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第二十八話 嘘をつくなッ!!!



 昨日は早めに就寝しただけあって、今朝の目覚めはすこぶる良かった。


 朝から雑事をこなしつつ、昼はリーゼロッテの魔法特訓に付き合い、そして夕方。ルーティンワークの筋トレに付き合っている最中に、再びクロスが現れた。


 俺が書いたノートを持ってきてくれたようなので、今日はそれに沿って話を進めることになるだろう。



 先日の交渉は不意を打って脅しをかけただけであり、今日が話し合いの本番(ホンチャン)だ。

 本日この場が、停戦条約――或いは不可侵条約締結の場なのだ。


 この話し合いで、「アランに世界の命運を背負わせる」ことの是非が決まる。


 「事態を把握するために乙女ゲームをプレイさせろ」という提案には乗ってくれたし、実際に体験させてもくれた。

 だが、提案の全てに乗ってくれたと判断するのは早計だ。



『アランに乙女ゲームをプレイさせろという提案には乗ったが、リーゼロッテをコントロールして、世界を破滅の危機から救うって提案には乗っちゃいねえ! やっぱり記憶を消毒だぁ! ヒャッハー!』



 という展開になる可能性も、まだ十分に存在している。

 先日「提案に乗った」という言質は取ったが、あれは互いに勢いで決めた部分が少なからずある。

 確認すること、詰めることはまだまだあるのだ。


 今後も不干渉を貫くかどうかは未だ不透明な状態であり、「こいつに任せたら物語が崩壊するわ!」と思われれば、恐らく記憶のリセットが行われるだろう。


 しかし、世界丸ごとリセットの道を選ぶと、クロスの年収が三割ほど減ってしまう。それに、記憶を消すのにもいくらかの利益を消費するという話だ。


 リーゼロッテがただの悪役令嬢に成り下がるなら、そこでも減額が発生する。


 だから修正を検討するならば、まずは俺の記憶だけになるはずだ。

 と、この話の流れにおおよそのアタリをつける。


 まかり間違っても、リーゼロッテとハルの記憶を消させはするまい。

 そう思って俺は、今この場にいるのだ。


 俺はアイゼンクラッド王国を背負う外交官になったかのような心持ちで、クロスとの対談に臨むことにした。



 




 さて、場所は昨日と同じくトレーニングルームだ。

 リーゼロッテが練習用のトレーニングウェアを着て、マットの上で受け身に励んでいる横での話し合いとなる。


 まあ、立ち話も何だろうと思い。

 俺はトレーニングルームに併設されたキッチンで、紅茶と茶菓子を用意してから、着席しているクロスの正面に座る。


 最高級で超ふかふかのソファへ、既にクロスはどっかりと腰を降ろしていた。


 今俺たちが腰を掛けた、王様が座るかのようなソファ――トレーニングルームには全く相応しくないくらいに華美なもの――は。

 休憩中とはいえ、殿下を床に座らせているのはまずいと言って、公爵夫妻が用意した代物だ。


 ハルは時たま公爵邸のトレーニングルームで筋トレをしていくが、「汗をかいたままソファに座るのは気が引ける」と遠慮して、休憩のときは結局床に座っている。


 そのため、来客がこのソファに座るのは今日が初めてではなかろうか。

 ……金貨三百枚もしたのに。



「読ませてもらったけどさ……よくもまあ、こんな屁理屈を考えつくものだよ」



 そんな益体も無いことを考えていると、クロスは右手に持ったノートを、テーブルの上に放り投げるようにして置いた。



「内容に不備は?」

「ない。……狂気は感じるが。それに、法律の抜け穴を突くようなやり方ばかりだ。ホワイトとは言えないな」

「ブラックじゃないだけ上等だろ」

「本当にもう、ああ言えばこう言う……」



 はぁ。と溜息を吐くクロスの前に紅茶と茶菓子を差し出し、俺たちの対話はスタートする。

 今日は変なテンションでもないし、また時を停めたとかで周囲の目もないので、俺も自由に喋らせてもらう。


 ノートの序盤に書かれた、最初のお題にして最大の難関。

 すなわち、公爵家令嬢が行う、筋力トレーニングの是非について。

 これは何としても、「是」という答えを勝ち取っていきたいところだ。



「まずは、俺たちが体育祭で戦ったリーゼロッテ(・・・・・・)も、体力のパラメータが高かっただろ? つまり主人公に対抗するために、どこかのタイミングで鍛えていたんだよ。だから今、こうして筋トレに励むことによって、「悪役令嬢が体力のパラメータを上げている」とすれば筋は通る」

「うんまあそうね。理屈の上ではそうね」



 乙女ゲームの最中、俺たちが敵対していた悪役令嬢リーゼロッテとは、何度か戦う機会があった。

 運動会や果し合い、冒険パートでのいざこざなど。

 勝負をするときは、大抵、魔力か体力の値が関係してくるのだが。



「リーゼロッテはランダムで(・・・・・)ステータスを上げてくるんだよな? たまたま(・・・・)体力に偏って成長したと考えれば、何もおかしいところはない」

 

 

 現に、俺たちが倒した……正確にはクロスが倒したリーゼロッテも、後半は体力が800台で、資金力や教養のステータスは400台半ばといったところだった。


 公爵家のご令嬢が持つ資金力が400台半ばで、子爵家令嬢の主人公が持つ資金力が999という絵面には疑問の余地が残るが、まあそういうシステムだと割り切ろう。

 ともあれ、人類の限界(カウンターストップ)が999なのだから、能力値が800台にまで上がれば立派なトップアスリートである。


 乙女ゲームの「原作(・・)」でその瞬間を見たのだ。

 うちの(・・・)リーゼロッテが体力をカンストまで鍛えようと、それは何もおかしいことではない。

 という話が前提にある。



「それから、物語で描写されるのは主に主人公であるヒロインの動向だ。悪役令嬢が普段何をしているかなど、詳細な説明は一切ない」

「そりゃまあ、そうだが……」



 嫌がらせのシーン以外でクローズアップなどされていなかったので、リーゼロッテが普段何をしているのかなど一切不明だ。

 ヒロインが絡むシーン以外での登場機会は、皆無であると言ってもいい。


 それを盾にして、リーゼロッテが格闘家を目指す道を合法的に切り開こうという試みに入るわけだが。

 流石の俺も、これはどうかと思う提案なので……ここは勢いが必要なところだ。



「なあクロス。俺たちが倒したリーゼロッテの、あの体力パラメータを見てくれよ。もしかしたら趣味は格闘技で、学校の外では案外プロの格闘家をしていたのかもしれないだろ?」

「いるわけねえだろ、んな令嬢!?」



「――――嘘をつくなッ!!!」

「!?」



 普通に考えればいるはずがない。

 だが、今回の一件は尋常ではないのだ。


 一拍置いてから、裂帛(れっぱく)の気合を込めて叫んだ俺は、一瞬クロスから目線を外してリーゼロッテの方を見る。

 そして、またクロスに目線を合わせて言う。

 


「いるだろ。いるよな? いるじゃねえか! まさに今、アンタの目の前に! 現実から目を逸らすんじゃねぇ!!」



 繰り返すが、場所はトレーニングルームだ。

 公爵家のご令嬢は練習用のトレーニングウェアを着て、マットの上で受け身に励んでいる。


 受け身とは、敵から攻撃を受けて倒れた際に使うものだ。

 地面へと上手に着地し、ダメージを減らす技術である。


 柔術だかプロレスだか知らないが、これはれっきとした格闘技の技術であり、彼女は来るべき本番(・・)のために技を磨いている。

 

 

「……いるじゃないか」



 趣味が格闘技で、最強の格闘家になろうとしているご令嬢が。すぐ傍に。


 そう言えば、いたなぁ。

 という気まずい顔を浮かべているクロス。


 揚げ足取りもいいところなのだが、先制攻撃には成功したようだ。クロスの勢いが弱まったのを見て、俺は少し予定を変更し……。


 いっそここでカタ(・・)に嵌めることを決意した。

 

 そう考えた俺は、元気に運動中のリーゼロッテへとアイコンタクトを送り――伝わったのかは分からないが、彼女も一際大きな受け身の音で返事を返してきた。

 


 さあ、ここが勝負だ。


 一気に畳みかけるぞ。



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