第三十六話 策士
「大体よ、アラン。覗きをするつもりがねえってんなら、お前どうして校舎裏なんかにいたんだ?」
呆れたように聞いて来たのはハルの護衛騎士、ガウルだ。
最近では俺にも武術を教えてくれる師匠のような立場のため、この中ではハルの次に気安い男。
ガウルに聞かれて、ふと俺は考える。
「……どうしてと言われても」
適当に走ってヒロインから逃げた結果、たまたま校舎裏についただけだ。あの場所にいた理由なんて特にない。
強いて言えば。俺が休憩していた場所の目の前で、勝手にご令嬢が着替えていただけである。
『あんな着替え見せつけられて……被害者は俺だ! セクハラだ!』
――というのは、流石に無理筋だろう。
いくら世紀末式交渉術でも、そのターンアラウンドには期待できない。
そもそもそんな話が耳に入れば、ワイズマン伯爵家の当主が激怒するのは間違いない。
嫁入り前の令嬢の柔肌を覗いた男は、問答無用で消される可能性も高いのだが。
俺が子爵相当の身分を持っていること。加えて公爵家使用人ということを加味して厳重注意で終わるか、重くとも懲役二、三年くらいで済むはずだ。
裁判にかけられて、数年の懲役を食らう可能性と。
「とことんやったるんじゃあ!」モードに入った伯爵家と争う可能性。
こんなもの、天秤にかけること自体が間違っている。
そもそも後者の場合、実刑判決プラス貴族と敵対という最悪のルートすら見える。
俺が理想とするのは、誰とも敵対しないような言い訳だ。
誰も悪くない悲しい事件だったという方向に話が転がり。誰も責任を取らず、丸く収まる。これが最上の道だ。
どうにかしてそこまで持っていきたいのだが……。
「あ!」
「ど、どうした」
刹那、俺の脳裏に閃きが走る。
この作戦が成れば、俺の罪が有耶無耶になるどころか、ヒロインに対して打撃を与えることもできる。
罪を躱すどころか、カウンターで利益まで生む作戦を思いついた。
窮地を好機にひっくり返す策を、この土壇場で思いつくとは何という策士だ。
もしかして俺は、天才ではないだろうか。
と、これからの展開を予想して、俺は自画自賛する。
――スラムのコソ泥、ネズミオヤジが使っていた「架空の流れ者作戦」でいこう。
あれはこういう話だ。
まず、さる貴族の家に盗みに入ったネズミオヤジが捕まった。
目的は遊ぶ金欲しさだったらしいのだが。
『あ、あっしは最近流れてきた、恐ろしく腕の立つ男に、無理やり命令されたんでさぁ!』
と、まずは架空の人物に責任転嫁。
主な責任はその男にあり、自分はやむを得ず片棒を担いだだけだと、罪のダメージを減らしにかかる。
『なんでもここの家に、所有者が呪われて死ぬ宝石を仕込んだとかで、ええと、もう必要が無くなったから、今更効果が出ても困る。盗んでこいって命令されて!』
その後こんな感じで、自分の行動が相手の利益にもなる話だと主張したらしい。
貴族は念のために「腕の立つ流れ者」について調査をするが、一向にそんな奴は見つからない。 ――当たり前だ、そんな奴は存在しないのだから。
そして当然、呪いのアイテムも見当たらない。
それも当たり前だ。この話はネズミオヤジのでっち上げなのだから。
普通なら狂言、若しくは苦し紛れの言い訳で終わるのだが、ネズミオヤジも世紀末式交渉術の使い手だ。これでは終わらなかった。
『姿も形もない? ……これだけ探しても痕跡が見つからないということは、やはりどこかの密偵じゃないんですか!』
『ううむ……そういうことも、あるか……?』
『きっとあっしを囮にして、ブツを盗んでいったんだ!』
疑わしいとは言え、嘘と断ずることはできない。
何故なら、証拠がないのだから。
貴族の屋敷にある宝物は、衝動買いされた物がほとんどだ。
馴染みの宝石店から勧められたり、貿易商が持ってきた舶来品を大人買いしたりと。買い方は豪勢であるが、管理が杜撰な場合が多い。
数多ある宝物の中から、盗まれた品物がないことを証明するなど、不可能に近い話なのだ。
『お、おねげぇです貴族様! あっしを匿ってください! 計画をバラしちまったんだから、このままじゃ殺されちまいます!』
ネズミオヤジは盗みに入った家に、まさかの要求。
証拠がなく、迷っているのをいいことに、押して押して押しまくる。
失うものが何もないのだから、全力で攻めの姿勢を取った。
そして。
『謀略を仕掛けてきた奴がいるということは、こいつを手元に置いておけば、何かのカードにはなるだろう』
当主がそう言い始めたものだから。
彼は貴族の屋敷に下男として務めることになった。
まさかまさかの大逆転劇である。
これの何が笑い話って。そんなことを酒場で賢しらに話したものだから、速攻で嘘がバレて鉱山送りになったというオチがつくのだ。
さて、この話を引き合いに出して何が言いたいか。
証拠が無ければ、いくら疑われようが強弁できる。
デカい犯罪のインパクトで、小さい犯罪の印象を限りなく薄めることができる。
注目したのはこの二点だ。
まずは存在しない誰かに、責任を放り投げる。
例えば不審者でもいたことにしよう。
次いで、俺は不審者を追って、たまたま事件現場にたどり着いたことにする。
俺があの場にいたのは不審者を追っていたからだ! と主張するのだ。
その後は。不審者がいた証拠はないが、不審者がいなかった証拠もないと、強引に押し切る。
大勢の警備員が徘徊している中で、俺しか気づかない不審者がいたというのは相当苦しい言い訳だが。
堂々としていれば意外とバレないことは、オヤジが証明している。
そして黙秘の理由は、「不審者が居たと叫べばパニックになると思ったから」で、いいだろう。
……苦しい言い訳だと分かっていながら、何で俺がこんな迂遠なことを考えるかと言えば。「ヒロインから逃げてきました」などという言い訳が、大っぴらに使えないからだ。
ガウルが言った通り、覗くつもりは無かったと主張したところで。
何故突然走り出したのか。何故人気のない校舎裏に行ったのか。何故保健室の前にいたのかなど。
ヒロインを抜きにして考えれば全ての行動が不自然だ。深く突っ込まれると、返答に困ることが多すぎる。
そして返答に困れば疑惑が深まる。しかし事情を話すことはできない。
そういう事情もあって。
俺は大事件を起こして、全てを有耶無耶にする作戦を企んだ。
小さな犯罪のインパクトを、大きな犯罪のインパクトで打ち消すのだ。
周囲の人間の頭から痴漢の事件がぶっ飛ぶくらいのやつだ。
少なくとも、この場はそれで何とかなる。
被害者が伯爵家の令嬢なので、それなりの衝撃が必要になるのだが。今、この学園内に居て、犯罪のターゲットにされたら一番衝撃が大きい人間は誰だろう。
――間違いなく、第一王子だ。そう考えながら、俺はちらりとハルの方を見る。
「エールハルト殿下を狙った犯行」が起きようとしていて、俺は阻止するために動き回っていた。
これなら言い訳が立つし、色々なことに理由を付けられる。
全ては殿下を守るため、不可抗力で起きたことなのだ、と。
さて、逆転の一手を打つべく、俺は真剣な顔でガウルの顔を見て言う。
「実は……俺があの場所にいたのは、ハルのためだ」
「何!? どういうことだ、アラン!」
俺はガウルの質問に答えず。ハルの方を向き、神妙な顔で告げる。
「お前は狙われていたんだよ」
……至極真面目な顔をしながら、俺は大ウソをついた。
架空の不審者を、王族の襲撃犯にでっちあげたのだ。
今日はあと一話投稿予定。
加筆した部分で文章の重複がありそうなので、修正予定。




