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第七十七話 消えた第二王子



「なるほど。それでボクの出番ってわけだね」



 パトリックに事情を説明すれば、彼は早速研究室のセキュリティ解除を始めてくれた。

 彼が扉へ触れる度に幾何学模様が浮かび上がり、光を飛び散らせては消えて、また別な模様が浮かび上がってくる。

 何をしているのかは分からないが。非常に高度な作業をしていると、学が無い俺でも分かるくらいに複雑な動きを見せていた。


 稲妻のような光が弾けたかと思えば、結界のような囲いが出現し、またある時には炎が噴き出す。

 パトリックがやっていることは、まんま爆弾処理である。



「むう……流石は天才魔術師。異名は伊達じゃないか」

「突破できそうか?」

「侯爵家のセキュリティよりも頑丈だけど。時間をもらえれば、何とか……なるかな? これ。うーん、この辺はまだクリスさんに教わっていない回路だし……」

「どれだけ頑丈に作ったんだよ、クリスの奴……」



 侯爵家が用意している警備網よりも、クリスが自室に掛けた守りの方が上等らしい。

 確かにこの中にある物はクリスの全てと言っていいだろう。今までの研究成果や、これから販売する予定の魔道具、その試作品だって眠っているのだから。


 ……だからと言って、これは少々頑丈過ぎないだろうか?

 下手をすれば死人が出そうなセキュリティである。


 パトリックだって攻略対象な上に、元々の能力値で言えば、魔法適正はパトリックの方が高い。

 むしろクリスはレベルを最大まで上げても中級魔法までしか扱えず、魔法は苦手と言っていいだろう。

 クリスはあくまで発明家で、自作したオリジナルのアイテムを使うことで能力を底上げするタイプだ……と、そこで気づいた。



「クリスに無尽蔵の予算を渡すとこうなるのか」



 ついでに言えば資金だけではない。素材も最大限に融通している。

 俺だけでなく、事業に参加した貴族は皆、金の卵を産むクリスに最大限の投資をしているのだ。

 国内はおろか、国外の素材でも手に入らない物の方が稀だろう。


 今のクリスは装備品のバージョンアップや新装備の開発を、いくらでもできる立場にある。装備の性能が上がる度にクリスの研究が捗り、また装備が強化されていく。

 この無限ループだ。つまりクリスは、金があればあるほど強くなる。


 いくら魔法タイプのパトリックと言えど、まだ学園入学前。即ちレベルは1でしかない。

 研究と開発に没頭したクリスが作り上げた、最強の要塞が相手では分が悪いか。



 そう思いながら、作業を三十分ほど横で見ていたのだが。

 不意にピタリと、パトリックの動きが止まった。



「あ、あの……義兄さん。ラルフさん」

「どうした?」

「セキュリティは解けたのか?」

「いや、あの、ごめんなさい。これ……爆発する」

「「はぁ!?」」



 俺とラルフの声が綺麗に重なった次の瞬間、扉の上を覆っていた幾何学模様が毒々しい紫色と、赤茶けた鈍い光を放ち始めた。

 同時に鈍い重低音が響いたのだが、その音は徐々に甲高くなっていく。



「あ、あと少し! この生体認証さえ誤魔化せれば! ……だめかぁ」

「が、頑張れパトリック!」

「諦めんなよ! お前だけが頼りなんだ!」



 俺とラルフは必死で励ましたのだが、パトリックは勢いよく、首を横に振った。



「も、もう間に合わない! おそらく魔法研究棟が木っ端微塵になるレベルの爆発が来るよ!」

「クリスの奴、何てものを仕掛けてやがる!?」

「あと……部屋の中は無傷で収まりそう、かな?」

「そりゃそうだ。研究資料まで木っ端微塵になったら困るもんな……って、そんなことはどうでもいい! 猶予はどれくらいありそうだ!?」

「た、多分三分くらいだと思う!」



 攻略対象が校舎を爆破して更地にするなど、絶対に阻止しなければいけない。

 そんなことになればゲームが終了してしまう。


 何とかして爆発を食い止めようと思ったのだが……俺とラルフには、パトリックの手伝いすらできないのだ。

 脳筋二人が取れる選択と言えば、一つしか無かった。



「だったら扉ごと破壊してくれるわ!」

「お、おう! 合わせるぞ、アラン!」



 俺は全力の破壊魔法を叩き込む構えを取り、ラルフも腰の剣を抜いて刺突の構えを見せた。

 装備品でブーストをかけた今の俺なら、銀行の金庫を楽に消し飛ばすくらいの魔法が撃てる。それに、セキュリティの大部分はパトリックが解除済みだ。

 俺が魔法を叩き込んだ直後にラルフが連撃を入れれば、扉の十枚や二十枚叩き割ることができるだろう。

 爆発とやらが来る前に、キレイさっぱり消し飛ばしてやる。


 俺はそんな決意をしたのだが。

 しかし、何故か扉の前に立ちはだかったパトリックが、焦ったように俺たちを制止した。



「二人とも、止めて! リアクティブ・カウンター機能が付いているから!」

「なんだそれは!」

「衝撃に反応してカウンターが発動して……倍返しの反撃が飛んでくるよ!」

「だああああ! 鉄壁かよクソがぁああああ!!」



 今まで散々助けられてきたクリスの技術力だが、敵に回すとこんなに恐ろしいものだとは思わなかった。

 パトリックは爆発を阻止できず、俺とラルフでは役に立てない。いよいよ本格的に打つ手が無い。



 ここまで、なのか……?






 ――いや! まだだ! ここで久方ぶりの世紀末式世渡り術だ!


 と、俺の脳裏に閃きが走る。



「そうだ。無理に扉を開けようとしたからこうなったんじゃないか。……だったらむしろ閉じて(・・・)やる! おいお前ら! この扉を廊下ごと埋める(・・・)ぞ!」

「ええっ!?」



 言うが早いか、俺は氷魔法で壁を作り、廊下を覆いつくすくらいの隔壁を作り上げていく。

 今の俺にできることは、魔法研究棟を無傷で守り抜くこと……ではない。

 魔法研究棟が半壊してもいいから、原型(・・)だけでも残すことだ。



「パトリック! 土でも木でもなんでもいい! 崩落しないように柱を作ってくれ! 爆発の熱は俺の方で処理する!」

「その程度で防げるものでは……」

「いいんだよ! 魔法研究棟の外観が(・・・)無事なら(・・・・)それで!」



 そうだ。


 中身が焼野原だろうと、登校してくるシーンや中庭のイベントなどで背景(・・)に見える、研究棟の外観さえ無事ならそれで体面は保てる。

 メリルに魔法研究棟の出入り禁止だけ申し渡せば齟齬(そご)見えない(・・・・)のだ。


 建物が崩壊せず、周囲に爆風が広がらなければ、今この研究棟内にいる人間も無事で済むだろう。

 修繕費用など全部俺の方で持ってやるし、怪我人が出たら十分な補償をする。

 今はとにかく、この危険物に蓋をしなくてはならない。



「早くしろ! ラルフも初級魔法でいいから手伝って……とにかく壁と柱を増やせ! 崩壊だけ防げれば、後はどうとでもなる!」

「マ、マジかよ!?」

「いいから早くしろ! 考える前に手を動かせ!」

「ああもう畜生! 分かったよ!」



 そこから先は、もう滅茶苦茶である。


 パトリックは壁を突き破って樹木を大量に出現させた。

 ……壁どころか床と天井まで突き破り、一階から屋上まで貫いていくような勢いだ。


 ラルフは初級魔法で出現させた岩を積み上げて、手当たり次第に柱モドキを量産していったのだが。研究棟の壁に向かって土魔法を乱射しているのだから、当然廊下の壁は破壊されていく。


 そして俺は周囲の空間を氷の壁で覆いつつ、樹木と柱を氷でコーティングして耐熱工事を施していく。


 廊下という廊下が破壊され尽くしても構わないから、建物の本体を生き残らせる。それだけを考えた。

 死ななければ重傷でも構わないという、世紀末式の極意が垣間見られる突貫建築だ。


 建築学など全く知らないが。建物を岩や木で補強して、扉の周りをガッチリと障害物で固めたのだから、被害はある程度軽減できるだろう。

 ……何とか、最低限の備えはできたと思う。



「もう逃げよう! 義兄さん! そろそろボクらが逃げる時間が無くなる!」

「分かった! これで仕上げだ!」



 最後に、扉を覆うように氷の膜を張るべく。俺が腕を振りかぶり、扉に触れた瞬間――






『生体認証。確認。アランサマ。通行許可』






 ――という無機質な声が、廊下に響いた。


 声がしてから数秒で扉から光は消え失せ、俺たちがあんなに苦戦した開かずの扉が、勝手に開いていく。



「…………は?」



 呆然とする俺の横で、パトリックは尻もちをつきながら言った。



「…………クリスさん、義兄さんをフリーパスにしていたみたい、だね」

「…………俺たちの苦労は、一体……」



 と、三人して暫し呆然としていたのだが。

 ややあって、ラルフが周囲を指さして言う。



「どうする? コレ」



 見渡せば、廊下には謎の氷柱が乱立し、巨大な樹木が壁を突き破っているという惨状が広がっていた。

 これが教員に見られたら、停学で済むか怪しいところだが……まあ、そこは寄付金次第だろう。 



「後始末は後回しでいいだろ。はぁ……何だかどっと疲れた」

「人騒がせな奴め。クリスを見つけたら、一度とっちめてやる」

「……お仕置きだね、ボクも協力するよ」



 クリスの評価が乱高下を繰り返している中で、ようやく俺は研究室に足を踏み入れ……られなかった。

 いざ部屋の中へ入ろうという段階で、何故かラルフは窓の外を見つめていた。



「この感覚……あれは実家の伝書鳩か?」

「伝書鳩?」

「ああ。緊急の用事があれば親族の魔力を目掛けて飛んでいくように訓練されているんだが。身内に不幸があったレベルでしか使わないものだ」



 どうやらラルフの実家で何やら事件が起こったらしい。

 置いて行くわけにもいかないので、鳩の足に括り付けられていた手紙を、ラルフが読み終わるまで待つことにした。

 読み進める毎にラルフの顔は険しくなり……読み終えたと同時に、神妙な面持ちで俺に向き直った。



「アラン。よく聞いてくれ。サージェス殿下が行方不明になった」

「な、なんだと!?」

「一週間ほど前から姿が見えないらしい。今、王宮では大騒ぎになっているみたいだな」



 第二王子が消えたというのに、何故発覚までに一週間もかかったというのだろうか。

 いや、待て。クリスに続いて、サージェスまで行方不明だと?

 何だ? 一体今、何が起きていると言うんだ?


 混乱する俺を他所に、尚もラルフは続ける。



「アラン。お前サージェス殿下と仲が良かったよな?」

「仲が良い? ……文通しているくらいのものだぞ」

「あの気難しい第二王子殿下と文通している時点で、アランはマブダチだよ。同世代で一番仲が良いんじゃないか?」

「……本気で言ってんのかよ」



 兄弟揃って、どれだけ友達がいないと言うのか。

 サージェスには危ないものを感じていたが、今後彼を見る目が変わりそうだ。

 次に会ったらもう少し優しくしてやろうと心に決めた俺だが、ラルフの表情は曇るばかりだった。



「サージェス殿下は群れるのを嫌う。少数精鋭を好むんだ」

「まあ、そういう性格だわな」

「……だから、サージェス殿下の普段の行動を知る者は、ごく限られている」



 彼は「原作」でも「無能が雁首揃えてよく(さえず)る」などという煽り文句を口にするらしい。

 取り巻きのような人間がいないのだから、予定を把握しているのは宮内庁の人間くらいだろうか。



「で、それが何だと?」

「……殿下の行動パターンをよく知り、学園内で接触の機会も多く。それでいて……敵対派閥(・・・・)の人間。これがアランの評価らしい」

「おいおい、何が言いたい――!?」



 答え合わせとばかりに、ラルフは手紙を開いて見せた。



第二王子(・・・・)誘拐事件(・・・・)の重要参考人として、アランを捕縛しろって命令書だ。……ふざけてやがる!」



 ラルフの元にやって来た手紙、その内容とは。

 俺の逮捕を命令する、騎士団から正式に発せられた文書であった。



 消えたクリス、消えたサージェス。

 そして、俺への逮捕状。


 事態は次々と動き、そして――これを皮切りに、俺は激動の事件へと巻き込まれていくことになった。



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