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第七十一話 消去法で、選択肢は俺だけ



 結論を先延ばしにすることで何とかその場を凌いだ俺だが、この問題をほったらかせば後で絶対に酷い目に遭う。それは間違いない。

 時間の経過と共に外堀は埋まっていき、俺が知らないところで色々な事態が進行していくことだろう。



「そういうわけでさぁ、メリル。お前俺の義妹になる気ない?」

「あるわけないでしょ、そんなもの。あっても近所の変なお兄さんレベルよ」



 俺はそう判断したので、週が明けて登校してすぐにメリルに会いに行った。

 課外授業中のオリエンテーション中にメリルを捕まえて事情を話してみたのだが。

 事情を聞いた彼女は、非常にしょっぱい顔をしていた。


「だよなぁ……って、変な(・・)は余計だ」

「関わる人がみんな変になっていくのに? パトリックの件だってそうでしょ」

「いやまあ、それはそうなんだが……」



 妹が自分の身代わりになって誘拐されていたと知ったパトリックは、ハルやラルフに混ざって騎士団で訓練をすることになった。家族を守れるように、少し力をつけておきたいという話だ。



「パトリックまで脳筋にするなんて。アラン……攻略されたいの?」

「斬新な脅し文句をありがとよ」



 体を鍛えること自体はいいと思うのだが、しかし本来のキャラからはかけ離れつつある。リーゼロッテ発案の激しい訓練が予想されるので、ハルと同じ道を辿る可能性が非常に高いだろう。



「パトリックの性格はなるべく変えないように立ち回るから、本当にやらないでくれ。……パトリックの妹とも婚約させられそうで、お前から狙われるとマジでヤバいんだ!」

「何がどうなったら、そんなことになるの……」



 呆れ顔をしているメリルを説得すること十数分。

 何とか「経過観察」という評価を勝ち取ったのだが。今は一応授業中であるため、無駄口を叩いていた俺たちは教官から睨まれることになった。


 クラスが違うメリルと、何故一緒に授業を受けているのか。

 それは今週から「冒険パート」が始まるからだ。


 「武を重んじるアイゼンクラッド王国は、学生のうちから実践を通して尚武の気風を育てる」という仰々しい理由から冒険に出発する。

 要は用意されたダンジョンやら野外やらへ赴き、危険の無い範囲で魔物を倒してこいというボランティアだ。


 今はその講習、というかオリエンテーションを受けていた。

 希望者が参加する集まりなので、全クラスからそれなりの生徒が集まっている。


 「原作」では攻略対象の誰かを誘って冒険に出かけることになり、冒険を通して好感度を上げていく。

 ……が、現実的に今のメリルが誘える相手は俺しかいない。


 ハルは勿論リーゼロッテと組むし、むしろ離れる理由がない。

 護衛もきちんと付けるのだが、この二人が固まっていた方が守りやすいという学園側や護衛側の事情もあるので、メリルが誘うのは無理だ。


 ラルフはメリルと険悪に近いので、最初から候補に上がっていない。

 ハルをめぐって、足の引っ張り合いをする未来すら見えるのだから仕方がない。


 クリスは学園へ寄付金を入れて、課外授業の免除が言い渡されている。

 日によっては徹夜で働いている彼をモンスター退治に連れて行けば、思わぬ事故があるかもしれない。だから基本的には誘えない。


 たまには俺が仕事を代行して、メリルと仲を深めるために冒険して欲しいとは思っているのだが、中々タイミングが合わないのが現状だ。


 サージェスは好感度が一切上がっていないので、そもそも会話による意思疎通が満足にできないし、パトリックは入学前なので、下手に接点を持つと「原作」との乖離が出てきてしまう。

 つまり消去法で、選択肢は俺だけになるわけだ。


 ちょうどオリエンテーションも終わったので、俺は改めてメリルに今後の方針を伝える。



「てことで、今日の放課後に俺の共通ルートイベントを進めるぞ」

「えー……」

「えー、じゃねぇ! こっちだってやりたくてやる訳じゃないんだからな!」

「何そのセリフ、ツンデレ?」



 俺がツンデレで誰が得をすると言うのか。



「違う。えーっと、順番としてはまずスラム街で俺と出会って、何度か顔を合わせて……で、護衛依頼の話をすればいいんだったか」

「うん。でもアレってランダムイベントだから、一回で終わらせてくれない?」

「メリルお前、実は俺のこと嫌いなのか!? いや、そりゃあ出会いからして友好的じゃなかったけど!」

「違うって。やることが色々あるから、あまりランダムイベントとかで時間取られたくないの」

「……やること?」



 イベントを起こせるような攻略対象がいないのだから、時間はいくらでもあるはずだ。何をそんなにやることが?

 俺が疑問に思っていると、メリルはやれやれとでも言いたげな仕草をしてから、肩を竦める。



「この世界をゲームだと思わず、現実だと思って生きろって言ったのは、アランだよね?」

「まあ、そうだな」

「じゃあアラン。今は私から攻略されていないけど、毎日暇なの?」

「馬鹿を言うな。この間まで過労死寸前まで働いていた……って、ああ、そういうことか」

「そう、私の方でも実家絡みの話とか色々あるのよ」



 オネスティ子爵家は入学式でメリルの巻き起こした騒動以降、微妙な立場にあるらしい。

 その実家絡みの問題と言われてしまえば、確かに大変そうなのも分かる。



「まあ、そんなわけで今週は無理。イベントを起こすのは来週か……再来週くらいでいい?」

「いや、冒険パートは今週末から始まるはずなんだが」

「解禁されるだけでしょ。ゲームで言えば一ターンか二ターン遅れるだけなんだから大丈夫よ」

「そりゃまあ、そうだが……」

「何か問題でもあるの?」

「王都襲撃までには、自衛できるくらいには強くなってもらわないと困るんだよ」



 これは俺の個人的な問題でもあるのだが、物語の中盤――具体的には、俺たちが二年生になった夏――で、あるイベントが起きる。

 「王都襲撃」というイベントなのだが、大量発生した魔物が王都を襲い、ヒロインが攻略対象と共に迎撃に出ることになる。

 選んだ攻略対象によって展開が変化するのだが、まかり間違ってハルや俺を選んだ場合、このイベントで敗北すればゲームオーバーだ。


 ハルを選べば前線で指揮を執っている最中に敵の本隊から襲われて、逃げ場がない中での連戦となるし。アランを選べば、碌に防備の無いスラム街の防衛戦となる。

 この二人の難易度は、跳びぬけて高いのだ。


 ゲームではリトライが可能だったが、ここにいる俺たちが生き返ることなどできない。一発勝負で、死ぬことはおろか後遺症が残る怪我も負わず、完全勝利する必要があるのだ。


 クリスやパトリックを選べば後方支援係になるため戦闘は数回で済むし、途中で補給も可能となっている。

 この二人のどちらかを選んだ場合は、レベル上げをサボっていなければまず心配はいらない。

 ラルフを選ぼうものなら騎士団の本隊と行動を共にするので、強力な助っ人が加入した状態での戦闘となるし、サージェスの場合は王宮内に飛び込んできた魔物を数体撃破すれば終わりとなる。

 俺とハル以外ならば、難易度は易いと言っていいだろう。



「うーん、でも、アレをクリアすると好感度が大きく上がるからなぁ……」

「おい。それこそゲームじゃない、命のやり取りになるんだぞ?」



 現実的にはパトリックかクリスを選んでほしいのだが、共に戦った攻略対象からの好感度が大きく上昇するイベントでもある。

 メリルがハルを選ぶことは想像に難くないのだが。最悪の場合はメリル諸共にハルが死んでしまう。そんなことは絶対に避けたい。

 そう思いメリルを半眼で睨むが、彼女はどこ吹く風というか、余裕の態度を崩さなかった。



「まあ、秘策があるから大丈夫よ」

「……どんな作戦だ?」

「それはまだ秘密。アランはアランで動いてるんでしょ?」

「そりゃまあ、そうだが」



 パトリックの事件があったので後回しにしていたが、俺は伊達や酔狂、気まぐれでスラム街に出向いたわけではない。

 スラムの住人を俺の私兵として雇い、訓練を施して防衛に当たらせようという目的があってのことだった。

 クリスの協力が必要になるが、私兵の死傷率を下げる用意も進めているし、誰一人欠けることなく乗り切るつもりではあるのだが。

 当日どういう展開になるかはメリル次第なのだ。



「だったら問題ないじゃない。取り敢えず序盤の冒険にはアランを連れて行くし、イベントはちゃんとやるから大丈夫だって」

「本当だろうな?」

「当たり前でしょ。私だって記憶を消されるなんて嫌なんだから。アランこそトチらないでよね」

「はっ、俺はセリフもポーズもしっかり練習済みなんだよ。完璧に原作通りに進めてやる」



 俺が自信満々に言えば、メリルは又しても微妙な表情をしていた。



「自分のセリフを練習するって、やっぱり痛い人なんじゃ……」

「うるさいな! やりたくてやっているわけじゃないって言ってんだろ!?」



 相変わらず先行きが不安な中ではあるが、俺はいよいよ(アラン)のイベントをこなすことになる。


 大丈夫だ。予習は完璧だし、元々()がやる予定の行動だったのだ。今の俺にだって問題なく演じることができるはずだと鼓舞しながら、俺はメリルと別れた。







 さて、この後はクリスのいる研究棟に寄って、いくつか打ち合わせをするとしよう。

 それが終わったらリーゼロッテとハルを街まで迎えに行かなければいけない。


 しかし秘書として雇ったマリアンネだが、意外な拾い物だったなと、俺は道すがらに思う。

 侯爵家の令嬢という立場にいたので相手もある程度は遠慮してくれるし、貴族対応にも慣れているので、安心して魔道具関連の利害調整を任せることができる。

 婚約云々の問題を除けば、非常に楽になったのは事実だ。


 肉体的には楽になったが、精神的には辛くなった。

 このトレードオフがプラスなのかマイナスなのかはまだ分からない。

 だが、差し当たり、体が空いているうちに残っている問題を片付けていかなければならないだろう。


 そう思いながら、俺は魔法研究棟までの道のりを歩いて行った。



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