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第六十七話 地獄絵図

 暴力沙汰が苦手な方は「コミカルに追いかけっ〇」を流してお読みください。


 アランの 「てめぇら! やっちまえ!!」 と言うセリフからスタートすると丁度いいです。



 俺はスラム街の住人たちを率いて、王都の外れにある人気が少ないエリアを目指して走っていた。


 大暴れと略奪、そしてその先に報酬が待っていると知った後続の男たちは、異様な眼光を宿している。


 ……むしろ俺たちの方が先に衛兵に捕まりそうなものだが、幸いにして通報されることなく、屋敷の近くまで辿り着いた。



「アラン様! こちらです!」



 目の前に広がる鬱蒼とした林を抜けた先に、目的地――パトリックが売られていた研究施設――があるのだが、今回の襲撃にはクリスにも同行してもらった。

 彼の主な役割は、パトリックのお守りである。



「待たせた。状況に変化は?」

「ございません。見張りが二人いるくらいです」



 クリスは「原作」で言うと終盤のラストダンジョンか、その直前で手に入るものと同じくらいの装備品を着用している。

 本人があまり鍛えていないと言っても、そこらの秘密結社崩れに後れを取るようなことはないだろう。


 莫大な資金によるブーストがかかった結果、装備品の開発費用も潤沢にあったのだ。しかもヒロインからちまちまと材料を買い集めるまでもなく、いくらでも素材を使えるような環境にあった。


 彼が望めば下請けの貴族からいくらでも研究材料を引っ張って来られるのだから、開発の時間が少なかったとはいえ、一年生の二学期前でこの成果なのも納得である。



「そうか、だったら予定通り、正面から乗り込む」

「承知致しました。例の物はこちらに」



 俺は、クリスから手渡されたブレスレットを右手に嵌める。

 今日の日のためというよりは、メリルと冒険パートに出かけるために用意した装備だ。


 流石にこのレベルになると俺の技術では作るのが難しいので、クリスに頼んで作ってもらった逸品である。



「いい感じだ。ありがとな、クリス」



 効果としては、バッドステータスの打ち消しと、各種能力の微上昇。

 これにより、魔法が二十回に一回ほど暴発するという、アランの固有スキル【悪運】(ハードラック)が打ち消されることだろう。


 試しに初級火魔法を指先に灯すが、いつもより安定している気がする。



「お役に立てたのであれば、恐悦至極でございます」

「畏まり過ぎだ。しかし……これで俺も気兼ねなく戦えるな」



 「原作」の戦闘能力を振り返れば、各攻略対象の特徴は以下の通り。


 まずエールハルトは物理、魔法共に卒なくこなす。

 全体的に隙が無いバランス型と言える。


 ラルフは物理専門のアタッカーで、耐久力も非常に高い。

 そのためヒロインを守る壁として使われることが多いそうだ。


 クリスは攻撃の魔術に秀でている反面、防御は低い。

 しかし専用装備が多いので、アイテムで各種能力値の底上げができる。


 サージェスは性能が尖っており、特定の条件下で最強になる。

 使いにくいが、強敵相手には強いと言ったところか。



「パトリック。お前はまだ弱い。クリスから離れるなよ」

「は、はい! 分かりました!」



 パトリックは全体的にステータスが低く、バフとデバフの種類が多いサポート型だ。

 学園入学前の今は、特に貧弱な部類に入るだろう。

 そのため、最強装備のクリスから護衛してもらおうということになった。


 そしてアランの特徴だが。基本的なステータスは跳び抜けて高いものの、固有のバッドステータスが多く、ピーキーな運用が求められる――面倒なキャラだ。


 本来ならば裏社会御用達のヘンテコアイテムでバッドステータスを打ち消したり、場合によっては逆に利用して戦うことになる。


 だがしかし、今のクリスが味方ならば話は変わる。


 例えば【不運】(ハードラック)踊ってしまう(ダンスっちまう)可能性が無くなれば、俺は気兼ねなく大魔法が連発できる。

 今後も装備品を追加してバッドステータスを打ち消していけば、最強の魔法戦士ができあがりだ。


 しかも「原作」と違い、公爵家でしっかりと武術、魔法の訓練を積んできている。

 間違い無く作中最強である陛下は除くが、今の俺は最強格ではないだろうか。



「よし、全員揃ってるな! ……ってリーゼロッテ。お前それ、どこで拾ってきた?」

「来る途中にあったゴミ捨て場で拾ってきたのよ! いいでしょこれ!」

「けひ、けひひひ」

「ヒャッハー! 行こうぜ姉御ォ!」



 そして仕える主の方を見れば。

 彼女は壊れかけた荷車の上にボロいソファを積んで、その上でふんぞり返っていた。


 曳いているのはスキンヘッドの男が二人。

 親分の護衛だった危ない人たちである。


 ……メリルが見ている前でこんなことをすれば、一発で乙女ゲームの世界観が崩壊してしまう。

 これは大変危ない絵面だが、まあ、本人が楽しんでいることだし、今はいいだろう。


 気持ちを切り替えるために小さく咳払いをしてから、俺は野郎どもに檄を飛ばすことにした。



「あー、ゴホン。野郎ども! 目的地はすぐそこだ! 俺に続け!」

「「「「「うぉぉおおおおおお!!!」」」」



 さあ、俺を先頭に、百名を超える山賊風の男たちが大行進だ。

 遠目に見えた見張り番の男たちは、離れていても分かるくらいには慌てふためいていた。



「うおっ! 何だありゃあ!?」

「何って……うわ! 何事だ!?」



 驚きのあまり初動が遅れているようだが、無理もないだろう。

 真夜中にこんな異様な集団が突然走ってくれば、誰でも驚く。


 俺は好機を逃さず上級氷魔法氷結の牢獄(コキュートス)を放った。



「て、敵襲! 敵襲だ!」

「援軍を寄越せ! 数が多い……うわっ!?」



 見張りの男たちがそう叫ぶのと、氷漬けになったのは殆ど同時だった。

 俺が手を翳してすぐに、人を呑み込むほど大きな氷塊が生成され、あっという間に見張り役の二人を呑み込んだ。

 魔法が炸裂したのを見届けた俺は、背後を振り返って叫ぶ。



「てめぇら! やっちまえ!!」



 それを合図に、襤褸切れを身に纏った男たちが野太い歓声を上げ、思い思いの得物を片手に、屋敷の中へ殴りこんでいく。


 ということで、アラン一家の初陣が始まった。


 のだが。



「へっへ、いい剣じゃねぇか。てめえには勿体ないぜ!」

「わんちゃーん、こっちでちゅよー……おい! 来いってんだよ!」

「ヒャッハー! この屋敷のお宝を奪えぇ!」



 地獄絵図である。


 俺が門番を氷漬けにした後、リーゼロッテの乗っていた荷車を屋敷の扉に衝突させて派手に扉を打ち破った。

 その勢いのまま大量のチンピラたちが屋敷の中へと雪崩込み、五分ほどが経っただろうか。


 人も武器も犬もインテリアも、屋敷の内部にあった家具も本も何もかも。

 目に着く物の全てが略奪されていく光景が、目の前に広がっていた。


 貴族がバックに着いているというだけあって、ただの研究施設だと言うのに金目の物が多かったのだ。



「おい、これは俺のだ!」

「貴様ら! ふざけやがっ……へぶ!」

「俺が先に見つけたんだよ!」

「止まれ! 止ま……ぐおあ!」



 物品を持ち出そうとする者。

 止めようとする敵。

 奪い取ろうとする者。

 巻き込まれてぶっ飛ばされる者。


 もう誰が敵で誰が味方か分からない修羅場と化していた。



拘束する電撃(バインド・ボルト)

水の塊(ウォーター・マス)!」



 その一方で、クリスとパトリックは非殺傷系の魔法を撃って敵を無力化しており、安定した戦いを見せている。

 後方から敵を減らしてくれるので、前線にいる俺は非常に戦いやすい。

 

 そして、最前線にいる少女はと言えば……無双していた。



「き、消えた!?」

「三角飛び……からの、飛び前蹴りぃ!」

「ぐあっ!?」

「横……いや、上だ!」

「シャイニングウィザード! からの……フランケンシュタイナー!」

「う、うわぁ!?」

「このガキっ!」



 空中殺法で、敵を次々と地面に転がしていく。

 あれが乙女ゲームの悪役令嬢だと言って、誰が信じると言うのだろうか。


 ……まあ、リーゼロッテが張り切ってくれたお陰で、地下に通じるという隠し階段に辿り着くのも容易だった。

 だから、それも今は置いておこう。



「ここが本丸の入口だ! この先にはきっと、お宝がたんまりあるぞ!」

「うぉおおお! マジか!」

「一番乗りは俺だ!」

「どけっ! 俺だ! 俺が先だ!」



 軽く扇動してやれば、怒涛の勢いでチンピラたちが押し寄せてきた。

 多少攻撃されようがお構いなしだ。

 全部無視して敵を跳ね飛ばし、階段に殺到していく。



「欲の力ってすげぇな……」



 俺はリーゼロッテとクリス、パトリックをその場に押し留めて少し待ったのだが。

 それほど時間を置かず、地下から大量の物品が搬出されてきた。


 誰も皆、襤褸(ボロ)切れや風呂敷の中に、液体の入った瓶やら大量のハーブやら書類やらをガメてきている。

 この分なら地下も陥落したと見ていいだろう。



「パトリック。黒幕は捕まっていないが、これで条件達成ってことでいいか?」

「ここまでやるとは思っていませんでしたが、まあ、その。……レインメーカー子爵が本気だということは分かりました」

「んじゃ正式の俺の秘書ってことで、よろしくな」

「……はい」



 さあ、これでめでたくパトリックが秘書になったわけだ。

 雇用契約自体は交わしていたが、もう逃げられる心配もしなくていいだろう。


 それにウィンチェスター家……パトリックの実家への支援を始めれば、猶更逃げられないはずだ。

 外堀は完璧に埋まってきている。

 

 「原作」通りにパトリックを学園に通わせて、メリルと引き合わせる。

 そしてハル狙いのところを、クリスかパトリックに切り替えてもらうのが今後の目標だ。


 メリルとしてもハルの攻略難易度が極大に高い(エクストリーム)ということは理解したようで、最初ほどの熱量は無いように感じる。

 俺の部下になったのだから、パトリックに命じればまともに攻略対象をやってくれるだろうし……上手くいけばこのまま大団円だ。



「頭ァ! 責任者みたいな奴を捕まえたぞ!」

「俺は捕まっていた奴らを捕まえた! さあ、奴隷市に……」



 差し当たり、この荒くれ者どもから平和的に物品を買い取り、通報してこの研究所を完全に潰すという後始末が残っている。

 上手いこと首謀者まで捕まえられたら御の字なのだが、尻尾は掴ませてくれるだろうか。



「俺が全部買い取る! 色付けてやるから、パチるんじゃねーぞ!」



 金をバラ撒き、このごろつきたちも俺の手下として囲い込む必要があるし、これからやることは多い。

 だが、久々に作戦が当たった感触はある。


 明るい未来が見えてきた俺は、上機嫌で撤収を始めるのだった。



 (未来が)明るい……あまりにも。


 というわけで、パトリックを付け狙う組織への殴り込み回でした。

 次回は後始末です。二話後に新キャラ登場予定です。

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