第六十二話 綺麗な夏の思い出と
サービス回!
夏がそろそろ終わる。
今年の夏は楽しかったなと、俺は物思いに耽っていた。
夏休みの初めには海辺でバカンスと洒落込んだ。
公爵家一同とハル、ラルフ、クリス、エミリーに、オマケでメリル。そして陛下と、何故かサージェスまで着いてきたのだから驚いた。
国のVIPたる王族に加え、公爵家の人間や、名門貴族の子弟が揃っているのだ。
こんなメンツが勢揃いしたこともあり、人払いされた砂浜には護衛騎士一個中隊――二百名ほどが完全武装でずらりと並び、厳戒態勢を敷く中での海水浴だった。
「これは……使えそうだな」
「砂浜でのトレーニングは心肺機能の向上にいいらしいわ! 行きましょう!」
「リーゼ。ストレッチをしてからだよ?」
いざ始まってみれば。クリスは海の成分が研究にどうとか、砂浜に手をついてブツブツ言っていたし、リーゼロッテはハルとラルフを誘って走り込みをしていた。
遠出して海まで遊びに来たというのに、皆ストイックなことだ。
メリルはラルフの視線を恐れて近づけなかったようで、大人しく引き下がった後、エミリーとお喋りしていた。
が、しかし。満面の笑みを浮かべるエミリーに対して、メリルは非常に硬い表情をしている。
……ハルに近づけなくて悔しいのは分かるが、辛気臭い顔である。
あんな表情をしているメリルを気遣うとは、エミリーは優しいな。と、俺が婚約者の心の広さを再認識した一幕だった。
「アラン、牛の串焼きが上がったぞ」
「水を届けたら、すぐに持っていきます!」
「ジョンソン、追加の肉を出すぞ。アランは次に、第三小隊へサガリを届けてくれ」
「畏まりました!」
一方で俺はと言えば、給仕として肉の串焼きを持って左へ走り、冷たい水を持って右へ走り。ひたすらに仕事をしていた。
護衛の騎士たちの中にも現役の下級貴族当主や、名門貴族のご子息が多数在籍しているので、言ってしまえばお客様が二百人超だ。目の回るような忙しさである。
このバカンスは、俺からすればパーティ会場での給仕と何ら変わらないどころか、夏の日差しと歩きにくい砂浜が体力を奪っていく中での作業となる。むしろ普段の仕事よりも辛いくらいだった。
ジョンソンさんは肉を焼き続け、ケリーさんは食材の手配をこなしていたのだが。使用人一同は皆、動きやすい恰好である。
執事の矜持と言って唯一執事服を脱がなかったエドワードさんは、夏の日差しの前に倒れて救護班に運ばれていったのだが。
まあ、王宮務めの優秀な回復魔法使いが看病してくれるのだから、大事には至らないだろう。
しかし人数が減ったので、より忙しくなったのは間違いない。
「メイブル。ほら、串焼きもらってきたぞ」
「……あーん」
「恥ずかしいなぁ、もう」
人があくせく働いている前で、アルヴィンがメイブルといちゃつき始めたときは、殺意の衝動に駆られたものだ。
彼らは結婚祝いということで給仕を受ける側になっており、普通に海デート感覚のようだった。
「イカの姿焼き一丁上がりだオラァ!」
「え? ア、アラっ……ぐえっ!? ごほっ!?」
浮かれてにやけている奴の口に、イカ焼きを突っ込んであげたのだが……まさか咽び泣くほど喜んでもらえるとは思わなかった。
さて、アルヴィンを成敗して少し留飲を下げた俺は、尚も走りながら周囲の様子をチェックしていく。
何かあれば公爵家の評判に関わるのだから、護衛騎士が相手でも粗相は許されないのだ。
使用人がそんな風に気を張っている中で、アルバート様とキャロライン様は年甲斐も無く、波打ち際で追いかけっこをしていた。
社交などそっちのけである。
公爵夫妻がやっているのは、俗に言う捕まえてごらんなさーい。というやつだ。
そして最も無礼を働いてはいけない相手――陛下はと言えば、スイカ割りの加減をしくじり、砂浜にクレバスを作っていた。
突如として半径十数メートルが土埃で埋め尽くされたので、爆発でも起きたのかと思ったが……あれは遊びだ。
幸いにして負傷者もいないようだし。
陛下も楽しんでいるようなので、放っておいても問題は無いだろう。
「……いくら公爵家所有のプライベートビーチで、人目が無いとはいえ」
皆やりたい放題である。
供回りの者に飲み物を運ばせて、ビーチチェアで寛いでいたサージェスが、一番正しく海を楽しんでいたと思う。
そして暫くすると、リーゼロッテとハルが二人で遠泳訓練を始めた。ラルフは警備の仕事に戻ったため、二人きりである。
護衛対象がお供も連れずに沖合へ進んでいくのを見た騎士たちは、慌てて鎧を放り捨て、続々と海にダイブしていった。
……集まっている女性のレベルが相当高いというのに、何故遊ぶ暇もなく、むくつけき男どもの筋肉祭りを眺めることになったのだろう。本当に、何故だ。
こんなことなら王宮のメイドさんたちも連れてきてほしかったのだが、陛下は彼女たちに夏季休暇を下したらしい。
たまの休みが無くては士気が上がらんと言っていたが、そのせいで俺の士気が下がっているのだ。
しかし。
「アラン様。かき氷をいただけますか?」
「ああ、少し待っていてくれ」
最近少し打ち解けてきたエミリーから、かき氷をリクエストされた。
できれば様も無くすかさん付けにしてほしいのだが、今は一応他家の当主なので、当分これは外せないらしい。
非常に残念だが、かき氷は俺にしか作れないので、急いで作業に入る。
氷魔法で生成した氷塊を風魔法でガリガリと削り、最後にシロップをかけて出来上がりだ。
それをエミリーに手渡したところ、彼女はカップを俺に向けて突き返し、匙を俺の口元に運んだ。
「はい、あーん」
俺は恋人から、あーん。されるという、人生初の体験をしたのだ。
士気が限界知らずの急上昇をしたことは言うまでもなく、俺は速攻でオーダーを片付けていった。
そう言えばエミリーは一人のようだが、メリルはどうしたのだろう。
そう思い姿を探すと――
――彼女は沖合で溺れていた。
「うおおおお!? 何やってんだお前ぇぇえええ!」
どうやらメリルがリーゼロッテたちを追いかけていくも、途中で力尽きて水没したようだ。
……ヒロインが海難事故で亡くなるなど、冗談ではない。俺は即座にレスキューへ向かった。
そして、何とかメリルを抱えて戻ってきたものの。人工呼吸を誰がするかと言う話になり、救助してきたアランがやれよという視線に晒された。
周囲の視線に面食らうが、いくらなんでも婚約者の前で年頃の女子に人工呼吸などできるか。と、思ってエミリーの方に振り返ったのだが。
返ってきた反応は、予想と全く違った。
「アラン様! メリルおね……メリルさんをお願いします!」
「はっはっは、よい。ガッといけ、ガッと」
「はぁ!?」
何故かエミリーが後押しに回り、陛下が囃し立てるという謎の状況に置かれたのだ。
救助行為だからキスではない。ノーカウントだとは思うが、婚約者と国王陛下からこんな攻撃を受けるとは夢にも思わなかった。
きっとこの時の俺は、目をまん丸にして驚いていただろう。
陛下が楽しんでいるのだから、周囲にいる護衛たちも、救護班も当然動かない。
公爵夫妻はメリルとひと悶着あったものの、この状況に興味深々である。まるで息子が彼女を家に連れてきたときのような顔をしていた。
リーゼロッテとハルは沖合におり、未だガウル他数十名が後を追っている。彼らを呼び戻すのも無理だ。
そして、他の攻略対象と言えば。
「こ、これはまさか、魔道回路に応用が……そうか、貝に含まれる成分が!」
「小物に興味はない」
研究モードのクリスは少し遠くで貝殻を天に捧げており、極度の女嫌いかつメリルへの好感度が皆無なサージェスは、ビーチチェアから一歩も動かなかった。
となれば、後は一人しかいない。
「ラルフ! 出番だ!」
「え、お、俺!? どうして俺がそいつとキ……いや、人工呼吸なんてしなきゃいけないんだよ!」
「騎士を目指すお前が、窮地の女性を見捨てるっていうのか! お前の騎士道はそんなものか!」
「なっ……なんだと!? どけ、アラン。俺がやってやる!」
騎士道を引き合いに出せば非常にチョロいラルフを生贄に捧げることで、俺は難を回避した。
お陰様で陛下の興味はラルフに移ったが、エミリーは口を尖らせて拗ねていた。
「むう、そんなことなら……私が……」
何故エミリーが拗ねるのだろう? ……まあ、可愛いからいいか。
ラルフたっての願いにより、人工呼吸を誰がやったのかは伏せたまま、メリルは救護班に運ばれていった。
最後に事件があったものの、いい思い出であることは間違いないだろう。
後日、クリスが開発したインスタントカメラにより、当日の様子が撮影されていたことを知った公爵夫妻は、大喜びで娘の写真とカメラをご購入された。
元はと言えば、クリスの研究資金はアルバート様が「使い道はアランに任せる」と言って俺に放り投げた金である。
アランが投資した事業は大変素晴らしいものだとベタ褒めの上で、今年度も人事考課は最高評価だと伝えられた。
気が早いことだ。まだ秋にもなっていないというのに。
全員が集まったのは海水浴が最後だったが、その後も何度か主要人物と顔を合わせた。
リーゼロッテ発案のバーベキューも楽しかったし、エミリーも何度かデートに誘えた。野郎どもとだって、何度か遊びに出かけた。
唯一顔を合わせなかったのはサージェスだが、その分彼からは結構な頻度で手紙がきた。
一通目が届いたときは心臓が止まると思ったが、中身は近況を知らせるくらいのものである。こちらも当たり障りのない範囲で返書をしたためた。
何度かやり取りするうちに普通の文通仲間となったが……彼には友達がいないのだろうか?
派閥間の問題はあるが、今度会ったら少しは優しくしてやろうかと思う。
日常的な訓練も相変わらずで、日を空けずリーゼロッテ、ハル、ラルフと共に訓練し。ようやく剣でガウルから一本取れた。
そして、その後大人げなく本気を出したガウルから、ボコボコにされたりもした。
夏休み明けにあるアランのイベントに向けた準備も順調だったし、学業がない分クリスとの研究開発も捗った。
振り返ってみれば色々あった夏だった。
今年の夏は充実していた――のだが。浮かれてばかりもいられない。
気分を新たに、俺は初心に帰ることにした。
「アラン、久しぶりじゃねえか」
「ご無沙汰しています、親分」
そんな夏の思い出を胸に、俺は一度ホームタウンに戻っていた。
すなわち、王都の汚い部分だけを寄せ集めて作られた、スラム街である。
……数日前までの、綺麗な夏の思い出と比べれば落差が酷い。
華やかで楽しい学生の日常から一転。
阿鼻叫喚が渦巻く薄汚れた貧民街で、俺の交渉が始まろうとしていた。
人数が多すぎて言及できなかった、みんなの服装一覧がこちら。
リーゼロッテ:黄色や黄緑など、明るめの色が数色でデザインされたセパレート水着。フリル付き
メリル:黒いチューブトップとパレオに、白いビキニ(エールハルト特効水着)
エミリー:群青色をしたワンピースタイプの水着
キャロライン:白いロングドレスに麦わら帽子
メイブル:花柄の上下一体型水着。へその周辺が菱形に開いている
アラン:灰色のトレーニングウェア上下
ハル:黒い海パンに白いパーカー
ラルフ:真っ赤な海パン。半裸
クリス:青い七分丈のズボン、白シャツ、マリンシューズ着用
サージェス:ハワイの民族衣装的な何か。グラサン着用
アルバート:ベージュのチノパンにアクセント付きのワイシャツ
陛下:ふんどし(赤)
ガウル:競泳用水着の上からラッシュガード着用
アルヴィン:白から水色、グラデーション柄のTシャツに紺色のハーフパンツ
エドワード;執事服
ケリー:橙色のトレーニングウェア(支給品)
ジョンソン:灰色のタンクトップに水色の短パン(焼き物係の正装)
護衛たち(百数十名);王国騎士団制式採用武具一式
護衛たち(海にダイブしていった人たち);思い思いの下着
女性の比率が2%ほどで、絵面は非常にムサいです(主に護衛200名のせい)
少年漫画ならクレームもの。一体誰にとってのサービスだったのでしょう。
まあそれは置いておき次回、新キャラ登場予定です。お楽しみに。




