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第四十七話 この阿婆擦れが! ~ラルフ、怒りのジャーマン~




 物語が始まって、今日で二日目。

 登校日としては初日。


 何事もなく過ぎていくかと思った時間は、一人の男の叫びによって終わりを告げた。



「こんっっの阿婆擦れがぁあああああ!!」

「ふぎゅっ!?」

「ふぅー、いいかよく聞け! この俺がいる限り! 殿下には指一本触れさせんぞ!」

「きゅうぅ……」

「ラルフ……」



 オリエンテーションとかいう退屈な授業がひと段落し、ちょうど昼休みに入ったところだ。

 俺はリーゼロッテと共に、ハルと合流して学食へ行こうとした。


 ハルのクラスの入り口へ差し掛かると何やら叫び声が聞こえ、教室の中に入った瞬間目に飛び込んできたのは――





 ――ラルフがメリルに、ジャーマンスープレックスを決めているシーンだった。




 今起こったことをありのままに話そう。


 攻略対象が、ヒロインに投げ技。

 攻略対象が、ヒロインに向かってアバズレ発言。

 ヒロインが、二日連続でジャーマンを食らった。


 ラルフルートの消滅とか、アランルートの消滅なんてちゃちなもんじゃあ断じてない。

 乙女ゲーム崩壊(もっとおそろしいもの)の片鱗を味わった気がする。



 …………えっ、こわい。今この教室で、何が起きているの?



 言い知れぬ恐怖を感じつつ、状況を把握しようと思い周囲を見渡す。が、誰もが皆呆気に取られた顔をしており、状況を説明してくれそうな者は皆無だ。

 ハルを除くギャラリーは騒然、又はドン引きしており、相当マズい状況ということしか分からない。


 ハルはあまり動じておらず、額に手を当てて「あちゃー」という表情だ。

 最早お決まりのポーズとなりつつあるが、いつの間にかメンタルが最強レベルにまで育っていたらしい。


 この中で唯一落ち着いているのがハルだが、まさか王子の口からこの惨状を説明させるわけにもいかないだろう。

 十中八九、原因はメリルとハル絡みのことなのだから。


 となれば、当事者であるラルフから事情を聞くしかない。



「お嬢様。少々お待ちを」

「……そうね。ここに居るわ」



 差し当たり、一度リーゼロッテを廊下で待機させて、俺はこの事態の元凶になった男……ラルフの元に駆け寄る。



「ラルフ殿。これはいかなる仕儀でしょうか?」

「あぁん?」



 荒い息を吐いて興奮しているラルフがこちらに振り返ったのだが、ラルフは攻略対象(・・・・)がしてはいけない顔をしていた。


 具体的に言うと、気に入らない奴にガンをつけるチンピラの表情だ。

 !? というのだったか。リーゼロッテがマガジンマー〇と呼んでいたマークが浮かんでくるようである。


 ……何があったかは分からないが、相当気が立っている様子だ。


 教室の床に倒れ伏すメリル――今度はちゃんとした床なので、逆さの状態で固定され、下着の公開という惨劇は避けられた――を指してラルフは叫ぶ。



「この女は入学式の際に、殿下へ……盛大な粗相を働いたそうだな」

「左様でございますね」

「凝りもせずも「お昼デート」などと抜かしやがったから、俺が鉄槌を下したまでだ!」



 なるほど。昼休みに声をかけて、雑談しつつ一緒に昼食をとるイベントか。

 「原作」ではこれもランダムイベントだったが、現実ならば毎日でも誘うことが可能だ。


 好感度を上げにいこうとしたところで、ハルを守ろうとしたラルフから、全力の反撃を食らって撃沈という流れらしい。



 ……オネスティ子爵経由で、相当マズいことになったというのは伝わっているはずなのだが、メリルは止まらなかったようだ。

 王族と公爵家から注意を受けてなお前進するとは、中々気合の入った奴だ。


 舌の根も乾かぬうちにアプローチ再開とは見上げたガッツだが、昨日の今日でこれでは、多少乱暴に引きはがされても文句は言えない。


 これをやった人物が問題ではあるし、バイオレンス過ぎる気はするが。それでも、タイミングには大いに問題があるところだ。



 地面に叩きつけられたメリルは目を回して伸びているが、このままではラルフからトドメを刺されかねない。

 収拾をつけるためには、ひとまずラルフに落ち着いてもらわなければならないだろう。


 そう考えた俺は、一度ラルフをおだてることにした。



「なるほど。誓いを違わず、騎士として殿下をお守りいただいたこと。公爵家の者として感謝を申し上げます」

「へっ、よせやい」



 この男、騎士という存在に憧れを超えた何かを抱いているようで、「今の騎士っぽかったよね!」と褒めるだけで有頂天になる、ゴキゲンな男なのである。


 ……俺がラルフの好感度を稼いでも仕方がないのだが。


 これ以上混沌としては収集がつかないので、ひとまず彼好みの返答で機嫌を直してもらう。

 ラルフが照れたような表情を見せ、いくらか態度が軟化したのを確認してから、俺は掌で扉の方を示す。



「ここでは人目がございます。ラルフ殿は殿下とお嬢様を連れて、学食へご移動願えますでしょうか?」

「そうか、分かった……で、この女はどうする?」

「私が保健医の手配を致します。また、事の次第を教諭と学長にも報告しておきますので、後のことは私にお任せを」

「……悪いな。頼む」



 速攻でハルを攻略しに来た上に、将来的な布石まで打とうとしていたほどだ。

 メリルの中身が、まさか「原作」を知らない転生者ということはないだろうが。


 ラルフの好感度を稼いでおけば、後のイベントで有利になる展開もあったというのに。メリルは何をしているのだろう。


 相手がポンコツであるほど俺は助かるのだが、この状況には流石に目も当てられない。




 さて、いくら行動に問題があると言っても、子爵家の令嬢を床に転がしておくのはマズいだろう。


 気を失っているようなので、仕方なしに俺が保健室まで運ぶことにした。

 ベッドに寝かせた後は常駐の保険医に任せて、それから担任教師と学長まで報告だ。


 ああ、早速こんなことになるとは。今晩の公爵夫妻への報告が怖い。


 話をつけてすぐにこの有様では、クライン公爵家からオネスティ子爵家――むしろメリル本人に制裁がいく事態になるのではないだろうか。

 そうなればヒロイン退学も十分にあり得るのだが、さてどうしようか。



 これからの展開に暗雲が立ち込める。


 メリルに動かれると困るが、動けない状況に追い込まれても困るのだ。本当にどうしよう。

 俺はそんなことを考えつつ、メリルを横抱きにする。



「はぁ……」



 俺は溜息一つ吐くと。背中に突き刺さる野次馬からの視線を感じながら、そのまま保健室に向けて歩き始めた。


 ……保健室と言えば、ワイズマン伯爵令嬢とも話をしなければ。


 積み重なる問題を前に、俺の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。



 ブックマーク、評価ありがとうございます!


 次回、ヒロインの反撃が始まる。

 「人間本当にピンチな時は、笑いしか出てこない」 お楽しみに。

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