第六十話 お前、俺の物になれよ
リーゼロッテとハルは、今日も今日とてラブラブデートに出かけた。
あっちをふらふらこっちをふらふら。
隠れて着いてくる護衛のフォーメーションなど一顧だにしない奔放さで走り回っている。
凄腕の隠密が付いているというのに、ふと目を離せば見失うレベルの俊敏さだとかで、とうとう分隊規模……四十人ほどの警備が常時動員されることになったと聞いている。
要人警護の訓練などと称してラルフたち見習い騎士も総動員し、とにかく頭数を増やす方向で動いているらしい。
……うん、二人が楽しそうで何よりだ。
同級生からは「レインメーカー子爵は執事なのに、何故同行しないのですか?」というご尤もな質問を受けた。だが、ハルが「二人きりで過ごしたいオーラ」全開なのだから、邪魔するのも悪いだろう。
何度か「水入らずで過ごさせてあげたい」と繰り返しているうちに、俺が単独行動……もとい、メリルと行動を共にすることに疑問を呈する者はいなくなった。
「それで、今日は何をしようか?」
「何ってそりゃあ……共通ルートを進めるに決まってるだろ」
今日も今日とて、共通ルートを進めるために行動をしているのだが、メリルのやる気はあまり無さそうだ。
「順番から行くと、次は第二王子かぁ……ルートに入ったらゴリゴリに甘やかしてくれるのはいいんだけど、俺様キャラってちょっと苦手なのよね……」
「ほらそこ、キャラとか言わない。つべこべ言ってねえで、さっさと礼拝堂に向かうぞ。すぐそこなんだから、そんな手間でもないだろ?」
ぶーたれているが、仕方ないと割り切ってほしい。
攻略する気がないにしても、顔合わせくらいは済ませておかないといけないのだから。
「あーはいはい。第二王子が礼拝堂で意味深に佇んでいるところに、ビンタをかませばいいんでしょ? 余裕余裕」
「速攻で好感度を下げに行くなよ!? 意外といい奴かもしれないって言っているだろ!」
「余計な爆弾背負いたくないし、本命はエールハルト。次点でパトリックだけど、まだ入学すらしてないし。クリスは……保留で」
「とうとうラルフが選択肢にすら挙がらなくなったか……」
まあ、ラルフはフェミニズムの欠片もない、究極の男女平等主義者だ。
出会い頭にジャーマンスープレックスを食らわせるような男は、恋愛対象にはならないかと諦めることにした。
――出会い頭にビンタと言えば、俺もメリルから呼び出しを受けてすぐにビンタをされたのだが。あれはどういうことなのだろうか。
「なあメリル」
「何よアラン」
「恋愛対象じゃない奴に問答無用でビンタを食らわせるってことはだ」
「アラン? ああ、原作からして全く興味ないから。やっぱり爆弾処理は早めに限るよねー。成人した後も中二病を引きずってる痛い奴って感じだし、お付き合いを検討する余地すらないわ」
酷い言われようである。
屋敷の人間は俺の破天荒ぶりを間近で見ているからか、高い顔面偏差値の割りに、女性の使用人からアプローチをいただいたことはない。
だが、流石に「お付き合いを検討する余地がない」とまで言われたのは、人生で初めてのことだ。
「本人を目の前にして、そこまで言うか」
「何よ。この間「俺はその程度の人間だ……きりっ」とか言っていたじゃない。器の小ささを自分で認めたじゃない」
「言葉に悪意を感じるぞオイ」
あんまり俺のことを舐めてっと、俺もラルフ流男女平等スープレックス決めちゃうぞコラ。
メリルにガンを飛ばしてみるが……このやり取りは不毛だ。俺は大人になり、気持ちを切り替える。
「……まあいい。サージェスのトラウマやら地雷やらに触れると厄介だ。原作知識を使って上手く回避しろよ」
この点についての原作知識は有効だろうから、上手いこと宥めすかしてほしいものだ。
と、俺は至極真面目に言っているのだが、メリルは渋い顔をしていた。
「……原作の知識には頼らないんじゃなかった?」
「原作の知識に頼らないとは言ったが、使わないとは言っていない。使えるもんは全部使え! 使えるものを有効に使わねえのは怠慢だ!」
「何よそれ……」
「原作」の知識に頼れば足元を掬われるが、情報としては大いに役立つものが多い。
参考の一助にはするべきだし、全くアテにしないのも非効率だ。いいように利用していくのが正解だと、俺は思っている。
「……騒がしいな」
俺とメリルが目的地の礼拝堂に到着したところ、速攻で彼が現れた。
まだイベントが起きるであろう礼拝堂の中にすら入っておらず、本当に敷地内に立ち入った時点での邂逅だ。
あまりにも早い登場に俺が物陰へ隠れる時間すらなく、少し面喰ってしまう。
声の主は予想通り【サージェス・フォン・エル・レオリア・アイゼンクラッド】だ。
長い黒髪で黒目、ハルの兄弟なのか疑いたくなるほど眼光が鋭く、高身長で威圧的なイケメンだ。ルートに入るとゴリッゴリのドロッドロに甘やかしてくれる可能性もあるとかで、原作での人気は高いとか。
……できればさっさと裏方に回って、こいつの対応はメリルに任せたいところだったのだが。先手を打たれてしまったようだ。
「あ、こんにちは。お祈りですか?」
「誰かと思えば、レインメーカー子爵か」
メリルは「原作」通りに言葉を投げかけたのだが、サージェスはごく自然にこれをスルー。
それはそうだ。彼は極度の女嫌いなのだから。
色々な紆余曲折の末にトラウマを克服して、ヒロインといい感じになるはずだが。「ネットの評判を当てにして甘い展開を期待していたら、攻略中に心が折れるわね!」とはリーゼロッテの言葉だ。
リーゼロッテ自身は格闘技の試合中継の合間に片手間で攻略したから、いくら冷たく扱われようが、全く感情移入していなかったためノーダメージだったとか。
むしろ、試合の方に夢中で展開をよく覚えていないとか。
……白熱した試合を見て熱くなり、全力で身体を鍛えようとしてナースコールとやらを連打する羽目になったとか。
相変わらず散々なお嬢様のことは、一旦置いておこう。
彼は、余程興味を持った相手でなければ、女性をいない者として扱うことすらある。
めげずに何度も話かければ徐々に態度は軟化するはずなのだが。初対面ではこんなものだろうか。
「うへぇ……」
予想通りの塩対応に、メリルは唇を尖らせて「うへぇ……」などと言っている。
――いやいや、ダメだろ。
ヒロインが攻略対象者に向かって「うへぇ……」とか言っちゃ、ダメだろ。
転生者というのは、本当にこんな奴らばかりなのか?
俺が呆れている間にも、サージェスは礼拝堂の入口辺りから、俺たちの方に向けて歩いて来ている。
「話は聞いているぞ。色々とな」
「光栄でございます」
王宮では王族派、貴族派、庶民派などの様々な派閥があり、利害関係によって敵味方が入れ替わる伏魔殿となっているのだが。
目下一番大きな派閥争いが、第一王子エールハルトと、第二王子サージェス。そのどちらを次期国王にするのかというものだ。
「原作」通りにいけばハルが王太子となる方向で進むのだが。ハルよりも数か月後に生まれただけで、サージェスも有能な男だ。根強い後援者がいる。
「……俺は、実力のある人間が好きだ。平民……いや、流民の身から公爵家の執事となり、子爵まで上り詰めた男。今や第一王子派閥の中核に食い込みつつあり、莫大な利益を上げる事業も立ち上げた。そんなお前には興味がある」
つまり、まだまだ跡目争いの真っ最中なわけだが、俺はバリバリの第一王子派閥である。
彼とは敵対的な関係になるのだが、当の第二王子は不敵な笑みを浮かべていた。
「第二王子殿下に名を覚えていただけるとは、光栄です」
「お前のことを知らぬ奴など、王宮にはいないさ。口さが無い連中は影口も叩くだろうが、俺はお前のことを高く評価している」
リップサービスかと思ったのだが、サージェスは本気で言っているようだ。
笑みを崩さぬまま、真剣なまなざしで続ける。
「アラン。お前はエールハルトとリーゼロッテの元で、使用人をしているだけで満足か? お前の瞳には野心が見える」
「は、はは……左様でございますか」
今の俺は野心よりも保身を第一に考える堅実な人間だと思っているのだが、「原作」を鑑みればその通りである。
本質的には変わっていないように見えるのだろうか?
サージェスは俺たちの目の前に迫っても歩みを止めないので、必然的に俺が後ずさった。が、それでも彼は距離を詰めてきた。
「俺ならお前のことを正しく扱えるし、もっと大きな舞台に上げてやることもできる。悪いことは言わない。アラン・レインメーカー。俺に付け」
そう言ってサージェスは……俺を壁際に追い詰めた。
敷地の端にあった塀まで追い詰められた俺は、力強く壁ドンを受け、逃げ道を塞がれることになる。
……ヒロインであるメリルから人生初の壁ドンを受け、同月中に攻略対象からも壁ドンを受けるとは、どういうことなのだろう。
これではむしろ、俺がヒロインだ。
「しかし、私は公爵家の」
「何も言うな。全て俺に任せろ」
左手で退路を塞ぎ、右手で俺の顎を掬い上げる。
乙女ならば誰しもときめくシチュエーションなはずなのだが、俺には恐怖と戦慄しか感じない。
敵対派閥の首領から直々に追い詰められているのだから当たり前だ。
そしてサージェスは、俺が全く予想をしていない言葉を口にするのであった。
「アラン……お前、俺の物になれよ」
「え、いや、ちょ……!?」
それは俺のセリフ――!?
図らずも原作のアランが、権力目当てでヒロインを自分のものにしようとしたときに吐いたセリフである。
おいおいおいおい、そのセリフ、既に権力を持っている人間が言っちゃダメなやつじゃねーの!? と、俺は驚愕に目を見開く。
というか、メリルは何をしているのだろう。「原作」の流れから大きく外れているこの状況は、メリルにとっても美味しくないはずだ。
さっさと会話に食い込んでこい――と思い、彼女の方を見れば、そこには涎を垂らさんばかりに弛緩した表情で、両手を頬に当てて恍惚としている少女がいた。
「アランの中身はあんなんだけど、サージェスの中身も散々だけど……! 美少年二人の絡み、いい! 夢小説クラスタの私でもグッとくる!」
メリルは何言っているんだあんちきしょう! と、役に立たない相方に向け、心の中で毒を吐く。
全く切り返しが思いつかず、俺がわたわたしていると、サージェスは俺の顎から手を放した。
そのまま俺たちに背を向けたかと思えば、彼は颯爽と身を翻して歩き始める。
「『俺は有能な奴と、興味がある奴には優しいんだ』……まあ、今日は顔合わせにするが。その気になったらいつでも来い」
俺は助かった安堵で胸を撫で下ろす。そして、最後の最後に「原作」通りのセリフを言ってくれたのだが、メリルとは一言も会話していない。これは出会い成立なのだろうか?
……いや、出会ったことにしなければいけない。「原作」でサージェスと遭遇するのは、主に中庭か図書館だ。
礼拝堂で会うのはこれ一回きりのはずなので、出会い直しをすれば展開が変わる可能性もある。このまま進めるしかない。
……そもそもの話、何だって礼拝堂なんかにいたんだろうな? と俺は首を傾げるのだが、まあ、考えても分からないことだ。
俺はすぐに思考を切り替えてメリルの方を見る。
「まあいい、これで一応サージェスとの出会いは終わったわけだが……印象は?」
「いけ好かないボンボン。美少年同士の絡みはグッときたけど、単品だと微妙」
「オーケー上等だ。何はともあれ、共通ルートは順調に進んでいるな」
この場で他にやることもないので、俺はメリルと解散して下校することにした。
しかし参ったなと、俺は帰路で頭を掻く。
あまり期待していなかったとはいえ、サージェスはやはり候補に挙がらなかった。
こうなれば必然的にハルとクリスの二択になってしまうのだが、目下クリスはイベント進行が不可能な状態である。
ハルを諦めたところでバッドendを迎えるというのなら、メリルは大人しく諦めないだろう。
だがハルはハルで、校内では守護神のラルフによる鉄壁の守りが敷かれているし、放課後はリーゼロッテとデート三昧だから全く隙がない。
このままではどの道、メリルはバッドendを迎えることになる。
まあそれならそれで、クリスとお見合いの席を設けるという当初の作戦通りに行けそうなのだが。
何だかなと、思い悩むことになった。
……大丈夫だ、俺。来年入学してくる【後輩】を信じろ。
と、何の慰めにもならない願望を胸に抱いて。俺は夕暮れの王都を歩いて行った。
タイトルからアランの話だと思いました? 残念、第二王子でした(デェーン)
来年入学してくるはずの後輩ですが、出番は意外と近いです。




