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第十六話 お嬢様の城

 このお話は、プロジェクト〇のオープニングを見てからご覧いただくと、より一層お楽しみいただけます。……多分。


 なんとなく大団円っぽい雰囲気もありますが。違います、お客様。最終回ではありません('ω')



「ねーアラン。どこに行くのよ。こっちには裏庭しかないわよ?」

「もうじき分かりますよ」

「……はっ、まさか告白? それとも思春期で性欲に目覚めたアランが、この美しい私に手を出そうと」



 リーゼロッテは少し後ずさり、はっとした表情でこちらを見ている。


 冗談で言っているのか本気でそう思っているのか読めないが。

 普段の己の行動を振り返って、俺が恋に落ちる瞬間なんてあったと思っているのだろうか。



「ははは、お嬢様もそういった冗談を覚えたのですねー」

「待ちなさいアラン。冗談っていうのが私の美貌のことを指しているのなら、まずは貴方にジャーマンをしなければいけないわ」



 リーゼロッテは、やると言ったら本当にやる有言実行の人だ。


 鉄拳制裁を関節技で返されるマーガレット先生。

 頑丈だからと技の練習台にされているアルヴィンのように、技を掛けられては敵わない。


 俺は多少、足早に歩いてリーゼロッテから距離を取るが。


 目的地は本館から徒歩二、三分の位置だ。

 すぐに着いた。



「着きましたよ、お嬢様」



 到着したのは、裏庭をぶっ潰して建てた平屋の建物である。


 公爵家の格式から言えば、趣のある裏庭は確保しておくべきなのだが。人目や立地――来客があった際にすぐ本館へ移動できる――などの理由で、ここに建築する運びとなった。


 公爵家のお嬢様が庭先でバーピーだのスクエアだの受け身だの。

 シャトルランだの大股開いて柔軟体操だのと。


 人目に付くところでやりたい放題やっていたら、格式などあっという間に地に落ちる。

 それと比べたら裏庭が無いくらいなんだというのか。


 一年半も放置していたのだから今更だし、既に余人の知るところではあると思うが。

 まあ、今からでも多少は効果があるだろう。



「庭石をどけて池も潰しちゃって……何を建てたの?」

「お嬢様が大好きな施設ですよ」

「……大好き?」



 俺がリーゼロッテのトレーニング狂いについて、服装の他に一点だけ改善できるところを見つけた。


 それは「場所」である。


 庭園の芝生で腹筋をする令嬢など論外だ。

 筋トレをするなら、誰も見ていないところでやってほしい。

 そう願って建てた。



「さあ、お入り下さい。お嬢様のために建てられた、「トレーニングルーム」です」



 俺が扉を開くと、様々な機材が目に飛び込んできた。

 とくと見よ。

 このこだわりの建築を。


 壁際にダンベルやバーベルが置いてあり。

 リーゼロッテが語っていたトレーニングマシンが七種類。



「大体こんな装置だからよろしく」



 と鍛冶屋に丸投げして、親方が半泣きで作ったものが並んでいる。


 隅の方には分厚くて弾力のあるマットが敷かれてあるので、受け身の練習だったらここで好きなだけやってもらって構わない。

 このマットは魔獣の素材や、よく分からないゲル状の物質を混ぜ込んで作ったものらしいが。



「跳躍などの動きを阻害せず。かつ、使った人間が絶対に怪我をしないものを作ってください」



 そう命じられた御用服飾店のお針子が半泣き……いや、泣きながら作ったものだ。


 この施設の使用者は公爵家の人間なのだ。

 自分たちの製品が原因で怪我をした場合は打ち首もあり得るので、恐怖の作業だったことは想像に難くない。



 天井からは細めと太め、二種類の縄が垂れており、ロープトレーニングもできる。

 ついでだからこれも服飾店に作らせた。


 店長は「そんなもの作ったことありませんよぉ!」などと泣き言を言っていたが、為せば成るものだ。


 ロープの取り付け工事には鍛冶屋が同席し、現地で大工と協力しながら金属の加工を行った。



「俺たちに作れない建物なんてない」



 と豪語していた大工の棟梁は、大方の希望を伝えた直後。



「これにぶらさがる!? 強度の計算どうすりゃいいんだよ!」



 と青い顔をしていたが……うん、為せば成る。


 来客の前に汗だくで登場するという過ちを繰り返さないために。

 更衣室と浴室に、化粧品とパウダールームも完備。

 ここで身支度を整えてから本館へ向かえる。


 ついでだからとロウリュができるサウナに水風呂。

 エステと砂風呂の施設までつけて。


 別館の水道工事は配管がどうとか、水圧がどうとか言っていたが。

 これも全て大工の棟梁に任せた。


 奥のウォークインクローゼットには、日の目を浴びることがなかったドレスたちの中から数着がここに移されており。

 わざわざ特注の姿見まで設置した。


 小さめの厨房を付けたからプロテインは作り放題だし、簡易な食事処もある。


 おまけとばかりに火の魔石と魔獣の素材を使い、本館からの道をロードヒーティングし。


 とどめとばかりに床暖房を設置しつつ。

 天井から冷風が噴き出る仕組み。エアコンを取り付け。


 ここまできたらやっちまえ! とばかりに高耐久耐魔術仕様の外壁を採用し、公爵邸の外まで続く、非常時の緊急脱出用地下通路を掘った。


 更に更に……。

 と魔改造した結果、旦那様の執務室よりも快適でラグジュアリーな空間になった。


 強固さは下手な砦よりも上で、緊急時には籠城すら可能な施設である。



 俺は適当な器具と身だしなみを整える設備だけでよかった。

 欲を言えば目隠しと防音機能があればいいかな、くらいの認識だったのだが。


 途中から加わった奥様が更に内装面で要望を出し。

 旦那様が更に機能面で、追加の要望を出した。



 その後。

 権力と金にモノを言わせる打ち合わせが、何度か行われた結果がこれだ。


 打ち合わせの度に職人たちが悲鳴を上げ。

 それを大量の金貨(札束のビンタ)で黙らせる毎日だった。


 公爵夫妻からの追加要望が来る度に現場から嘆きの声が上がり。

 迫る納期の中で、悲嘆と怒号が飛び交う修羅場となったのだが。


 つまりは、多くの人間の血と汗と涙。

 その結晶として完成したものが、こちらのトレーニングルームというわけだ。




 多方面にかなりの無茶を言ったため。

 竣工検査を終えた後には各方面へ、山吹色のお菓子を配ろうとした。


 しかしこの時、既に工事費用は予定額の三倍を超えていたのだ。

 途中途中で追加資金のお願いはしていたが、予算などすっからかんである。


 そのため、工事が終わった後だというのに、俺は泣く泣く公爵様へ資金のおかわりをし。



『職人を労いたいのですが、資金をいただけませんか……。可能であれば、迷惑料も兼ねて少し多めにいただけると助かります』

『ん? 構わないとも。エドワード、金貨を5000ほど用意してくれ』

『畏まりました。すぐに手配を致します』



 意外とあっさり許可が下りた。

 周辺国の国家予算を超えるという、公爵家の莫大な領地収入は伊達じゃない。


 騎士や準男爵なら破産するくらいの工事費用を払い。

 そこに追加で一般人の年収の二十五倍を、ポンと支払う旦那様にもびっくりだが。


 こんな小僧に大金を渡し過ぎだと言わないエドワードさんも、金銭感覚がぶっ壊れているのではないだろうか。



『さて、このお金はアランへの(・・・・・)お小遣い(・・・・)として渡そうか。業者へどれくらい心づけをするかはアランに任せるよ。今回の件もそうだが、アランにはいつも苦労をかけるし……今後も頑張ってもらいたいからね』

『……承知致しました』



 俺に支払われるのは、色々な意味(・・・・・)があるお金だ。

 公爵家から職人たちへ、公式に支払われるお金ではない。


 俺から職人たちへ、適当な名目を付けて渡すことになるだろう。


 口止め料?

 ワイロ?

 何のことかな?


 というお金である。

 とても怖いお金を受け取ったわけだが。これは俺の手元にあっても怖いお金だ。



「あのときお小遣い受け取ったよね?」



 というアルバート様の交渉カードを潰すべく。

 俺は泣く泣く全額を業者にバラ撒いてやることにした。


 本来なら、いくらか俺の分の報酬も中抜きしていいのだろうが。

 それをやると後が怖いのだから仕方がない。


 しかし。



「う、受け取れませんよ、こんなお金!」



 と、業者が全力で受け取り拒否。


 恐らく「あのときお金を受け取ったよね」、「次も頼むよ」といった裏がある資金と見たのだろう。

 一向に受け取る気配はなかった。


 残念ながら、それは恐らく正解だが。

 いつまでも押し問答をしていても仕方がない。


 だから俺は、新技術開発の重要性に関する熱い思いをぶちまけた。


 実際には全てお題目であり、ただただ裏金――違うか。

 慰謝料――でもないか?


 とにかく金を受け取って貰いたい一心で演説を行った。


 それでも職人たちが拒否するのだから、俺は強硬手段に出た。



『これは、公爵家には関係のないお金です! 私個人から新技術開発への投資ということで。ご自由にお使い下さい!』



 という捨て台詞を吐き。

 金貨の入った箱を打ち捨てて、颯爽とその場から立ち去った。


 のだが。返金しようと追いかけてくる業者たちから、猛ダッシュで逃げてくる羽目になった。


 これが先週末の話だ。


 公爵家の圧政を嘆く者がでなければいいのだが。

 まあ、口止め料と迷惑料は押し付けたし。その後返金に来た様子もないから大丈夫だろう。



「……はぁ。いかがでしょうか、お嬢さ――!?」



 俺が遠い目をしながら【PROJECT・GYM】を思い返し、ふとリーゼロッテの方に振り返えると。


 未だかつて見たことがないくらいにキラキラした瞳で。

 うっとりした表情でトレーニングルームを眺めている美少女がいた。


 ……誰だろうこの人?


 俺は隣に突然、唐突に美少女が現れたことに動揺したのだが。


 一拍置いてから。

 それが自分の仕えている主、リーゼロッテお嬢様だと気づく。


 こんな恋する乙女みたいな表情ができたのか、と。軽い驚愕すら覚えた。


 危うくときめきかけたが、落ち着け俺。

 相手はあの(・・)リーゼロッテだぞ。


 そう自分を落ち着けて、一旦深呼吸。

 仕切り直した俺は感想を伺う。



「あの、お嬢様……いかがでしょうか?」

「……こう」

「お嬢様?」



 わなわなと震えるリーゼロッテに再度問いかけると。

 彼女は弾かれたように振り返った。



「最高! 最っっっ高よ!」

「ち、近い。顔が近い! ほらお嬢様、俺じゃなくてあっちを見て!」



 俺は一歩後ずさりながら、奥の部屋から出てきた公爵夫妻と使用人たちの方を指す。


 アルヴィンが「サプライズ」という看板を持ち。

 他の使用人たちもクラッカーなどを持って整列した。


 後は俺の合図待ちである。



「え、ええー。ゴホン。では改めまして、せーの」


『お嬢様! お誕生日、おめでとうございます!!』



 声が一斉に響いた後、乾いたクラッカーの音が響いた。

 お嬢様は呆気に取られたような顔をして、目をぱちくりさせてから。


 ぱっと笑顔を作り、待っていた公爵夫妻のところへ走っていく。



「ありがとう! パパ! ママ!」



 そう言って、旦那様の胸元へダイブして行ったが。

 細身な旦那様では勢いよく飛び込んできたリーゼロッテを抱えきれず、慌てて支えようとした奥様ごと、床へ転がる羽目になってしまった。



「リーゼ! クライン夫妻も! 大丈夫ですか!?」

「はっはっはっは! 元気のいいことだ!」



 そんな三人を、ハルが大慌てで引き起こす。

 この一年で大分鍛えられたようで。今では背の高い旦那様すら、軽く引き上げられるくらいになっている。


 ……うちの主人たちが、ご迷惑をおかけして申し訳ない。


 まあ、それはさておき、この光景を見て爆笑している四十路の男性。

 彼がアイゼンクラッドの国王陛下、別名「東方の武神」その人だ。


 我々がサプライズで誕生日会をやると聞きつけた陛下は、こっそりハルを尾けてきたらしい。


 裏門からこっそり入ってきたハルを迎えに行ったとき。

 護衛の騎士すら連れずにハルの後ろから乗り込んできたときは、心臓が止まるかと思った。


 ああ、着工からここまで長かったし。

 最後の最後で陛下が登場したことには驚いたが。

 これでようやく肩の荷が降りた。



「おいアラン、ボサっとすんなよ。ほれ飲み物」

「おう、ありがとよ。アルヴィン」



 入り口でぼうっとしていた俺は同僚からジュースを受け取り、輪の中に加わる。


 全員がグラスを持ったことを確認したあと。

 陛下から祝いの言葉が述べられ……そのまま乾杯の掛け声が上がったのだが。



「お祝いありがとーっ!」

「えっ? ぶがげばげほ!?」



 乾杯の挨拶の直後、お嬢様は運ばれてきた飲み物の中から一本の瓶をひったくり、思いっきり振ってから俺に向かってぶっかけた。

 シャンパンファイトというやつだ。


 盛り上がるよりも先に、「あーあ。高そうなシャンパンなのにもったいない」と思うあたり、どこまで行っても俺は貧乏性なんだなと実感した。




 今日も今日とて騒がしい一日だが、クライン公爵家ではこれが日常だ。

 これからも変わらずにこんな日常が続くのだろう。


 きっと、これからもずっと。





次々と降りかかる 難題。

合言葉は 生きて帰る。


誰も見たことがない道具。

製作のリミット 三か月。


意外なところから現れた救世主。

ベテラン鍛冶師 大工仕事に挑む。


「公爵邸に来て……自分の力を試すことができて、本当に良かったと思います」


 と、ロードヒーティングの施工を担当した魔術師は、後に語る。



 さて、第一章である、幼少期編終了となります。


 ブックマーク、評価を下さった方々。なろうのアカウント持ってないけど読んでいるよーとメッセージをくれた方まで。ご愛顧ありがとうございます。


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