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クリストフ二号



「そうだね。北部の窮状は知っているよ」

「というか、ハルが蕎麦を植えようとしたのって、北部を救いたかったからよね?」

「まあ、主にはそうかな」


 伯爵を連れて王太子殿下の執務室――と言う名の、愛の巣へやって来た。


 ここではハルとリーゼロッテが結構な頻度でいちゃついており。きちんとノックの返事を待ってから入室しないと、顔を真っ赤にしながらバッと離れる二人の姿を見ることになる。


 とまあ、そんなことはさておきだ。

 土下座のような姿勢で減税を願い出た伯爵に対して、北部のことは理解しているという返答が返って来た。


「で、減税はできそうか?」

「……今年だけ乗り切っても、来年以降は変わらないような気もするね」

「質素倹約に努め、三年で立て直してご覧に入れます! ですので、何卒!」


 土下座の姿勢を崩さない伯爵は、自分を頼ってきた子分や民のために頭を下げているのだ。

 しかも普段は敵対的な態度を取ってきた、王宮のトップに向けてである。


「中々に漢気はあるみたいだし、援助が難しいなら俺がやるが」

「いや、減税だけでは不十分という意味だよ。アランからの食料支援を受けることを条件に――補助金でも出そうか」

「補助金?」

「ああ。食糧事情が悪いみたいだし、社会福祉に対しての予算を出そう」


 王国にそんな、近代国家のような仕組みは無かったはずだと首を傾げた。


 しかし隣に座るリーゼロッテはまさに近代国家から転生してきているのだ。

 なるほど、社会福祉については理解がある方だろう。


「伯爵。顔を上げてほしい」

「で、ですが、私は」

「北部は陛下が戦争で傘下にした者ばかりだ。隔意があるのは知っているよ」


 席を立ち、伯爵の肩に手を回したハルは。土下座を維持する伯爵に向けて笑いかけながら、顔を上げさせた。


「王宮からも歩み寄りの姿勢を見せたことはなかったと思う。だが、私は融和政策を目指しているんだ」

「お、王太子殿下……?」

「今は君たちが苦しい時期だろう。しかし、いずれ私たちが、北部貴族の力を必要とする日が来る。だから、今後は共に手を携えて――同じ王国の者として、助け合っていきたいんだ」


 端整な顔立ちに、一切の邪気を感じさせない微笑み。

 後光まで見えるほどの善性に照らされて――伯爵は無言で、号泣し始めた。


「わ、私どもは。今まで、何と器の小さい反抗を……」


 男泣きに泣くこと数十秒。

 少し落ち着いたらしい伯爵は、肩に置かれたハルの手をがっしりと掴んだ。


「過去のことは水に流せばいい。大切なのは、今、苦しんでいる民を助けること。そして未来で、誰も飢えないようにすることだ」

「……はっ、まさに。仰る通りで」


 役人から門前払いを受けていたが、中央の人間は大多数が地方の貴族を。特に戦争で負けて下ってきた者たちを見下している。

 そこに来て次期国王から直々にこの扱いだ。それは伯爵も感動するだろう。


「ここに居るアランは私の側近だ。彼に全権を預けて、北部の救済事業を始める。君の力も、貸してくれ」

「この一命に代えましても、必ずや成功させて見せます」


 何の成果も上げられず帰ろうとしていたところに、王太子直々の激励と、側近を派遣しての一大援助だ。

 これら全ての流れは、絶望していた伯爵の心まで救ったのではなかろうか。


 熱く燃える眼差しでハルを見るグラスパー伯爵は、忠義に燃えている。

 その眼差しはどこかで見たことがあった。


 というか、日常的に見てきた何か(・・)に似ている気がしたのだが。


「あ、クリスか」


 グラスパー伯爵からハルに向けられる視線と似たものを挙げるならば。クリスから俺に向けられる、あのヤンデレ風味な忠義の眼差しに近い。

 ハルが殺れと言えば、相手が侯爵だろうが王族だろうが構わず殺りにいきそうな、危ない瞳である。


「……もしかしたら俺は、とんでもないモンスターの誕生に一役買ってしまったのではないだろうか」


 一瞬、某天才魔術師の幻影が見えた気がしたが。

 まだ、クリストフ二号が誕生したと決まったわけではないのだ。


 だから俺は、何も考えないことにした。


「めでたしめでたし! ってやつかしらね」

「まだ何も始まっていないんだから、めでたしとは――って、待て」


 普通に考えれば既にハッピーエンドな雰囲気はあるのだが。

 ハルの奴は俺に向けて、「彼に全権を預けて救済事業を始める」と言っていた。


「……俺が、やるのか?」

「もう話がついちゃったし、やるしかないでしょ。アランの代打はジョンソンにするから、執事は少しお休みね」


 勝手に内政改革の司令官のようなポジションを与えられて、俺は気づく。


 ――ソバの栽培だけに留まらず、社会福祉事業の全部を丸投げされていると。


 先ほどまではソバの数を増やすだけでよかったのが。今は民衆を飢えさせず、今後も食に困らないだけの体制を作るところまでが仕事になっている。

 王太子殿下の何気ない一言で、仕事の規模が二段階ほど跳ね上がっていた。


「仕事が増えてるってレベルじゃねぇぞ」


 栽培地が見つからないから、適当な北部貴族を見つけて、金を貸す代わりにソバの作付けを推奨させれば終わりだったはずなのに。

 今や王国の北部全部を救わなければいけなくなってしまったようだ。


「このグラスパー。王太子殿下に忠義を捧げます。この命、存分にお使いください」

「ああ、期待しているよ」

「美しい忠義よねー。ドラマにできそう」

「ど、どうしてこうなった!?」


 しかしここで俺が十分に協力しなければ、どうなるだろう。

 ハルは希望を持たせて、持ち上げるだけ持ち上げてから落とした酷い王太子――という烙印を押されるはずだ。


 そうなれば融和政策など二度と実現できないし、最悪の場合は内乱だ。

 この作戦は絶対に失敗ができない。


「その顔を見るに、重要性は分かってもらえたようだね」

「……ハル、お前なぁ」

「頼むよアラン。こんなに大がかりな政策を任せられるほど信頼できるのは、君しかいない。君にしか頼めないんだ」


 キラキラとした純朴な瞳で、俺を見つめてくるなと言いたい。


 俺がクリスを動かすために、詐欺師のテクニックとして「お前にしか頼めない」とはよく言ったが。彼は一切の打算なく、本心から言っているように見えるから困る。


「はぁ……。承知致しました、エールハルト殿下。必ずや成功させて見せます」

「頼むね、アラン」


 俺もまた、いいように操縦されている気がして。

 ハルはいい王様になるだろうなぁ。という感想を抱きながら、部屋を後にした。





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― 新着の感想 ―
[一言] こうしてアランは農家になりましたとさ(指導者だけど)。
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