と共にその場にいたオネスティ子爵家のご令嬢も、殿下の失踪と時を同じくして姿を消しております! これは果たして、偶然なのでしょうか!」

「何!? め、メリルがどうしたって!?」

「白々しいですよ。レインメーカー子爵。皆様この動揺を見てどう思われますか? 彼が何らかの情報を握っていることは、明白ではありませんか!」



 攻略対象であるクリスとサージェス。

 その上、メインヒロインであるメリルまでもが失踪した?


 貴族のご令嬢、果ては王族までもが居なくなってしまったのだ。

 それに直近の俺の動向を調査すれば、クリスが行方不明になったこともすぐに判明するだろう。

 全員と関わっている人物など俺しかいないのだから、当然そこでも疑われることになる。


 ……こんなもの、乙女ゲームを進める以前の問題だ。 

 社会情勢が動くレベルの大事件である。




 何が原因だ。


 今、一体何が起きていると言うんだ。





 その後、混乱した俺は碌な返答ができなかった。

 そのため、ワイズマン伯爵、ウィンチェスター侯爵両名の弁護の甲斐なく、俺には疑惑の目が向けられることになる。


 周囲の貴族からの評価も「非常に疑わしい」という結論に達してしまい――



「アラン・レインメーカー子爵を拘留する。彼を地下室へ」



 という宰相の一言で、俺は地下牢へ幽閉されることになった。



 クリスはどこにいるのか。サージェスとメリルは、今何をしているのか。

 学園に残ったパトリックとラルフは、その後どうしたのか。

 何故アルバートは裁きの場にいなかったのか。


 婚約者が窮地に立たされたエミリーは何を思うのか。

 自分を助けてくれた男が捕らえられたマリアンネは何を考えるか。

 そして、執事が囚われた悪役令嬢と、親友が捕まり弟が行方不明になった第一王子はどうするのか。


 様々な思惑が渦巻く中で、アラン不在の物語が始まります。

 次回、ラルフ視点のお話を投稿予定です。


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