第十四話 祝・借金完済
「やあ、ただいま、リーゼ」
「あ! パパ!」
「よしよし、いい子にしていたかい? ……? アランはどうしたんだ?」
不思議そうな顔で俺を見る旦那様。
片やお嬢様は、過去一番と言えるほど微妙な表情をしていた。
「あー、いや、アランは、その……ね」
「そうか……知ってしまったか」
唐突に膨大な借金を抱えて呆然とする男。
どうも、アランです。
あの後、殿下とお嬢様から散々追撃を食らい。
生きる屍状態のアランです。
未納分の税金は没落してからの五年分だとか。
相続税がどうとか。
不動産取得税がどうとか。
色々と上乗せされた結果。
殿下が計算した俺の借金は、今や年収の二百年分に届こうとしている。
まあ、詰まるところ。
支払いは不可能という結論に達した。
どうも、今月は市民から子爵になり。来月からは子爵から奴隷になる男。アランです。
「アランはその様子だと……ああ。まだダメそうかな」
「そうね。少し放っておいた方がいいと思うわ」
「そ、そうだね。えーっと。さあリーゼ、父上も来たみたいだし、お、お茶にしようか」
陛下、殿下、公爵夫妻、お嬢様の五人で円形のテーブルに座り、お茶会が始まった。
陛下の付き人がたくさん引っ付いてきたので。
俺は公爵家の人間が座っている椅子から、少し下がった位置で立っていることにした。
わー、王宮のメイドってすごいなー。
礼儀作法が教科書通り。
いや、教科書よりも洗練されているし、気配りが完璧だ。
一つ一つの所作がどうというよりも、全体の流れを見てチームワークで動いている感じね。
うわー参考になるなー。
……もう仕事のことなんて考えている場合ではないのだが、まさか俺一人で帰るわけにもいかない。
今は何も考えず、黙って皆の話を聞いていよう。
そう決めて、俺は庭の置物になっていた。
「へえ、殿下も騎士団の訓練に参加することにしたのね」
「うん。何度か新人用のカリキュラムをやってみたけれど、あれは辛いね。騎士があんな訓練をしているなんて知らなかったよ」
引きこもりがちだったという殿下が、この短い間でここまで外向的になるとは誰が想像できただろう。
お嬢様の奇行が殿下を前向きにするきっかけとなるとは。
怪我の功名というやつだろうか?
「前にも言ったけれど、続けることが大事なんだからね?」
「分かっているよ、無理はしないさ。今後も週に一回は参加させてもらう予定なんだ」
普通の王子ならドン引きして終わりか、不敬だと怒るところを受け入れて。
地獄のトレーニングを受けても、にこにことしているエールハルト殿下。
そして向上心はあるらしい。
もうこの人、お嬢様の運命の人だろ。
頑張れお嬢様。
この人から振られたら、多分次はないぞ。
「うむ。定期的に参加することで配下の仕事ぶりを視察することもできるし、身体は鍛えるに越したことはない」
「はい、父上。精進します!」
元気に答える殿下を見て、陛下も上機嫌だ。
満足そうに頷きながら、公爵夫妻の方を向いた。
「あの貧弱だったハルが逞しく育ってきたことは、良い傾向であるな。……リーゼロッテ嬢と出会って一日でこうなるとは。ははは、クライン夫妻よ。いい娘を持ったようだな」
「へ? あ、はい」
「お褒めに与かり、光栄でございますわ……?」
娘を褒められて怪訝そうな顔をしている公爵夫妻には、もう何も言うまい。
その後もなんてことはない世間話が続き、三十分ほど経っただろうか。
陛下は不意に視線を上げて、俺の方を見た。
見ている。
ガン見だ。
「そこでどうだ、アラン。俺に仕えんか?」
「私が、ですか?」
今の話題は……殿下とお嬢様が通う高等学院の話だったと思うのだが。
何がどうだと言うんだ。
どこに脈絡があった。
「ああ。徒弟制度でクライン公爵家に拾われたのだろう? 従事先を俺に変更しないか……という誘いだ。国王直属の部下だぞ? どうだアルバート」
「陛下が望まれるのでしたら、アランも喜ぶでしょう」
「ええ、陛下にお仕えできるなら、これに勝る栄誉はありませんものね」
相変わらず息ぴったりな公爵夫妻の発言に、俺は背筋が寒くなる思いがした。
嫌だよ。陛下の直属なんて怖すぎる。
拾ったなら最後まで責任持ってくれ!
と、言いたいが、陛下の前で直属を断るのは難易度が高い。
できることは、軽く牽制するくらいだ。
「あの、恐れながら陛下。私は先ほど忠義の誓いをしたばかりなのですが……」
「心変わりすることもあろう。公爵家の使用人は皆、リーゼロッテ嬢の奇行に参っていると聞くぞ。……家令が倒れるくらいにはな」
知ってたんかい。
あんたうちのお嬢様が変人で、屋敷の人間が止められないこと知ってたんかい!?
よく息子の嫁に選ぶ気になったな!?
「だからこそ、お嬢様を支えるべく選ばれたのです。少なくとも、今はここを離れるわけには参りません」
ある意味陛下の器のデカさに感動したが、まあ、それはそれ。
「俺のところに来たら、子爵相当位の……相当の部分を外すとしてもか? 正式な子爵として出迎えるとすればどうだ」
「…………大変名誉なことですが。あの、えー、私は」
「領地はやれぬが、法衣貴族の俸給は……金2000くらいだったか?」
「ええ、子爵で職能がなければそれぐらいかと」
陛下が旦那様に確認すると、旦那様もそれを認めた。
金貨2000枚?
給料が今の二十五倍。それなら借金の返済にも目途が立つ。
これは、大分いいお話なのではないだろうか。
少なくとも、子爵として仕事をするなら「お嬢様のコントロールを一歩間違えたら不敬で首がぶっ飛ぶ」などというシチュエーションは、そうそう訪れなくなるのだし。
公爵夫妻も乗り気だったし。これはいい話だ、それなら――
――いや、待てよ。話が旨すぎる。
ついさっきひどい目に遭ったばかりじゃないか。
学習しろ、俺。
と、俺は頭を振る。
二段構えのトラップという可能性も十分にある。
本当にスカウトしたいなら断っても押してくるだろうし、一度断って反応を見ることにした。
「ははは、陛下。お戯れを。私は未熟者でございますし……子爵の義務に耐えられるとは思えません。謹んでお断りしたく思います」
「ちっ、やはり気づいたか」
陛下が詰まらなさそうに口を尖らせ、公爵夫妻はにっこりと笑っている。
「正式に子爵となれば相応の屋敷に住まなければならないし、格に似合うだけの調度品も必要だ。初期費用で金貨五千枚は必要だろうね」
屋敷の維持費すら払えない俺に、新築の屋敷を用意することなどできない。
「ええ、使用人も雇わなければいけないし、社交にもお金はかかるから。アランには支払いきれなかったでしょうね。先祖代々の利権があってこその貴族ですから」
人を雇う金は無いし、雇うためのツテも無い。
パーティに参加するための衣装ですら、俺の年収相当くらいのお値段になるだろう。
冷静に考えてみれば、多少給料をもらったところで追いつくわけがない。
ほら見たことか、やっぱりトラップじゃねえか!
ていうか何なんだよ公爵家の人間はよぉ!? だから、知っていたなら先に教えろっての!
と。あわや口を突いて出そうになった悪態をぐっと飲みこみ、俺は半目で公爵夫妻を見つめる。
ジト目というやつだ。
「アラン。そう恨みがましい目で見ないでくれ。忠誠心を試すためのテストさ」
「そうよ。私たちはね、アランなら大丈夫だと思っていたの」
「……お眼鏡には、かないましたでしょうか?」
「うむ。問題ない。今後もリーゼロッテ嬢とハルを支えよ」
勘弁してほしい。
ただでさえ命を懸けた舌戦や、借金問題でメンタルが削れているのだ。
これ以上は許してほしい。
だが、最近俺の願いが叶ったことがあっただろうか?
陛下はにやりと笑い、俺に向かって大仰に手を広げた。
「見事試験に合格したアランよ。リーゼロッテ嬢とハルが結婚すれば、用意する使用人の数も増え、お前は必要無くなるだろう。どうだ、お役御免になったら俺の直属にならんか?」
この流れ、まだ続くの!?
そう思ったが、自分でも考えたはずだ。
本当に勧誘したいなら、もう一度押してくるだろう、と。
ああそうか、本当にスカウトしたいのね。
でも、もういい。今日はもういい。
問題は全部先送りにしておこう。未来のことは、未来でまた考えよう。
「お役御免となったときに、まだ陛下がそうお考えであれば……改めて考えさせていただければ幸いです」
「よし、言質は取ったな。安心しろ。このまま順調に育てば、どこにでも望むポストを用意してやるし……どんな希望でも通してみせよう。俺に不可能はないぞ?」
そりゃ国王に不可能はねーだろうよ。
遊びに来た息子の友達に、年収の二百倍もの借金を背負わせても許されるんだから。
「……免状の件といい、過分なご配慮といい、感謝の念に堪えません」
と、一国の王を相手にやさぐれた態度を取っていた俺であるが。
続く言葉で風向きが変わる。
「ふはははは! 全く感謝しているように見えんが。まあよい。旧伯爵邸は来月準男爵になる豪商の……ゴールドバーグと言ったか。まあ、そちらに下げ渡す。未納分の税もそちらに支払わせる。税については心配するな」
え? マジで? 俺の借金チャラ? 自由の身?
……。
「ははあっ! ありがたき幸せ!! このアラン・レインメーカー、今後も陛下に、変わらぬ忠誠を誓います!」
「いきなり態度を変えおったな。現金な奴め。……ま、その免状も五年後には役に立つだろう。大事に取っておけ」
俺は居住まいを正し、敬愛する国王陛下に平伏した。
数秒前までのやさぐれた様子など影も見当たらないくらいに、完璧な礼を取る。
自分で言うのも何だが。この豹変ぶりには、流石の陛下も苦笑いだ。
五年後……俺は十八歳だが。五年後に何かあるのだろうか?
それはまあいい。
その時になれば分かることだし、今考えても仕方がない。
今日の俺は子爵相当の身分をタダで手に入れた上に、誰にでも文句言いたい放題の権利をもらったということだ。
よくよく考えれば、今日は大勝利だ。
今度スラム街の奴らに、貴族になったことを自慢しに行こう。
自慢するだけ自慢して速攻で逃げないと、きっと追剥ぎに遭うぞぉ。
そんなことを考えて、るんるん気分の俺を見て。
アルバート様は微笑ましいものを見るような目をしていた。
「良かったね、アラン。しかし陛下もお人が悪い。最初から屋敷については相続放棄をさせる予定だったでしょうに……」
「それぐらいは許せ。何せ俺は「いたずら小僧」だからな」
陛下は厳つい面に付いている口から、舌をペロっと出して俺を煽る。
許されたとはいえ、「いたずらっ子」発言について、陛下はしっかりと根に持っていたようだ。
……よ、よし、今後は調子に乗らないようにしよう。
そんな教訓を得つつ、俺は生きて城から脱出することに成功した。
ブクマ、評価ありがとうございます!
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