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第七十二話 俺の名はアラン



「初めましてお嬢さん。俺の名はアラン。このスラム街で顔役をしている者だ」

「ぷっ、くくっ、ダメだ。うっ、ふふ」



 休日の昼間。場所はスラム街の一角にて、茶番が行われていた。

 ビジュアル系でパンキッシュな服装をした俺は、首をやや斜めに傾けながら、右手で軽く顔を覆いつつ名乗りを上げるという場面だ。


 自己紹介をしている相手はもちろんメリルであり、これが攻略対象とヒロインの出会いのシーンなのだが……メリルは笑いを堪え切れていない。

 自己紹介をした俺に対して、半笑いで口元を押さえている。



「……見たところ育ちは良さそうだが。君のような可憐な女性が、こんなところで何をしているのかな?」

「ぶはっ! み、道に、迷ってしまって……くくっ」



 俺の歯の浮くようなセリフに対して、メリルは必死に「原作」通りのセリフを絞り出している。

 だが、少しでも気を抜けば大爆笑を始めてしまうであろうくらいには、俺の恰好と仕草がツボに入ってしまったようだ。

 なるべく早く終わらせようと、俺も間を置かずに次のセリフを口にする。



「そうか、ではそこまで送ろう。ここは危ないからな」

「えっ、ええ。ありがとう!」



 そうして大通りまでの道を歩く俺たちの前に、早速二人の男が現れた。

 彼らは揃って薄汚れた服装をしており、ニヤニヤと笑いながら俺たちの行く手を遮る。



「待てよ。へへっ、可愛らしいお嬢さんじゃねぇか」

「俺たちと遊ばねぇ?」



 典型的な三下のセリフを吐く二人に対し、俺はやれやれといった様子を前面に押し出して言う。



「お前たち、俺のことを知らないのか?」

「何だテメェは」

「野郎に用はねぇんだよ!」

「ふん、三下が……知らないなら教えてやろう」



 不敵に笑う俺を見て、二人組は顔を真っ赤にしていた。



「調子に乗りやがって!」

「やってみろやぁ!」

「あ、危ない!」



 チンピラたちは即座に殴りかかってきたが――大振りでスローモーションな攻撃を華麗に躱してから、俺は右手を振りかぶって、二人の顔面を小突く。

 俺の攻撃も見た目は派手だが、それほど力は入れていない。それに相手も殴られる前に飛ぶくらいの構えだったので、怪我をすることはないだろう。


 メリルの悲鳴すら滑稽に聞こえるような場面は一瞬で終わり、チンピラたちはいかにも大ダメージを受けたかのように、地面に片膝を付いていた。



「う、つ、強ぇ……」

「くそっ、お前何者だ!」

「覚えておけ、俺の名はアラン。いずれ全てを手に入れる男だ」



 名乗った後はチンピラたちに背を向けて、半笑いで怯えるという奇妙な表情をしているメリルを気遣う。

 これで「原作」のイベントシーン通りに進んだことになるはずだ。



「すまない、怖がらせたか?」

「だ、大丈夫。平気だから」

「そうか。なら早く、こんなところは離れよう」



 チンピラたちに背を向けて数歩ほど歩き、突き当たりの角を曲がる。するとすぐに大きな通りが見えた。

 ここはスラム街の入口も入口。大通りの裏手ぐらいの位置なので、イベントシーンはすぐに終わりだ。

 そして俺は、道の先を指してメリルに言う。



「ここを行けば大きな通りに出る。君のように可愛らしい女性が、治安の悪い場所をうろつくのはお勧めできないからな。今後は用も無いのにスラム街をうろつくのは、やめておくことだ」

「ありがとう、気を付けるね!」



 この後はヒロインが偶然街の方で出会ったアランと親交を深めていくのだが、それはそれ。

 何度か振り返りながら大通りに出たメリルだが……非常に面倒くさそうな顔をしながら、すぐに戻ってきた。



「はい、出会いのイベント終わりね。お疲れ様」

「おう、お疲れさん。エキストラの二人もありがとな。これ、ボーナスだ」

「へへっ、これくらいお安い御用でさぁ。意味不明な芝居でしたがね」

(かしら)は金払いがいいからな、呼ばれりゃいつでも駆けつけるぜ? この芝居の意味は分からねぇけどな」



 俺が銀貨の詰まった革袋を手渡しているのを見て、メリルはげんなりとしていた。


 そう、全て茶番である。

 エキストラの二人から意味不明と言われても仕方がないくらいには、滑稽なやり取りだった。その自覚はある。


 俺が親分に役者崩れを雇いたいと頼んだ、本当の理由がこれだ。

 誰のルートでもイベントシーンではモブキャラが度々登場するのだが。あらかじめ俺が雇った人間に台本を読ませておいて、モブキャラとして登場するように手配したのだ。

 絡んでくるチンピラがいなくてイベントに不都合が出るという可能性も、今までの道のりを振り返れば十分にあり得ることだ。だから、俺の方で役者を用意した。


 あらゆるイレギュラーを排除して、確実に「原作」通りの状況を再現するために。俺の私兵を周囲に配置して、街角を封鎖するくらいの徹底ぶりである。

 ここまでやれば「原作」の再現だって完璧だ。



「ねえ、アラン。流石にこれはどうなの?」

「いいんだよ。これなら絶対に外さないだろ? 今後もこの手を使うから慣れておけ」

「うへぇ……」



 メリルはサージェスと出会った時と同じように、唇を尖らせて顔を顰めていた。

 だが、これが最も確実で手っ取り早い方法なので、この自作自演方式を改める気はない。


 ともあれ、これで俺とメリルが出会ったわけなので、後はメリルともう一度出会って、世間話をすることになるだろう。

 そしてダンジョンへ行く話をして、「金次第では護衛をしてやろう」という返答をすればそれで終わりだ。


 次にメリルと会うのは、すぐそこのカフェテラスになる。

 メリルが買い物をしていると、取引先と話し終えたばかりのアランを見かけるところから始まるシーンであり、当然、取引先のエキストラも用意してあった。

 俺はやや離れたところで待機していた、きっちりとした身なりで、それでいて顔が強面の男に声をかける。



「よし、準備はいいか?」

「いつでもいけまさぁ!」

「上等だ。それじゃあ移動すんぞ」



 クロスから与えられた現代日本とやらの知識に照らせば、ドラマの撮影をするためにスタッフを引き連れて移動している監督のような立ち位置で、俺は近場にある店へと歩き始めた。

 そしてその道中で、俺は手伝いとして連れて来ていたマリアンネにも話を振る。

 今日のエキストラが着ている服や、店の手配、それから小道具の準備も彼女に任せていたのだ。



「小道具の用意もいいな? アタッシェケースと書類も忘れるなよ。……ああ、中身は魔道具屋(仮)で実際に使う書類が入っているから、無くさないように」

「準備はできていますが……アラン様、何故このようなことを?」

「商売敵の目を欺くために必要なことなのさ」

「なるほど。そういったご事情でしたか」



 理由にもならない理由を述べれば、それで納得してもらえたらしい。

 深く説明することもできないので、俺はさっさと店のテラス席へ向かい、周囲の部下たちへ向けて合図を送った。


 当然の如く店も貸し切り……どころか、買収済みである。

 店のスタッフや周囲の客も全員、俺の手下だ。

 この店だけでなく周辺の店も丸ごと買収して、俺の思い通りにさせてもらった。


 スラム街での一幕と同じように私兵たちを配置して人払いをし、準備万端の体勢で俺はイベントに臨む。



「メリルさんはこちらへ」

「え、ああ、はい」

「よし。アラン様! スタンバイ完了です!」



 マリアンネとメリルも所定の位置についたことを確認してから、俺は声を張り上げる。



「よーし、シーン2スタートだ! アクション!」



 ここまできたら本当に監督である。

 俺は対面に座ってきた男と何でもないような話をしながら、メリルの姿を横目で見ていたのだが。

 彼女が小さく呟いた言葉を、ギリギリで聞き取ることができた。




「……コレジャナイ」




 乙女ゲーム愛好家としてはこれじゃ(・・・・)ない感(・・・)があるのだろうが、俺はより確実な道を選びたいのだ。



 メリルがそうボヤいているのをスルーしながら、俺はイベントを消化していった。




 お盆中に新作(という名のほぼ完結済み作品)を投稿していこうと思いますが、ジャンルはハイ・ファンタジーになるかと思います。


 投稿したら活動報告か後書きで告知するので、もしよければそちらも読んでもらえたら嬉しいです。

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