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第五十六話 魔王、再び




「で、これはどういうことかね。レインメーカー子爵」



 メリルとの話し合いから一週間が経った。

 そして今日、俺はメリルを伴って、エミリー・フォン・ワイズマンの家――王都の一等地に建つ、ワイズマン伯爵家の邸宅――を訪ねた。


 エミリーの実家ということは、当然居る。例のおっかないお義父さんが。

 一応は子爵家当主である俺と、子爵家の令嬢であるメリルが訪ねてきたのだから、伯爵家サイドも当主が対応することにしたようだ。


 老執事の案内で通された応接室は、名門伯爵家の顔に相応しいものであった。

 真っ赤でふかふかな、裁縫のしっかりしたソファに、高級そうな材質をした茶褐色のローテーブル。

 舶来品のティーカップと、香りだけで違いが分かる、高級そうな茶葉。

 壁にかかっている風景画とて、オークションにかければ金貨百枚はくだらないだろう。

 それらの高級感と、待ち構えていた伯爵本人が持つ威厳。

 全ての要素をひっくるめて、言いようもない威圧感(・・・)を醸し出していた。


 俺とエミリーのアレコレ、メリルとハル、リーゼロッテとのなんやかんやは、全てワイズマン伯爵の知るところである。

 アポなしで訪問したこともあってか、応接室のソファーにドッカリと腰を降ろした伯爵の背後には、「ゴゴゴゴゴゴ」という効果音が幻視できるほどの威圧感が漂っており。



「そいつが魔王だ!」



 と誰かが叫べば、思わず信じてしまいそうなほどの貫禄である。


 しかし、今日に限ってはこの魔王様すら前座で、あくまで第一関門だ。

 俺たちが訪ねたのは、エミリーに会うのが目的なのだから。



「エミリー様に、いくつかお話がございます」

「そうだな。用もなく訪ねてくる訳はあるまい。何は無くとも婚約者へのご機嫌伺いに来たというのであれば、洒落たプレゼントの一つも用意するところだろうからな」

「い、いえ。あの、プレゼントは……」

「……あるのか?」



 一応、用意はした。

 だが、伯爵家のご令嬢に高価なプレゼントを渡せるほど、俺の財布に余裕はない。

 クリスの魔道具が売れた後でならいくらでも買ってくるのだが、生憎と今は持ち合わせがないのだ。


 それでも、貯金をはたけばそれなりの物は買える。

 宝石などは無理だが。値段ではなくセンスで何とかしようと、昨日の俺はメリルを伴って雑貨屋へ出かけた。


 手ぶらで訪問はマズかろうと思い、俺なりに年頃のご令嬢が喜びそうな贈り物を考えたのだが。

 俺が選んだ品をメリルに見せれば、その悉くにダメ出しを食らった。


 やれダサい。

 やれセンスがない。

 やれ重い。

 やれ品が無い。


 選ぶ品の全てに明確な理由と罵倒付きでダメ出しを食らったのだから、最後には己のチョイスに全く自信が持てなくなった有様である。

 半ば自棄になって「手作りなら気持ちは伝わるだろう、ええ!?」と、帰ってから手作りしたアイテムが俺のポケットに入っているのだが。そんな自棄のテンションは既に切れていた。

 今は、本当にこんなものを渡して大丈夫なのかと不安に思っている。


 それでも、この流れで出さないわけにはいかない。

 俺は中身が見えるように四隅をラッピングしたそれを、テーブルの上にそっと置いた。



「あの、粗末ではございますが、このようなものをご用意しました」

「……何だ、それは」

「押し花で作った、栞です」



 …………。



 応接室に、重く、気まずい沈黙が流れる。

 メリルとの間に流れた沈黙など比較にならないくらいヘヴィだ。



 いや、押し花って。何を考えていたんだ昨晩の俺。

 隣に座っているメリルも、俺が作成したプレゼントを見て、一瞬ギョっとした顔をしていた。


 作っている最中はお洒落だと思っていたのだが……十八歳の成人男性が、十五歳の婚約者に渡す初めてのプレゼントが、手作りの押し花というのはどうなのだろう。

 魔法を駆使して無駄にクオリティの高い押し花はできたが、それでも押し花は押し花だ。

 それも、公爵家の庭に生えていたものを加工して、公爵家の物品庫から引っ張り出した紙でラッピングしているので、原価はタダ。

 

 貴族のご令嬢に、ましてや婚約者に渡すプレゼントとしては不適格ではないだろうかと、今更不安になる。



「……ときに、レインメーカー子爵」

「……はい」

「詩は、嗜むかね」

「人並み程度には」



 公爵家でしっかりとした教育を受けたから教養程度には知っているし、乙女ゲームの余韻が残っていた頃はそれなりにハマったものだが。

 ……何故このタイミングで、詩の話題が出てくるのだろう?



「東方には変わった詩があるそうだ」

「短歌、俳句と呼ばれるものでしょうか?」

「そうだ」



 多少リリックのルールが違うということくらいしか知らないが、名前程度は知っている。

 だが、この状況と何の関係があるのだろうか。

 花を使って一句詠めと? それとも、可憐な花を見て風流な気分になっただけなのか?


 押し花を見つめていた伯爵は視線を上げ、訝しむ俺の顔を見て、一言。



「辞世の句、というものをご存じかね?」



 と、問うた。


 辞世の句。間もなくこ(・・・・・)の世を去る(・・・・・)人が、言い残す言葉(・・・・・・)を、詩という形にしたものだ。



 …………あっ、これヤバいやつだ。と、俺は本能的に察する。

 本能や直感など関係なしに、字面からしてもうマズい。


 娘さんへの取次をお願いするだけならさしたる問題もなかろうと、気軽に第一関門扱いした結果がこれである。




 さあ、ここでお馴染みのシミュレーションだ。

 辞世の句を知っているかという問いに対して、知っていた場合と知らなかった場合、それぞれでどのようなリアクションがあるだろうか。



『存じております。人生の最期に詠む一句でしたか』

『詠むがいい。辞世の句を。そして死ねい!』

『へぷぽっ』



 知っているアピールをした場合はこう。



『ははは、知らないですね』

『ならば神に祈れ。そして死ねい!』

『うわらば!』



 知らないアピールした場合はこう。

 何が逆鱗に触れたかなど分からないが、このプレゼントはそんなに怒りを買うものだったのか。

 婚約者の家を訪ねてから、僅か十分で辞世の句を勧められるとは。


 ……こうなれば仕方ない。是非もないというやつだ。


 読もう。辞世の句。



「かねて身の、かかるべしとも、思はずば、今の命の、惜しくもあるらむ」



 やっちまったことを思えば、死んでも仕方ないよね。という句だ。

 さあ、殺せ。殺すがいい。


 潔く散る覚悟を決めた、介錯待ちの武将といった気分で伯爵からの返答を待っていたのだが。何故か伯爵は、非常に呆れた様子で溜息を吐いていた。



「思いつめるな。詠めとは言っておらんぞ。……貴殿を相手に、婉曲的に言うのが間違いだったか。私が言っているのは、何故、菊の花を押し花にしたのかということだ」

「菊?」

「墓参りで供えるものだろう? 贈り物には似合わん花だと言いたかっただけだ。……遠回しに伝えようとしたのだが?」



 気づくかそんなもの。普通に死を覚悟したわ。ああもうこれだよ。お貴族様特有の遠回しな言い方文化!

 そろそろ日が傾いてきましたねえ(そろそろ帰れ)とか、もう一杯茶は如何ですかな(まさか飲むとは言わないよな。帰れ)とか。分かりづらいやつ。


 公爵邸の庭園に咲いていたものを、白くて綺麗だな。くらいの気持ちで選び摘んできたのだが、確かに菊は墓参りの時に持っていく花だったか。

 でも何だってそんな遠回しに言うかなと、俺は内心で逆切れしていたのだが。一旦冷静に考えてみよう。


 貴族は風流を愛するという点では間違いがなかったのだ。

 伯爵としては、押し花というチョイス自体には不満が無く、使われている花に不満があるということ。

 それならば、手の取りようはある。



「ワイズマン伯爵。庭園に、エミリー様がお好きな花はございますか?」

「エミリーはスミレの花が好きだったか……植えてはあるが、何か?」

「エミリー様とお会いする際に、一輪いただければ幸いです」

「ふむ……まあ好きにするといい」



 プレゼントを現地調達というのはどうかと思うが、これで何とかなるだろう。

 俺がほっとしたのも束の間、伯爵からは更なる指摘が飛んでくる。



「して。私が分からんのは、何故オネスティ子爵令嬢がこの場にいるのか、という点だが……これはどういうことかね。レインメーカー子爵」

「……ッ!」



 急に鋭い目線を送られたメリルがビクりとした。

 それはそうだ。こんなに鋭い眼光を不意打ちで向けられては、驚くのも無理はない。


 ……さて、事前に考えていた流れとは大分違う。ワイズマン伯爵に対し、どういう切り口で来訪の理由を説明したものかと逡巡する。





 西洋でも、お墓参りには菊を持っていくそうです。

 宗派によるそうですが、白い菊はわりとポピュラーなんだとか。


 それはさておき。次話、ワイズマン伯爵に対して、アランは切り札を使います。

 次回「俺が何の対策もなく、魔王城に乗り込んでくると思ったか!」お楽しみに。


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[一言] >「辞世の句、というものをご存じかね?」 意訳:ハイクを詠め。カイシャクしてやる。
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