第五十三話 明暗
「なあ……メリル」
「何よ……アラン」
研究を再開するというクリスを見送った後、俺たちはベンチに腰かけて項垂れていた。
「俺、攻略対象から、がっつり名前を呼ばれたよな」
「そうね」
「……物語に影響、あるよな」
「そうね」
「…………」
「…………」
イベント中に、攻略対象からガッツリ名前を呼ばれた。それどころか、クリスはヒロインであるメリルそっちのけで俺と話をしていたのだ。
これがセーフかアウトかと聞かれたら、間違いなくアウトな部類だと思う。
メリルとしても。クリスに脈ありの反応を示した直後に、イレギュラーという言葉すら生ぬるい大暴投を食らったのだ。
出会いイベントでまともに出会えなかった上に、忙しくてデートの誘いすら断られそうな雰囲気があるのだから、攻略開始前に振られたくらいの面持ちであった。
俺たちのテンションは限り無く低く、重い沈黙の帳が降りる。
……この重苦しい雰囲気に耐え切れず、俺は話題を変えることにした。
「メリル的に、クリスはアリなんだな?」
「そうね」
「……クリス、攻略してみる?」
「……クリスルートの入口、塞がれてたよね」
「……そうだな」
俺のせいでな。
……いや、違うんだ。
俺はハルとメリルがくっつくのを阻止したいだけで、別にメリルがラルフやクリスと付き合ったとして、何も思うところはない。
状況が状況だけに、むしろ応援してやりたい気持ちでいっぱいだ。
結果として、ハル、クリス、ラルフ……はちょっと事情が違うが。
これまでに出会ってきた登場人物全員が攻略不可能になってしまった。
クリスからのバイトが受けられなくなった今、金策すらハードモードになった。
これら全部、元を正せば、大体全部俺とリーゼロッテのせいだ。
……どうしてこうなった。
これでは物語を進めるどころではない。
俺が何も言えないでいると。ふと顔を上げて、メリルは言う。
「やっぱりエールハルトのルートしかない。そうよ。これは初志貫徹しなかったことへの罰だわ」
「まだ言うのか。そっちもルートの入口塞がれただろ? 初日であれだけやらかしたじゃん」
「大丈夫。誘惑には成功したから、結果としてはトントンなはず」
「腕組んだとき、鼻の下伸びてたもんなぁ……って、ヒロインが誘惑とか言うなよ」
「どーーーでもいいでしょ。「元」攻略対象のアランしか聞いていないんだから」
俺も色んな紐付きになってしまったので、元攻略対象と言われても仕方がない。
なんなら最高の婚約者を得て大金持ちになる未来が約束されたのだから、自暴自棄になって俺を自爆特攻攻略するのは絶対にやめてほしいのだが。
まあ、「原作」と比べて一番幸せになっているのが俺なら、一番不幸になっているのがメリルなのだからいたたまれない。
一体どこで明暗が分かれたというのだろう。
「あー、なんだ。まずさ、ラルフのことはどうすんだよ」
「あんな男、どうでもいいよ。暑苦しいし暴力振るうし」
「そうじゃなくてよ。ラルフが横で目を光らせているから、ハルに近づいたところでまた投げ技食らうのがオチだぞ」
「そう言えば……そうだった。あの男ならやる。私がエールハルトに近づいたら、何の躊躇も無く攻撃してくると思うわ」
「だろ?」
ラルフは学校到着時には校門で待機しているし、日中はずっとハルと行動を共にしている。
帰りも見送りに行くのだから、メリルが掻い潜れる隙はないと見ていいだろう。
ヒロインのチート能力だって万能ではない。何かしらのイベントが起きなければ、意味を為さないらしいのだ。
図らずも昼食デートのようなランダムイベントが、ラルフの手により発生前に阻止されている形になる。
俺たちにとっては守護神と呼べる存在だが、メリルにとっては地獄の門番的な扱いだろう。
「あのさ、アラン」
「なんだ、メリル」
「ラルフのこと、どうにかしてくれないかな?」
「できるわけないだろ。交渉材料がまるでない」
俺がラルフを引き剥がしてメリルを接近させてやる義理もないし。
そもそもラルフをハルから遠ざけるような理由など思いつかない。
「そうかな」
「そうだよ」
「そうよねぇ……」
「そうだなぁ……」
その後。暫く沈黙してみるも、特に何が変わることもなく。
無限に気まずい時間が流れた。
「なあ、そろそろ帰ろうぜ。日が暮れてきた」
「明日以降の方針を決めてからね」
「方針ねぇ。……共通ルートを進めて他の候補を見てみるくらいしかないだろ。順番的には、次は第二王子のサージェスか」
「第二王子は俺様系で興味ないし……ツンケンしてるから嫌なんだけど」
まだ会ってもいないのに嫌と言われる第二王子が、不憫でならない。
別に好きでもなく、告白してもいないのに振られていることが分かったら、不敬罪が発動するのではないだろうか。
「クリスだって実物の印象が全然違っただろうがよ。他の奴らだって、会ってみたら意外といい奴かもしれないだろ?」
「それはそうだけど……」
「全員ダメだったらクリスを説得するからいいだろ? クリスは何というか、俺に絶対の忠誠を誓いそうな雰囲気があったからな。最悪の場合はクリスとお見合いさせてやるからさぁ……」
俺が適当な美談でメリルをヨイショして、クリスが好むパラメータをちょちょいと上げていけば、それでミッションコンプリートだ。
恐らくイベントが進行不可能なため、クリスを攻略するのは難しいが。
例えバッドendを迎えたとしても、その後の幸せな未来は保証できる。
何なら今まで出てきた人物以外。それこそサージェスを攻略して、物語の体裁を整えてしまえばそれで用は足りる。
エンディング後に別れてクリスとお見合い結婚したとして、「原作」の範囲外なのだから許されるはずだ。
……自分でも外道なことを考えている自覚はあるが、それが一番ハッピーな選択だと思っている。
リーゼロッテとハルはラブラブのままゴールイン、俺はエミリーと裕福で幸せな結婚生活を送る。
メリルは優しくて有能なイケメンの旦那様をゲットして、特許によるアガリで左団扇の暮らしができる。
ここに何の問題があるというのか。
いや……俺がエミリーとの関係を修復できるかは、これからの対応次第なのだが。これは全員にとって損の無い、いい提案だと思う。
しかし当のメリルはと言えば、頭を抱えて落ち込んでいた。
何故だろう? 少なくとも落ち込むような要素は無いと思うが。と、首を傾げていれば、メリルは煩悩を振り払うかのように首を左右に振った。
「あーーー。嫌だ」
「そんなに嫌か?」
「何が嫌って、そんな安易な手段を取ろうとしている自分がいるのが嫌。それが悪くない選択だと思う自分がいるのも嫌」
「お前も結構情熱的だよな……努力のベクトルはどうあれ」
ここまで恋愛に対してアグレッシブになれる奴は、そうはいない。
言動と行動と、内心の計算高さというか……打算的な面を除けば。ある意味尊敬する。
「一言余計。何? 口説いてるの?」
「冗談キツイぜ。俺はこんなだし、メリルはそんなだろ? ここから恋愛感情が生まれたら、クロスの奴もさぞやびっくりするだろうよ」
「……それは見てみたいかも」
「……確かに」
クロスは神様のくせに、からかい甲斐があるからな。
……だがダメだ。エミリーとメリルでは俎上にすら乗らない。
今置かれている立場的にも、俺の異性の好み的にもだ。
「まあいい。メリル、真面目な話だけどよ。ハル以外を選ぶなら、俺もリーゼロッテも本気で協力するぞ? 必要なイベントじゃ敵対するだろうけど。可能な限り妨害はしないし、本気で嫌がらせだってしない」
メリルが押し黙っているので、俺は更に続ける。
「リーゼロッテの取り巻きから、トイレに入っている時に水をぶっかけられたりするなんて嫌だろ?」
「それは……嫌だけど」
そう言えば取り巻きも作らなければならないのだが、リーゼロッテはハルと二人でずっと遊びにいっており、未だに友達らしき人物の姿は見ない。
……まあ、その辺りはまた後で考えよう。
「誰かを攻略できなかったとしても……例えばバッドendになっても、公爵家の力で婚約者くらいにまでなら持っていけるんだ。クリス以外だっていいさ。悪役令嬢と全面戦争しなくて済んで、攻略が失敗したときの保険まで付いてくるんだ。何が不満なんだよ」
純粋に疑問だ。
ハルがいい奴なのは間違いないが、それ以外の攻略対象だって優良物件なのだから。
例えば、ハルが絡まない限りはラルフだって気のいい奴だし。
クリスから俺に対する態度は少し宗教染みたものを感じるが、それを抜きにすれば悪いところはない。
物語の中の登場人物たち。「原作」で魅力的な人物として扱われている男たちが、現実にそのまま生まれ落ちているような状況なのだ。
誰を選んだって良縁には違いないはずなのに。何故提案を飲まないのだろうか?
「それほどハルに思い入れがあるのか?」
「……私、ヒロインよりもエールハルトに感情移入してプレイしていたのよ」
「ええ……」
「引かないでよ。誰からも認めてもらえないところとか、愛してもらえないところとか……前世の私にそっくりだったんだから。……幸せにしてあげたいと思ったの」
「でもよ、今のハルは皆に認められて、色んな奴に愛されてるぞ? もういいじゃねぇか。お前はお前で幸せになれよ。提案を受けた方が得だってのは、分かるだろ?」
「原作」には出てこない人々だが、護衛騎士の面々や公爵邸の人間たちはおろか、王宮貴族でも彼を慕う者はいる。
メリルの前世と重なる、心を痛めて仮面王子になった青年はもういないのだ。
それなら、メリルだって変わってもいいと思うのだが。メリルは逡巡する素振りを見せてから、俯きながらに言う。
「…………そんなの、乙女ゲームじゃないでしょ」
後二話、今日中に投稿予定です。
次回は重い雰囲気になりますが、次々回ではアランが大爆発します。お楽しみに。




