第三十四話 反省会と運命の出会い
少年漫画レベルですが、少し性的(R-15)な表現が出てきます。
俺は校舎の裏を適当に走り、何でもいいからとにかく距離を取ることにした。
最早自分がどこをどう走って来たのかも朧気だが、ここはどの辺りだろう。
流石にこの歳で迷子になるのは勘弁だ。いざとなったら風魔法で飛んで帰ろう。
と、疲れて回転が鈍くなった頭は、そんな益体も無いことを考えていた。
ともあれ。何とかあの場をやり過ごした俺は、校舎の外壁に手をついて、荒い息を整えていた。
「ぜ、ぜぇ……はぁ、はぁ……! あ、危なかった……!」
こんなことではダメだ。
使用人としてリーゼロッテにくっついていけば、ヒロインとは何度も遭遇する機会があるだろう。
変装するにしてもやり方は考えないといけない。
今にして思えば、リーゼロッテの付き人として使用人枠を使って学校に通うのは、相当にリスクが高い。
街でヒロインと出くわしたとして、「あれ? ……アランさんって学校に居た?」などと言われたら、その時点で破綻してしまう。
アランのルートに、そんなイベントはないのだから。
「はぁ……はぁ……何してんだ、俺…………」
こんなことが続くなら、ハルにも【転生者】絡みの事情を伝えたいところだが……。
伝えた後、俺やリーゼロッテと今まで通りの関係でいられるかは分からない。
それに知ってしまえば今度はハルが、クロスから記憶を消される危機に晒される。
リーゼロッテだって悪役令嬢をやる以上、学園内ではその役割から逸脱した行動を取るのは難しい。
今ですら許されるギリギリのところで、綱渡りをしている状態だ。リーゼロッテを動かせば今度こそ、本当に記憶リセット案件になるかもしれない。
これから先、少なくとも日中で学園にいる間は、俺が単独で動き回る必要がある。
この問題に関しては、俺が根性を見せるしかないのだ。
「しっかりしろ……はぁ、ゼェ……アラン・レインメーカー……こんなことじゃ……守れねぇだろ」
一番手っ取り早く済ませられると思った作戦を、実行した結果がこれだ。
よくよく考えれば俺のような銀の髪などあまり見るものではないし、自分で言うのも何だが顔立ちは整っている方だ。
……当たり前か。俺の顔は、ヒロインが憧れるヒーローになれるような造形なのだから。
しかも、今の俺は執事服だ。多くの学生が学生服で集まる中、服装からして既に目立っている。
こんなに目立つ風体なのに、何故俺はメガネをかけ、髪型を変えるくらいで人様の目を欺けると思ったのだろうか。
モブキャラの使用人に扮するとしても、印象に残ってしまうことは確実だ。
最早横着だとか迂闊と呼べるレベルではない。
……今後はもっと慎重に行動しなければ。
さて。依然として呼吸は整わないが、気持ちは少し落ち着いてきた。
少しは頭も回るようになってきたので、俺は考えを切り替える。
……大した頭がなくとも、切り替えが早いところが取り柄だ。
今回の反省も踏まえて、きっちり考えよう。
今後の対応、善後策はしっかりと練る必要がある。
差し当たり、変装をするならカツラか染粉を買おう。
スラム街の通りには、お偉いさんを相手にやらかして、変装しなければ生きていけないような人種のための店がある。
本気でやるなら、金に糸目をつけず最高のクオリティを持つ道具を集めるところから始めなければならない。
声や背格好はどうしようもない……いや、縮めることはできないが、シークレットブーツでも履いてみれば身長は変えられるか。
――ダメだ。ただでさえ身長が高めなのに、上げ底の靴を履けば頭一つ抜けてしまう。余計に目立ってどうする。
……切り替えたと言っても、まだ思考が散っている。
まだ冷静になれたとは言い切れない。
そんな風に自分のメンタルが揺れているのを認めてから、俺は一旦この件を棚上げすることに決めた。
今日のところは、ハルとヒロインが出会ってからの時間を少し削り、俺の奇行で会話に集中させなかっただけで上出来としよう。
一度本件から離れるために……現実逃避のために別な現実を見よう。
今やるとすれば、まずは使用人としての仕事からだ。
そろそろ式典の半ばに差し掛かる頃だろうし、リーゼロッテたちが出てくる前には着替えて、出待ちをしなければいけない。
乙女ゲーム関連で今日あるイベントは、「入学式前に第一王子と出会う」という一つだけだ。
この後は自由なのだから、もう気負うこともない。
折角午後の時間が空いていることだし、二人を誘って飯にでも行こう。
今後の対策なぞは、屋敷に帰ってから考えればいいことだ。
よし、そうしよう。
そうと決まれば。未だに荒い息を整えるために、一度深呼吸をする。
大きく息を吸うために上体を起こし、顔を上げれば、ピンク色の下着が目に入った。
胸を支える下着は結構なサイズで、包まれている体の方も、メロンサイズの結構な巨乳である。
息を吸ったら当然吐く。
俺は下を向きながら息を吐き、二度目の深呼吸を――
「はぁー……はぁー…………あ?」
ん?
今、何かおかしな光景が広がっていたような気がする。
「は、はは……はぁ、はぁ……」
「えっ……?」
息を吸うのを中断し、引き攣った苦笑いしながら前を向く。
俺が手をついて休憩していた場所から、窓の向こうの室内を見れば。
目の前の部屋にはベッドがいくつか並べてあり、奥の棚には医薬品らしきものも見える。
ここは保健室というやつだ。
体調が悪くなった学生を寝かせておいたり、服が汚れた時に着替えたりする部屋だ。
ここは保健室で……そして、何らかの事情で、女子生徒がお着換え中だった、と。
おいおい、見張りくらい立てておくか、カーテンの裏で着替えろよ。
何で外から見える位置で着替えているのよ、この子。
など、言いたいことは色々とあるが。
状況を。
状況を確認しよう。
今は女子生徒が着替え中で、上半身は裸に近い。
そして今の俺は、かなり荒い息をした状態――興奮しているようにも見える――で、保健室の壁によりかかっている、傍目から見れば変質者極まりない男だ。
「ま、待て……はぁ、はぁ……俺は、あ、はぁ……怪しい者では……」
「き、き、」
何故俺は、いつも自分を客観視できないのだろう。
噴水にダイブしてずぶ濡れ、全力の徒競走で荒い息。
そして人気のない、校舎裏の方にある保健室の目の前にいる。
でもって、今、女子生徒の誤解を解こうと近寄っているのだ。
なあアラン。お前が女子生徒の立場なら、どうする?
「きゃあああああああ!?」
「すいませぇぇぇえええん!?」
当然悲鳴を上げる。
大人の人を呼び寄せるためとか、警備員を呼び寄せるためとか。
単純に気持ち悪いとか、貞操の危機を感じるとか。
理由は何でもいい。とにかく大声を出す。
それが、変質者が目の前に居る時の正しい対処法だ。
ここまで大きな声で甲高い悲鳴を上げられてしまっては、もうどうしようもない。
さあ、もうひとっ走り頑張れ、俺。
もしここで捕まりでもしたら、主人の入学式にかこつけて学園内に侵入し、仕事をサボって女子生徒に覗きを仕掛けた。何故かずぶ濡れで、はぁはぁ言っている変態。
――という、とんでもない汚名を着せられてしまう。
使用人として、とか。
子爵として、とか。
記憶リセットとか。
そんなものを経由せず、ダイレクトに人生が終わる。
「何事だ!」
「曲者だ! 出会え! 出会え!」
警備員たちの叫び声をバックミュージックに、俺は再び風になった。
薄々お気づきでしょうが、アランは基本的にぽんこつです('ω')
そして彼女は後に再登場します。
アランにはけじめをつけてもらいますが、ハッピーな終わり方になる予定です(にっこり)




