第百三十六話 出入り、再び
決闘の直後から、まあ色々あった。
会場の撤収や備品の搬出をクリスたちに丸投げしてから、速攻でハルを捕まえて。
必死の頼みに苦笑いをする第一王子から、王宮へ亡命する許可が下りた。
「政治力の低い旦那様に代わり、宮中で後始末をしておりました」
という手紙を限りなく柔らかい表現に変換して公爵家に送り。
仕事をしていると宣言した手前、本当に宮中で工作活動をすることになり。
決闘を見て「あんな野蛮な令嬢が王妃になるなどあり得ない」という至極真っ当な非難をしている貴族家の方々を呼び出して。
ハルをバックに置いての話し合いを、何度も繰り返した。
様々な利権によるアメをチラつかせたり。
商売から締め出すなどのムチをチラつかせたりと。
硬軟織り交ぜた交渉の結果、表だって非難する輩はいなくなった。
陛下と王子のお気に入りである公爵家令嬢への風当たりはそこまで強くなかったので、オマケ程度の処理ではあったのだが。
ここ最近の交渉で一番困ったのは、シルベスタニア家の動向だった。
「何があっても交際は認めない、とか言い出すんだもんなぁ……」
次期王妃に歯向かい、あれほど派手に喧嘩を売りつけた令嬢と長男の縁談。
そんなものが認められるわけがなく、ラルフの実家は交際を断固拒否する方針を打ち出した。
首都と王族の守護を仕事にしている名家なのだから、それも無理はないのだが。
「こいつはちょっとお話が必要だよなぁ?」
その後の動向を調べたところ、メリルはメリルでチョロい性格をしているようで、段々と気持ちがラルフに傾きつつあるようだった。
ある意味お似合いの二人だし、喧嘩するほど何とやらとも言う。
だが、実家の反対でルートに入れないなど、シナリオ崩壊もいいところである。
今さら彼らが破局するのは、全員ハッピーに終わるという俺の方針にも反する。
だから「恋愛くらい好きにさせてやれよ」という諫言をするべく、俺は例の御免状を片手に出陣した。
俺が持つ諫言御免状は、誰に対しても好きな時に、好きな方法で文句を言っていいぞという権利書だ。
多少荒っぽくなったとして許される範囲ではあるが。今回は平和的に行く。
「行くぞ、野郎ども!」
「合点でさぁ!」
「ヒャッハー! 焼き討ちだぁ!!」
「うむ。行くとしよう」
「おーっ!」
百五十人の部下を引き連れて、平和的な話し合いだ。
従者の人数が少々多い気がするものの、まあ誤差の範囲だろう。
相手は近衛騎士を率いる騎士団長なのだから、対等に話すにはこれくらいの兵力も必要になる。
「と、言うのはいいとして」
王宮を出る時に捕まってしまい。
結果として何名か、この場に居てはいけない人間がいるのだが。
そちらを見ないようにしつつ、俺たちはシルベスタニア家の本邸へ向かった。
街行く人がこちらを見てギョッとしていたが、物々しい雰囲気だから無理もない。
討ち入り、殴り込み、又は出入り。
完全に戦争へ向かう恰好で往来を闊歩して、世間をお騒がせしつつ。
人相の悪い一行がシルベスタニア子爵家の屋敷に辿り着くと、早速警備の兵士たちが飛んできた。
「な、なんだ貴様ら――はっ!?」
「敵襲だ! 門を固め――えっ?」
武門の家ということで、見張りのレベルも高そうなのだが。
俺たちの姿、というよりも。先頭を歩く男女の姿を見かけた兵士たちは速攻で跪いていった。
「門を開けろ」
「畏まりました。しかし、少々お時間をいただきたく」
「ダメだ。今すぐ開けろ」
「そうよ。開けなさい? 命が惜しければね」
「…………承知致しました。先導致します」
頑丈そうな門がさっさと開け放たれて、兵長らしき男の案内で本丸に乗り込む。
大名行列のような一行が廊下をズンズンと突き進み、突き当りにあった騎士団長の執務室の扉を乱雑に吹き飛ばして。
彼の部屋に、大量の人が雪崩れ込んだ。
「い、一体これは何事だ!?」
「邪魔するぞ」
先頭の男が我が物顔でソファに腰かけて、騎士団長にも座るように促す。
完全に家主よりも偉そうなのだが、実際に偉いのだから仕方がない。
「あ、あの、陛下? リーゼロッテ様も……」
「単刀直入に言うわ。ご子息の恋愛を認めてほしいの」
「え、ええと……」
「四の五の言うな。はいと言えばいい」
そうです。我らを扇動、もとい先導していたのは。我らが国王陛下と我らがお嬢様のお二人です。
ついでに言うとマリアンネとパトリックの侯爵家兄妹に、目を血走らせて火炎放射機を構えている伯爵家の長男、クリスも居る。
今回はチンピラ五十に近衛騎士百の内訳で、休日の騎士団長さん家にお邪魔したのだ。
権力的にも武力的にも、子爵家に乗り込むメンツとしては過剰戦力もいいところだろう。
ここまで集める必要もなかったのだが。
商会の人間を連れてお話に行く準備をしていたところ、流れで彼らもついてくることになった。
「息子の方から言い出した縁談であろう?」
「好いているというだけで。そ、そこまで重い話ではないかと。それに、リーゼロッテ様は……」
「私のことは気にしないでいいの。彼女とは宿敵と書いて強敵と呼ぶ仲よ」
よく分からない理論を展開するお嬢様はさておき。
二人の間に遺恨が残ったわけでもないので、お付き合いをしても特に不利益を被ることはない。
殴り込みの準備をしていると嗅ぎつけた二人が参戦したので、当初のプランなどもう崩壊している。
が、国王陛下と次期王妃。ついでに有力な貴族家の御曹司などがぞろぞろと付いてきたのだ。これで断れるはずがない。
元々、俺たち第一王子派閥との関係を悪化させたくないから縁談を断ろうとしていたのに。
その中心人物たちが抗議に来たのだから、これには団長もびっくりだろう。
「では、ここにサインをするといい」
「……はい」
王宮に提出する結婚関係の書類。
保護者、保証人の欄に騎士団長の名前が書きこまれた紙を持って、俺たちは悠々と帰還した。
この間わずか七分。電撃作戦の如き襲撃だった。
まあ、結果として彼らの縁談はまとまり。
これで全員幸せになれそうな気がしてきた。
「さて、この紙を使い、どう遊ぶか」
「陛下、こういう案はいかがです?」
「お、何か考えがあるか」
が、それにはこの国王とお嬢様の暴挙を、どこまで抑えられるかが重要になる。
暴れ馬二頭の手綱を引きながら、俺は何とかかんとか、二人の暴走を抑えるために奔走することになった。
出入り。やくざ者が組の総力を挙げて、別な組に殴り込みをかけること。
次に一話挟んで、最終話です。