第五十二話 お金の出どころ
「ああ、アラン様がいらっしゃると分かっていれば、もてなしの準備をしていましたのに。あの、本当に。何故このような場所へ?」
クール系男子はテンパっているが、実のところ俺の方がテンパっていると思う。
なんだこれ。
どうして攻略対象から俺への好感度が、こんな爆上がりを見せているというのか。
……好かれることをした覚えは一切ない。それどころか、重ねて言うが初対面だ。
メリルから送られてくる視線が怖すぎて変な汗をかいてきたが、まずは状況の確認だ。
情報の差が、命の明暗を分ける。
「あー、ごほん。く、クリストフくん、だったね?」
「はい。クリストフ・フォン・アーゼルシュミットと申します。名前を憶えていただけたとは、光栄です。私のことはクリスとお呼び下さい」
こちらに駆け寄ってきたクリスに、まずはジャブ。
クリストフくんだったね? と、多少目下の相手に使うような言葉でも、一切気を害したところはなさそうだ。
それどころか、光栄とまで言われる始末。
しかも、一人称が「俺」ではなく「私」になっている。
憧れの人や恩人に向ける類の、尊敬の念。それもかなり強めと見た。
そこまで恩を売った相手など、人生で数えるほどしかいないのだが……。
まあいい。今は話を合わせていこう。
「私こそ、お会いできて光栄です。……クリスは魔術研究棟で何を?」
「触媒を使用した魔術の研究を、次の段階に進めています」
「次の段階? 具体的には?」
「よくぞお聞きくださいました」
魔術のこととなると途端に饒舌になる、という設定に嘘はないらしい。
「魔法に適正がない人でも扱える、簡易な魔術を研究しています。俗に言う生活魔法を魔道具に落とし込み、日常生活の中で、誰でも疑似的に魔法を使用できるようにするという研究ですね。魔道具自体は試作品まで完成しており、現段階でもコストは従来の二十分の一……販売価格も概ね金貨十五枚以内に収まる見通しです。特に空調関係は、空気中から魔力を吸収するオートチャージ機構が安定すれば量産にこぎつけられるところまで来ています」
いきなり発言の量が増えて驚きはしたが、要するに高性能な魔道具を、格安で造る実験が上手くいった。という話のようだ。
「ま、まあ。それが実現できれば、民草の暮らし向きも良くなるでしょうね」
これは本心だ。本当にそんなことができるなら生活が劇的に変わる。
俺は魔法で代用できたが、大抵の人は魔法など使えない。
そのため庶民は井戸からの水汲みや煮炊きのための火起こしを行っており、それが結構な重労働になっている。
誰でも生活魔法を使えるような状態になれば日々の重労働から解放されるので、随分と生活が楽になるだろうし。
その先だってあるはずだ。
光の魔道具を作成できれば、馬鹿みたいに高価な、煙が臭くない蝋燭を買うことも無くなるだろう。
風と氷の複合魔道具が完成すれば、暑い夏でも快適に過ごせるだろう。
具体例として、公爵邸に導入されているエアコン一つで金貨三百枚以上する。
王都ですら市民の平均年収が金貨二百枚なのだから、月収の十八か月相当だ。
とても庶民が買える代物ではない。
だが、魔道具の売値が金貨十五枚なら、十分に購入を検討できる余地があるだろう。
「原作」でクリスが開発した魔道具は低コストかつ大量に製造ができるというので、終盤の彼は一躍大金持ちになるのだ。
……うん、早くね?
発明が成功するのは物語の中盤だし、量産して金持ちになるのは終盤。
エンディング直前の話だ。
何がどうなったら一年生の一学期開始時点で、既に発明が完了間近になっているというのか。
もう量産体制に入る寸前て。お前。
「そ、それはまた。随分と進歩しましたね」
「はい! それもこれも、全てはアラン様のお陰です。私も両親も妹も、アラン様がいらっしゃる東の公爵邸へは足を向けて寝られません。ほら、今も西に足を向けて寝ていました!」
確かに、西に足を向けて寝ていた、かな?
……誰がどっちの方角に足を向けて寝ていたかなんて、覚えてねえよ。
どうしてそこまで徹底しているのだろうか。
「あ、あの。アラン……さんは、クリスくんに何をしてあげたのかな?」
俺のドン引き具合を無視するかのように、メリルが話に割って入る。
ナイスだメリル。
ここまできたら、俺も超気になる。
「アラン様は、新技術の開発に大変理解があるお方なのです。新しい技法や新素材への投資を惜しまず、我々技術屋への資金援助を、公爵様に猛プッシュしてくださったのですよ」
「へぇー…………そうなんだ」
「あ、あはは」
だから止めろよ、メリル。
その「地獄の悪鬼が獲物を見つけた」みたいな目。俺にだってまるで覚えが無いのだから。
『ねえアラン。知識チートは止めろって言わなかったっけ?』
『いや、そんなことをした覚えがねえ』
と、俺たちはアイコンタクトで意思疎通を図る。
資金援助と言ったか? そんなことをした覚えはまるでない。
最近までただの使用人だった俺が使える資金なんて雀の涙程度だ。
アルバート様へ猛プッシュと言っても。
俺がそんな大量の金を扱ったことが、何かあっただろうか?
公爵様……公爵家、公爵邸。
公爵様が大きく資本を投じる。リーゼロッテ関連か?
リーゼロッテ関連で、俺が主導したもの。
技術屋への理解……技術屋と関わったこと。
クリスが開発したもの……魔道具……エアコン?
「あ」
と、俺は連想ゲームの末。心当たりに行きつく。
「あ、あの……もしかして、クリス。公爵邸の裏庭にロードヒーティングとか、公爵家の訓練場にエアコンを設置してくれたのって」
「はい、あれが製品第一号です。あの時点で持てる、全ての技術と知識を詰め込みました」
トレーニングルームの件かぁぁあああ!?
「ロードヒーティング? エアコン?」
「はい。アラン様は公爵様に、「まったく新機軸の技術を使った。最新鋭の建物を建てましょう」と提案されたのです」
実際に提案をしたのはアルバート様で、俺は折衝に当たっただけなのだが。
当時を思い出してか、感極まったような様子を見せながら、クリスは空を見上げて言う。
「自分でも数えきれないほど施工に失敗して、とてつもない金額を浪費させてしまったので。……もう、一族郎党が処罰を受ける覚悟をしていたのですが。アラン様は「新しい技術には失敗がつきものです、こんなものでしょう」と、公爵様に取りなしてくださったのです」
「ふぅん。それでアランさんに恩を感じているの?」
クリスは首を横に振ってからメリルの方を見て、更に続ける。
「まだあります。あれだけご迷惑をおかけしたというのに、完工後には職人たちを労い、予定に無かった特別ボーナスまで出してくださいました。他の職人たちも研究予算をかなりオーバーしたので、全員遠慮したのですが……」
ちら、と俺の方を見るが、その話は俺も覚えている。
公爵様から裏金と思しき資金を受け取ったときのことだ。
「「これは更なる新技術開発のための投資とお考え下さい。どのように使おうとも皆さんの自由ですし、後から返却を迫ることもありません。産業の振興は重要なことです」と宣言されたとき……さしもの私も、感涙を禁じえなかった……!」
「へぇええええ」
違う。あれは口止め料だ。
納期や仕様で滅茶苦茶言っていたから、悪評が立たないように賄賂をバラまいただけなんだ。
職人たちも裏を感じたのか一向に受け取ってくれないから……無理やり投資という形を取っただけなんだ!
そう言い訳したいが、今更できるわけもない。
ああ、違う。止めてくれメリル。
そんな親の仇を見るような目で俺を見ないでくれ。
クリスも。穢れを知らないような、キラキラした瞳でこっちを見ないでくれ。
左を見れば地獄の形相、右を見れば天国のようで、俺にとっては地獄の形相。
どうしよう、色々な意味で冷や汗が止まらない。
今すぐにエスケープしたい気持ちに駆られた俺だが。
クリスはなおも止まらない。
ノンストップである。
「そこまで技術を買っていただいたのですから、その資金で大いに研究を進めました。……製品化は目前です。最大の支援者にして筆頭株主のアラン様に、必ずや利益を齎して見せます……!」
「い、いや、あれはそんなつもりでは……ん? 筆頭株主?」
「はい。投資というからには、投資した事業から利益が出たら投資家に還元する。当たり前のことです」
つまりはお金をもらえるという話だろうか?
非常にマズい話が続いたこともあり。
俺にメリットがありそうな、その投資の話は唯一の救いに思える。
「その話、もう少し詳しく」
「投資の額に応じた株式を発行することになります。いただいた資金の額が額ですから……あの場に居たほとんどの業者で、アラン様が筆頭株主になっているはずです。投資家がアラン様お一人の事業ですので、純利益の二割ほどは収益が見込めると思います」
純利益というと、売上高から商品を売るまでにかかった金、製造コストやら税金やらを差っ引いた金額だ。
要するに、儲けが出た分の二割ということになる。
二割?
「ご安心ください。新開発した商品は、非常に安価に製造が可能です。製造からアフターサービスまで含めた諸々の金額を引いた利益は、金貨五枚ほどになるでしょう。整備費が安いのも魅力です。これはロードヒーティングの敷設を行っている際、魔力を均一に伝導する技術を開発したことから着想を――」
クリスが技術的なことを熱く語っている。
しかし、悪いが全く耳に入らない。
魔道具を一個作る毎に、金貨一枚が俺に入ってくる計算だ。
年間で一万個作れば金貨にして一万枚。
それだけで多少裕福な領地持ち子爵の収入を上回る。
売れるか? という問題はあるが、恐らく売れる。
「原作」の彼はこれで大金持ちになったのだから、商品が大ヒットすることは歴史が証明している。
一度製造ラインを作ってしまえば、数万個、数十万個単位で生産ができるはずだ。
王国全体で三千万の人がいて、王都だけでも人口が二百万人いる。
王都の住民の半分がこれを購入したとしたら、それだけで利益は金貨百万枚。
将来的に王国民全体の五割にまで普及したとしたら、金貨一千五百万枚……。
王都住民の平均年収が金貨二百枚と聞いた。
つまり人並みの暮らしをしていれば、軽く数万年は生きられる金額だろう。
いや。贅沢な暮らしをしても、孫の孫の代まで遊んで暮らせる。
「新商品の開発に成功すれば更なる収益も見込めますし……量産体制を整えた暁には国外への販売も視野に入れています。――全て私にお任せ下さい! お金の出どころであるアラン様へ、確実な利益をお約束します!」
天才魔術師が発明した高性能な製品を、従来品の95%オフで販売できるのだから、完全なダンピングだ。独占企業というレベルではない。
俺も商売に詳しくはないが……間違いなく天文学的な利益を生むはずだ。
しかもこれは空調、エアコンだけの話である。
今もつらつらと語っている、燃料不要コンロやら浄水生成機能付きの、自動補充型ウォーターサーバーなどが完成すれば更に収益が跳ね上がる。
「え、あの……あれ?」
どこか現実感がなく、いつの間にか冷や汗の種類が変わった。
手足に軽い震えと痺れがあり、頭がぼんやりとしてきたのだが。
宝くじの高額当選した人は、これと同じ気持ちなのだろうか。
どうやら俺は知らないところで、夢の不労所得生活を手に入れていたようだ。
貨幣価値として、金貨一枚3万円
→クリスが製品を一個発明する毎に、アランに4500億円が入ってくる計算です。
もう滅茶苦茶ですね。
さて、第一章でアランが金貨の入った箱をぶん投げた場所には、何社が集まっていたでしょうか?
それを確認するのは、もう少し後のお話になります。




