第三十八話 まさかアイツは
逮捕されたウッドウェル伯爵の供述によれば。
「第一王子が力を付けてきており、第二王子派閥の先行きが怪しくなってきた。だから、少し嫌がらせを仕掛けてやろうと思った」
という理由で、襲撃を企んだらしい。
手の者に風魔法を撃たせ、帽子を水没させてやろうと思った。というところまで、俺の行動と奇跡的な一致を見ていた。
証言と現状が一致しているのだから、疑う余地なく速攻で護送と相成った。
しかし、学園に刺客を招き入れた上で、王子に向けて中級魔法を放った罪は軽くない。
殺すつもりはなかったと強調している伯爵だが……ウッドウェル家は、取り潰しの方向に向かうことがほぼ決まっている。
と、ガウルから解説を受けた。
そして俺はハルと一緒に護衛騎士たちに囲まれ、連行されていく伯爵と、襲撃犯の姿を見送っているのだが。
襲撃犯は、「俺はまだ何もやっていない!」と叫んでいた。
警備員たちは相変わらず「嘘を吐くな!」と怒鳴り散らしていたが。彼の犯行が未遂であると知っているので、俺には少し罪悪感がある。
まさか実在する人物に罪を擦り付けてしまうとは。
だが、既遂だろうと未遂だろうと、罪の重さにさして変わりはないだろう。
待っている未来は鉱山奴隷だ。
……ここで俺が庇う意味はない。
それに、攻撃魔法を撃とうとした点は認めているのだ。
俺の弟分を攻撃しようとは、許せん。鉱山で反省していろ。
と、無理やり怒りを燃やすことで、俺は何とか平静を保ち切った。
伯爵を見送った後、王家の人間で話し合いがあるからと言われ、一旦俺が輪から外れた。
そのまま暫く、ハルは護衛たちと何事かを相談していたのだが。
少し間を置いて、御一行を代表するちょび髭の文官が俺の元にやってきた。
結果的に俺の覗き事件の件は、被害女性とは後で話をつけること、王家が仲介に入ることを告げられる。
つまり、今日のところは助かったし、この件については王家から助けてもらえるということだろう。
まあ、それはそうだ。
第一王子を狙った襲撃を防ぐべく奔走し、結果として別な事件を起こした……ということになっているのだから。
援護には大いに期待しよう。
頼もしい味方が付いたことで、肩の荷が軽くなったようだ。
俺は少し前向きな気持ちで、詰所を後にした。
その後すぐに、俺はリーゼロッテを出迎えた。
身分が高い順番から会場を出てくるだけあって、少し待たせてしまった。
既に市民まで含めた全ての身分の学生が入学式の会場を後にしており、俺が捕まってからも結構な時が流れている。
しかし、伯爵の連行後も、噴水のある講堂前広場は騒然としたままである。
当然の如く「何があったの?」と聞かれたので、あらましを簡単に伝えた。
すなわち、俺が覗き魔として現行犯逮捕された後、矛先を逸らすために適当な事件をでっちあげたら、本当に犯行が行われようとしており、大捕り物になった。ということである。
そんな事実を伝えたところ。
「アラン、正座」
「……はい」
主人より、入学式の会場。その往来で正座を要求された。
「アラン。私ね、頭があまりよくないの」
「はい」
「はいじゃないでしょ」
「いいえ」
「そこは「はい」でしょ!」
正座させられ、怒られている最中だろうと。そこは譲らない。
リーゼロッテの頭はそこまで良くないはずだ。
「そんなことないですよぉ」というお世辞など、意地でも言うものか。という姿勢を見せる。
「まったくもう。浅学菲才の身ですから……という謙遜の言葉を知らないのかしら。主人が「私には学がないのよねー」と言ったら、「そのようなことはございません」と言うのが従者でしょう?」
「はい。左様でございますね」
「じゃあいくわよ? 私、そこまで頭が良くないの」
「はい。左様でございますね」
「むっきぃぃぃいいい!」
端から見れば、俺が謎の意地を張っているように見えるだろう。
だが、リーゼロッテはこれくらいで釣られてはくれなかったようだ。
「……それで、何があったって? 話を逸らさないで、もう一度説明してちょうだい」
と、真顔で真っ直ぐに見つめて聞いてくるものだから。
俺は、隠そうとしていた部分。予てから考えていた作戦も含めて、白状してしまった。
俺はヒロインとハルの出会いをぶち壊しにしてやろうと企んだこと。
ハルに変装を一瞬で見破られ、計画が杜撰だったことに気が付いたこと。
結果としてヒロインに見つかりそうになって逃げたこと。
その後の説明は変わらず。逃げた先で覗き魔に間違われ、適当な理由をでっちあげたらエライことになったことを順番に話していった。
「まったくアランったら……」
「申し訳ございません。逸りました」
「仕方がないわね。過ぎたことだし。私のためにやったんでしょ?」
「それは……はい」
「じゃあ何も言わないわ。アランに丸投げしていたところもあるし。……ただ、次からは相談が欲しいところね」
「承知致しました」
リーゼロッテや公爵家に迷惑をかけるところだった。
これからはもっと慎重にいかねば。
差し当たっては……件のスラム街の店で、染め粉でも買おう。
髪の毛の色を変えるだけでも、かなり印象は違うはずだ。
俺の決意をよそに、リーゼロッテは門の方を向く。
「ま、今日のところは帰りましょう。家に帰ったら作戦会議ね」
「その前に、殿下にご挨拶を致しましょう。公の場ですし、友好的な関係であることはアピールせねばなりません」
「あー、そう。そうね。仕方ないわねぇ……まあ? ハルとは久しぶりだし、いいけど」
素直じゃないお嬢様である。
ハルがリーゼロッテにベタぼれなのと同じくらい、リーゼロッテもハルに恋愛感情を持ってきていること。
そんなものは態度を見れば分かる。すごく分かりやすい。
……この二人が相思相愛じゃなければ、誰が危険を冒してまでヒロインの妨害なんて引き受けるかよ。
と、俺は内心で零す。
決して口には出さないし、今後も言及することはないだろうが。
さて、ハルのことだが、彼はまだ詰所にいるはずだ。
リーゼロッテと少し話し込んだので、もう居ない可能性もあるが。それでも馬車乗り場の方に向かえば合流できるだろう。
「殿下は詰所にいらっしゃいます。早速向かいましょう」
「そうなの…………あれ? でもあそこにいるの、ハルじゃない?」
「え? ……なっ!」
次々と講堂から出てくる生徒たち。
そこから少し離れたところで、ハルが、黒髪ロングの女生徒と話し込んでいた。
とても。とても見覚えのある女子生徒だ。
あっ、あれって、ヒロインだよな?
さっそく捕まってんじゃねぇぇえええ! と、俺は弟分の迂闊さを呪う。
「うーん、行った方がいいわよね?」
「しかし、私の顔が割れると不都合があるのでは?」
「一応変装しているんだし、後ろで控えていれば大丈夫だって。さあ、行くわよ!」
俺の返事も聞かずに歩き始めたリーゼロッテ。どれだけ焦っているというのだ。
つかつかと歩き始めた、リーゼロッテの後ろを慌てて追う。
……近づくにつれて、二人の会話が聞こえてくるようになったのだが。
「私ね、趣味はお菓子作りなんだ。お菓子は好き?」
「そうだね、実は私も、甘いものに目が無い」
「そうなんだ! じゃあ今度作ってきてあげる!」
「い、いや、私には婚約者がいるから、そういった贈り物はちょっと」
どうやら早速、ヒロインからプレゼント攻勢に遭っているらしい。
……うん、ランダムイベントを起こさなくても、プレゼントである程度の好感度は上がるからな。
ある意味一番手っ取り早い方法だ。
だが、妙だな。
イベントでもないのに、いきなり手料理を振舞おうとするなんて。こんなイベントあっただろうか?
と俺が首を傾げる間にも、ヒロインの攻撃は止まらない。
「そうかな? これくらい、友達になら普通だよ?」
「そうは言っても、私にも立場があるからね」
「……あれ? ここの選択肢って、このセリフでいいのよね……?」
……ん? 選択肢?
おいおい。まさか、アイツは……。
俺は一つの可能性に思い至り、背筋が冷えていくような……途轍もない悪寒を覚えた。
ハルには聞こえなかったようだが、何か呟いたのは分かったようで怪訝な顔をしている。
「ん? どうかしたかい?」
「い、いや、何でもないの。手作りがダメなら、今度街のカフェでお茶しない?」
「はは、そういうのには憧れるね。私も多忙な身なのだが。……まあ、機会があれば」
「今度のお休みは空いてない? いいお店があるの! 「フラワーズ・ガーデン」って言うんだけど……」
フラワーズ・ガーデン。その店は乙女ゲームの公式ガイドブックで見たことがある。
落ち着いた庭園をモチーフにしている洒落たカフェで、甘いお菓子と美味いお茶を堪能できるハイセンスな店。
数ある飲食店の中で、最もエールハルトの好感度が上がりやすいため、彼とのデートでお勧めされている店だ。
……王都には何十、何百とカフェがある中で、その店をピンポイントで選んできた?
立地が悪く、学園から遠いのに?
ハルに効果的な店が、偶然選ばれたとは思えない。
これで俺の予感は確信に変わる。……間違いない。
ヒロイン。あいつも転生者だ!
しかもこの速さでイベントを起こしに来たということは、十中八九、ハルを狙っているのだろう。
……マズいぞ。こいつはマズい!
どうする、リーゼロッテ!?
三十八話目にして、ようやくヒロインが喋った!
次回、リーゼロッテVSヒロイン。
明日の更新予定です。
三章では攻略対象たちがどんどん出てくるので、新しい登場人物が増えます。