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第六十一話 悪役令嬢の取り巻き



 時期は夏。時間は午後の授業が始まる前。つまりは昼休みだ。

 魔法研究棟の裏にある旧校舎、その一角にて。俺はバケツを持ってスタンバイしていた。



「準備はいいかー?」

「いつでもいいわよー」

「よし、行くぞ。どらぁ!」



 俺は女子トイレの中に侵入し、個室の中にいる人物に向けて、バケツで水をぶっかけた。

 …………これは酷い。字面だけを見ると、相当に気が触れている行動だ。



「うわっ、何!?」



 突然水を掛けられたからか、個室からは焦ったような声が聞こえてきた。

 誰あろう、メリルの声である。



「くすくす、いい気味」

「早く行きましょう」

「あーあー、可哀そうに」



 俺は(・・)小馬鹿にしたようにそう言って、一旦女子トイレを出る。

 そして扉が閉まった瞬間、勢いよく女子トイレに飛び込んだ。



「メリルちゃん、だ、大丈夫!?」

「う、うん、平気……」

「一体誰がこんなことを……とにかく着替えないと!」



 俺は(・・)そう言って、メリルの手を引っ張ってトイレを出て――手を離した。



「よし、イベント終わり」

「ねぇ、アラン」

「これで嫌がらせイベントは消化されたから、次は教科書をずたずたにして……」

「あの、アラン?」

「…………何も言うな。今は正気に戻りたくないんだ」



 俺はまずバケツで水をバラ撒いた後、典型的ないじめっ子のセリフ、三人分(・・・)を口にして逃げた。

 その直後に何食わぬ顔でトイレにUターンして、被害者を全力で気遣ったのだ。


 唐突にこんな場面を見せつけられたら、度肝を抜かれることだろう。

 ……知り合いにこんな場面を見られたら、俺はメンタルが崩壊し、本当に気が触れてしまうかもしれない。

 絶対にバレたくないから時間帯は昼休みの後半を選んだし、わざわざ人気のない、旧校舎のトイレを選ぶという念の入れようだ。



「あのさ、他にやりようは無かったの?」

「……ねぇよ。仕方ないだろ。リーゼロッテに取り巻きがいないんだから」



 悪役令嬢の取り巻きがメリルを攻撃するというのは、確実に起こるイベントなのだが。残念なことに、夏に入ってもリーゼロッテには、取り巻きなどできなかった。

 イベント発生時期になっても一向に手下ができる気配が無かったので、俺は一計を案じたのだ。


 すなわち。俺自身が、悪役令嬢の取り巻きになることだ。

 公爵家に仕える身なので、悪役令嬢の手下というのも嘘ではない。


 取り巻きの性別(・・)になど触れられてはいないから、男の俺が取り巻いても「原作」からは乖離しないのだが。

 しかし、取り巻きのセリフは決まっている。これは下手に曲げられないし、「原作」でもしっかり女性の声が入っていた。

 だから俺はクライン公爵家の使用人が教わる奥義、声帯模写を使って女声を出しながら、一人三役をこなしたわけだ。



「にしたって、もっとやりようあるでしょうに……」

「……あるなら教えてくれよ。他に手があるのか? メリルにも友達がいないのに」

「うぐっ……」



 入学式で巻き起こした事件が尾を引いており、メリルの友達になってくれるようなモブキャラ……違う、クラスメイトはいなかった。


 王族と公爵家が手打ちにし、名門貴族のご令嬢と親しく付き合っているというのだから、予定外のイジメは起きなかった。それは良しとしよう。

 だが。話がついたとして、敢えて近づいてくるような生徒もいなかったのだ。


 クラスメイトから遠巻きにされた結果、今やメリルに話しかけるのは俺かエミリー、たまにクリスくらいのものとなっていた。

 水を浴びせられたメリルを保健室に連れて行こうとする「友人A」など、目の前のヒロインさんには作れなかったのだ。

 だから、俺がモブキャラとして登場し、メリルを保健室に連れて行こうとした。


 しかしここで第二関門だ。メリルを助けるのは、「女子生徒」という表記で現れるモブキャラである。

 リーゼロッテの取り巻きを演じるだけならば、女声を出せばそれで良かったが。ここは如何ともし難い。

 「原作」で女子(・・)生徒ということが明記されてしまっているのだから、どうしようもなかったのだ。



 仕方がないから、俺は女装してこの関門をクリアした。



 ……クリアだ。クリアと言ったらクリアなんだ。

 ただ、俺が一人四役(しかも演じるのは全員女子生徒)をやることになり、女装して女子トイレに出たり入ったりしたというだけの話だ。

 元のビジュアルがいいからか、鏡に映っていた俺が扮する女子生徒、通称アラコは中々可愛らしい顔をしていた。これはどこからどう見ても女の子だろう。


 ヒロインの友達も悪役令嬢の取り巻きも、全員女装している男か……と考えて暗澹(あんたん)たる気分になったが。まあ、深く考えるのはよそう。

 俺が頭を振って考えを振り払っていると、メリルは俺が貸した傘を差し出してきた。



「はい、返すわ」

「おう」



 メリルはトイレの中で傘をさしていたのだ。

 それに、バケツに入れた水はほんの少しだったので、衣服が濡れた様子はない。


 これは、水の量が指定されていないこと。

 そして、この場面でのヒロインのセリフが「うわっ、何!?」だけで、詳細な状況説明が無かったこと。

 以上の条件から、少量の水を傘でガードという戦法を取った。


 更に言えば、メリルのクラスは次の授業が体育だ。

 メリルの制服が濡れていたとして、体育の時間が終わる頃には乾いていただろう。



 表面上起きた出来事が「原作」通りではあるのだが、一連の流れは全て不自然だ。そんなことは分かっている。

 だがそれでも、やるべきことはやらなくてはならない。……頭がおかしい行為だと知りつつも、やらざるを得ない。


 そんな日ごろのストレスで、俺の胃はもうボロボロだろう。しかし、今はまだ倒れるわけにはいかないのだ。

 まだアランの共通ルートイベントが残っていれば、サブイベントでも仮装して登場するシーンなどがある。


 それに、メリルの冒険パートもある。

 クリス以外は冒険に誘えない状態であるし、くっ付けたい候補筆頭である、肝心のクリスも忙しくしている。

 寝る間も惜しんで働いている彼を冒険に引っ張り出せば、無用な事故を招きかねないのだ。


 そのため俺が攻略対象(・・・・)のアラン(・・・・)として、彼女の冒険に着いて行くしかないという結論になった。

 戦う前から疲労困憊だろうが、既に倒れそうだろうが、俺が戦うしかないのだから仕方がない。やるしかないのだ。


 そして冒険パートという単語で、俺はまた一つ仕事を思い出す。



「そうだよ、早く魔道具作らなきゃ……」

「ああ、そう言えば私、装備なんて持ってないね」



 クリスが便利な魔道具……家電を作るのに忙しいので、ヒロインが冒険で装備する魔道具など、クリスは作成していない。研究開発に割ける時間も無いだろう。


 命じればやってくれそうだが、こちらの事情で負担を強いるのも気が引ける。

 だから、本来クリスが作るはずのアイテムを俺が代わりに作り、クリスの学内ショップで発売する予定になっている。

 これは既にクリスの了承を得ているので、後は俺が装備品を作るだけなのだ。


 クリスは何故学校内で店を開くのか、どうして売れ筋のアイテムを陳列しないのかを疑問に思ったようだが……自問自答の末に解決したらしく、すぐに盲目的な答えが返ってきた。



『アラン様には先見の明がございます。これもきっと、何か深いお考えがあってのこと……そうですよね、アラン様!』

『はは、うんまあ、そうね……あはは』



 彼の将来が多少心配になったが、店さえ用意してくれれば「原作」通りだ。並んでいる商品を誰が作ろうが同じ事である。

 それでもショップの店員を任せることになり、負担を増やしてしまったことは申し訳なく思っているのだが。俺がそれ以上の負担を背負っているのだから、大目に見てほしいところだ。



「まあ、冒険に行く前には揃えておくから安心しろ。お小遣いで買える金額にはしといてやる」

「セールイベントなんてアラン次第なんだから、私が行ったら安くしてよね」

「分かったよ、しゃあねえな……」

「それじゃあねー」



 そう言ってメリルと別れた俺は、近くにある空き教室で運動着に着替えようとしたのだ、が。


 その教室内には、あろうことか先客がいた。



「あ」

「え?」



 今は使われていない旧校舎の空き教室だと言うのに、扉を開ければラルフがいたのだ。

 手にはシャツが握られており、机の上には運動着が置いてある。どうやらここで着替えようとしていたらしい。


 そして俺は、女装中だ。

 手には男物の制服を持っているが、まだ女子生徒の制服を、バッチリ着こなしている状態である。



「きゃぁああああ!!」

「うおっ!? え、あ、アラ――!?」



 俺はエミリーの悲鳴を参考にした声マネを披露しながら、世界新記録を叩き出せるのではないかという速度で廊下を走って逃げた。



 この後のことはよく覚えていない。

 余程記憶から消したい過去だったのだろう。



 覚えているのは、念のため持ち歩いていた緊急呼び出し用の通信魔道具を使って、クリスを召喚したこと。

 そして、魔法研究棟の方から空を飛んできて、旧校舎の窓ガラスを突き破るというダイナミックな登場をしたクリスに後を任せ、全てを何とかしてもらったことの二点のみだ。



 済まない、クリス。本当に済まない。





「ラルフ、君はアラン様が女装している姿を見たと言ったが、果たしてそれは本当にアラン様だったのだろうか!? もしかしたらアラン様によく似た女子生徒だったのかもしれないし、君が生み出した幻の女子生徒だったのかもしれないだろう!」

「い、いや、幻ってことは無いと思う、けど。確かに見たんだって!」

「百歩譲ってそれが仮に、万が一アラン様ご本人であったとしてもだ。アラン様が女装をされていたと言うのであればそこには女装をせざるを得ない……いや、女装をして然るべき理由があったはずだ! 我々には及びもつかない深い理由があったのだろうし、君の姿を見て走り去ったということは何か隠さなければならない事情があったということだ。まさか君はそれを根掘り葉掘り暴き立てたりはしないだろうな! (いやしく)も騎士を志す男がまさかそんな無粋な真似をするわけが)以下略



 クリスからアランに対する忠誠心と信仰心はマックスです。

 いあいあ、アラン(白目)



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[良い点] ダイナミックな登場 [一言] イケメンの無駄遣い。すこw
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