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第三十七話 策に溺れる



 周囲の視線が、一瞬で俺に集まるのを感じる。

 掴みはオーケーだ。

 ここからは事実を織り交ぜた嘘……むしろ、嘘の方が多い事実を話していこう。



「ハル、お前の帽子が風で飛ばされたのさ、不自然じゃないか?」

「不自然……?」

「確かに風は強かったが、記章がじゃらじゃら付いていて一番重いはずの……ハルの帽子だけがピンポイントで十数メートルも飛ばされたんだぞ。そんな風があるか?」

「た、確かに!」



 あの見るからに重たそうな帽子がそんな距離を飛ぶような風なら、周囲の人間の帽子やカツラも飛んでいなければおかしいのだ。

 

 ……実際には俺が風を操作して噴水の上空まで運んだわけだが。


 まあ、違和感がある行動については、全て不審者(・・・)のせいにしてしまおう。



「あの時、何者かがハルに向かって魔法を発動していたんだ。……調べてもらってもいい。今ならまだ痕跡も見つかるだろう」

「ま、まさかそんなことが……」

「俺が噴水に飛び込んだ後の様子、おかしいと思わなかったか? 噴水を挟んで反対側に、あの場から立ち去ろうとしている奴を見たんだよ。……ハルを現場から離れさせて、すぐに後を追ったんだ」



 これにて、ハルの話をぶっちぎって走り出した件もクリアだ。



「そうか、だからアランは様子がおかしかったのか。……なるほど、あの場で不審者について言及すれば騒ぎになるし、不審者が短慮を起こす可能性もある、か」



 様子がおかしいだって? 俺はそんな目で見られていたのか。

 本当に、自分を客観視するのは難しい。

 

 まあ実際には迫るヒロインに焦っていただけなのだが、これはこれでいい方向に転がせそうだ。

 ハルが俺に好意的だから、解釈も非常に好意的で助かる。

 

 さて、警備員の方々はご存じないだろうが、あの場にはハルの付き人も全員いたのだ。

 一連の流れは、その全員が見ていたはずだ。

 


「噴水に飛び込んだところまでは私たちも見ていたが。そんなことが?」

「……ううむ、おい、そこの警備員。現場に魔術師を派遣しろ。証言の裏付けを取ってこい」



 実際に(俺が)中級魔法を使用しているのだから。一流の魔法使いを連れて行けば、あっさりと魔法の痕跡が見つかるはずだ。

 魔力探知がどうとかで、発動から数分なら、魔法を使った人物の元まで追跡可能だそうだ。

 今なら事件から数十分経過しているから、魔法が使わ(・・・・・)れていた(・・・・)という事実だけが残るだろう。


 さて、今話した内容も、「帽子を飛ばしたのが俺」、「逃げて行った奴なんていない」という点を除けば、状況説明に一切の嘘はない。



 嘘を吐くときのコツは、本当の話の中に少しだけ嘘を混ぜることだという。

 少し不安ではあったが、嘘の中に少しだけ本当のことを混ぜてやっても、同じ結果になるらしい。

 それとなく見渡せば、周囲の人間の顔が真剣さを増し、俺の話を信じ始めているように見える。

 


 あたかも隠していた真実を話し始めたかのような雰囲気になってきているのだ。

 この流れなら不審者のことを信じさせるのも不可能ではないだろうが……あと一押し、何かが必要だ。



「だが、何故殿下に魔法を撃つようなことを……」

「一体何が目的だ?」



 そこだ。第一王子に向けて理由もなく魔法を放つ奴がいるわけがない。

 一番理由が必要な部分である。

 誰も理由に思い至らなければ、不自然さが強調されてしまう。


 ……であれば逆に、そこを利用させてもらうとしよう。

 俺がもっともらしい仮説を立てて、流れを誘導してやろう。


 俺は探偵のように、ゆっくりと、それでいて結論を焦らすように喋り始める。



「由緒正しい帽子を水没させて、ハルのメンツを潰そうという嫌がらせだったのかもしれない。或いは王子にいたずらをして、目立ちたいだけのガキだったって線もある。だが、もう一つ……最悪の可能性があるだろ?」

「おい、アラン! 可能性ってのは何だ!」



 俺は勿体付けたように話し、短気なガウルはさっさと話せと言わんばかりに詰め寄ってきた。

 

――これなら、釣れる!


 そう判断したので、俺はこう答える。



「可能性は低いが…………暗殺だよ」


「「「「な、なんだってー!?」」」」



 これには俺以外の全員が驚愕――ちょび髭の文官もあまり驚いていない。

 まあ、彼はノーカウントでいいだろう。


 俺は続けて、事件の推測(・・)を話す。



「帽子に注意が取られたハルを、狙撃でもするつもりだったんじゃないのか? まあ、暗殺なんて可能性はかなり低いし、この線は無いと思うけどな」



 周囲はまだざわめいているが……。少し間を置いてから、「いずれにせよ物騒な思惑が見える。暫くはあまり外出せず、身辺に気をつけた方がいいぞ」と続ければ完成だ。



 魔法が発動していたのは本当だが、暗殺者なんてものはいないのだ。

 この後捜索は行われるだろうが、犯人が見つからないまま事件は迷宮入りになるだろう。

 結局は「身辺に気をつけようね」という話で終わるはず。



 これで俺の覗きという犯罪のインパクトは、殿下の暗殺というド級犯罪の前に霞んだ。

 今なら、「暗殺犯追跡のために校舎裏まで走って、そこで見失った」とも言えるし、ただの不審者を追って見失ったよりも、遥かに減刑の余地は増えるだろう。


 追跡中にたまたまご令嬢と鉢合わせしただけだ! 殿下の身を守るためなら仕方ないよね! という理論である。


 もちろん菓子折りを持って謝りにはいくし、俺の貯金が許す限り慰謝料を払うつもりではいるが……。

 懲役や打ち首は回避したいところだ。



 その上、これでハルの思考や性格を一切変えずに、「しばらくの間【第一王子】が用心して外出を控えるため、ランダムイベント発生率が激減」という最高の状態を作り出せる。

 これなら俺とリーゼロッテが、わざわざヒロインを妨害する必要もなくなる。


 それに俺は言ったぞ? 「暗殺の可能性は低い」と。二回も言った。

 言葉のインパクトに踊らされた周りの人間が、勝手に勘違いしただけだ。という最後の砦まで築き上げた。



 え? 完璧じゃない? 自分で言うのもなんだけど、俺天才じゃない?



 心労をかけるハルには、代わりにお嬢様とのデートでもセッティングしてやろう。

 ラブラブ登校デート、したがっていたよな?


 どうだリーゼロッテ。この多方面に完璧な俺の策は。

 何なら金一封くれてもいいんだぞ?




 くくくく。


 あーっはっはっはぁ! 俺の勝ちだぁ!


 と、俺が内心で勝利の高笑いを始めていると、徐々に雰囲気が変わり始めた。




 ……俺の予期しない方向に。





「このタイミング……まさか、ウッドウェル伯爵か!」

「ああ、いつかはやると思ったが。ここまで直接的な手に出るとはな」

「待て、状況の確認が先だ! 憶測で物を言うんじゃない!」



 ウッドウェル? 誰だその人?

 はて、どこかで聞いた事はある気がするのだが……。


 俺が記憶を遡っている間にも、事態は動く。

 魔法使いを伴って現場を見に行っていた兵士が、転がり込むようにして詰所へ帰ってきた。



「現場の確認が取れました! 中級以上の魔法が使われた痕跡あり! 属性は「風」です!」

「やはりか! 風魔法はあの家の十八番(おはこ)だ!」

「怪しいと思っていたんだ、くそ!」

「だから待てと言っている! まずは伯爵家の人間を呼び出せ! すぐに事情聴取だ!」



 周囲の人間がにわかに、慌ただしく動き始めるが。

 置いてけぼりを食らった俺は、ポカーンとした顔を浮かべることしかできない。



「伯爵の姿が見当たりません! 異変を察知して逃走したものと思われます!」

「状況から見て、クロだな。……舐めたマネしてくれるじゃねえか、あのジジイ!」

「見つけ次第拘束しろ! 手段は問うな!」



 え、なになになに? 何?

 嘘だろ、おい。 

 本当に暗殺を企んでいる奴がいたのか!?


 最早俺が一番びっくりしているところではあるのだが。周囲の人間は、むしろ冷静になっていった。



「何をしている! まだ暗殺者が潜んでいる可能性が高いんだ! 殿下の守りを固めろ!」



 警備員も魔法使いも騎士も、今日という日のために配置された精鋭だ。

 彼らは浮足立つことなく、ハルの周囲を固めながら指示を飛ばしていく。



「厳戒態勢を敷け!」

「学園のセキュリティレベルを二段階引き上げるんだ! 急げ!」

「草の根を分けてでも探せ! 絶対に捕らえろ!」



 ということで、時間は現在に帰ってきた。



 最高のセキュリティを敷いたという今の布陣で、警戒のレベルを二つも上げればどうなるか。

 詰所の窓から外を覗けば、変化は一目瞭然だった。


 魔法使いたちが空を飛び、来賓のことなどお構いなしで探知、索敵の魔法を撃ちまくる。


 護衛以外の騎士たちは文字通り、草の根を根絶やしにするレベルのローラー作戦を開始していた。

 植え込み、噴水、詰所の裏、講堂の中から校舎の周りまで。あらゆる人が隠れられるスペースの全てを、人海戦術で潰していっている。


 警備員たちは門を閉め、誰も出ていけないようにガッチリと出入口を固めていた。

 下手に近づくと、弓や魔法でハチの巣にされそうな雰囲気すらある。



 …………どうしてこうなった。



 この後のことは伝聞が主だが、事件はスピード解決したそうだ。


 まず、捜査が開始されてから数分後。

 馬車を捨てて、裏門から徒歩で逃げようとしていた伯爵が拘束された。

 そして、あっさりと刺客の存在を認めたらしい。

 

 暗殺まではするつもりはなかった。恥をかかせてやろうと思っただけだ。そう証言したが、興奮状態の警備員たちは全く聞く耳を持たなかったとか。

 即日、王宮で裁かれることになったとか。

 そんな話を、詰所の中で伝え聞いた。


 なんやかんやあって、今日を以ってこのアイゼンクラッド王国から、一つの伯爵家が消えることになるらしい。





 えーっと、これ。

 

 本編に影響とか、あるやつですかね?


 無いといいなぁ、あはは。






 

 う、うわあああああああ!


 やっちまったぁあああああ!



エールハルトがリーダーシップを発揮するようになり、第一王子派閥が強くなる

→ 領地経営が上手くいっていない、第二王子派閥の貴族が暴走する。


実は伯爵の名前、一度だけ登場しています。

本当に名前だけちょろっと。覚えていた人は探偵の素質があると思います。

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