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3日目 女子力が上がってしまった

サブタイに『〇日目』って書いてありますが、本タイトルがダイアリー(日記)だからという理由だけで付けてるので、作中時間が実際〇日目なのかは関係ありません。


そんな3話です。

 晴れて恋人となった、俺と胡蝶がまず最初に向かったのは近所のスーパーマーケット、の、はずだったのだが……。

「おい、胡蝶」

「なにかしら?」

「ここは……どこだ?」

「私の家の系列の大型商業施設よ」

「なんか道、違うなぁと思ったらこれかよ!」

「ここなら、無い食材が無いわ。スパイスや調味料だって専門の店舗がテナントで入っているし、昆虫から爬虫類までの食材をしっかり網羅しているわ!」

「別に引っ越し祝いで昆虫なんか食わねぇよ。まぁスパイスとか調味料の専門店は確かに心揺さぶられるが……」

「ではここでもう一声。ここには調理器具を専門に扱う店舗もあるわ。中華鍋、中華お玉、スロークッカーとかとか、欲しいって言ってたわよね?」

「そ、それは……欲しい……」

「まぁその辺の調理器具は一通り新居にもうあるから見る必要なんてないんですけどね」

「あるのか!!?」

「ええ。中華料理店で見るような大火力コンロも設置済みよ。それはそれとして、ここは、見るところがいっぱいで飽きない、あなたにとっては最高のデートスポットではなくて?」

「いや、デートでそういうのは違うだろ。そこはお前に合わせるだろ普通」

 当然のことを言ったのだが、なぜこのお嬢様はぽかんとした顔をなさっているので? 俺がそういうこと言うと思ってなかった? 好きなことに目の無い俺でも、流石にそのくらいのデリカシーは持ってますよ。まだまだ俺の分析が甘いな、胡蝶よ。

「コホン。じゃ、じゃあ。今日は何を作ってくれるのかしら、尊?」

顔を赤らめて仕切り直す胡蝶。

「そうだなぁ。引っ越しといえば蕎麦だけど、胡蝶の好きな物の方がいいな。何か食いたい物とかあるか?」

「んー、そうね。なんでもいいと言われるのが一番困るそうだから……。なんでもいいわ!!」

「あえてそれを言うのかよ……いい性格してるよ、俺の彼女様は……」

フフンと鼻を鳴らす胡蝶。いや褒めてねーからって、それも織り込み済みなんだろうなぁ。

「じゃあ、俺の気分がハンバーグだから、ハンバーグな。胡蝶の大好きなニンジンのグラッセをたんと付けてやるよ」

意地悪に笑う。

「ん……ほほほ。嬉しいわ。まったく、ニンジンが嫌いな人なんてこの世にいるのかしらねぇ。あんなに、あんな、に……ごめんなさい尊、それだけは勘弁してください」

「わーってるよ。胡蝶の分は一本丸ごと煮たやつにするから」

「ほんと、ホントごめんなさい。ニンジンは要らないんです! 許して!」

 些細な仕返しが終わったところで、二人で中を回った。

「食材とか調味料は新居には無いんだろ?」

「えぇ。すっからかんだから、今日の内、一通り必要な物を買っていきましょう。今日の所は別に出前でもよかったんだけど、ほら、今日はいろいろな記念日になったわけじゃない? あなたの料理で特別感をより一層演出したくなったのよ。面倒な女でごめんなさいね」

「面倒なのは今に始まったことじゃないから別に何とも思わないし、俺の料理が食いたいって思ってくれたことは純粋にうれしいよ。ありがとう、胡蝶」

 牛竜と豚竜の合い挽肉に、少し牛の方を買い足し。玉ネギ、卵、竜乳、パン粉、塩コショウにナツメグ、焼き用のサラダ油に、ソース用のケチャップと中濃ソース、砂糖、料理酒、みりん、醤油、バター。

「尊、マヨネーズ」

「却下」

「三大調味料よ。マヨネーズ」

「いらない」

「あなただって卵サラダやマカロニサラダ、ポテトサラダに、タルタルソースは喜んで食べるじゃない。なんでマヨネーズはダメなのかしら?」

「それは俺にもわからん。単品のマヨネーズはどうにも受け付けない。今日はタルタルソース作らないから、マヨは要らない日だ」

「サラダには何をかけるのよ」

「ドレッシングをかければいい。玉ねぎベースなら肉にもあうからステーキソースにも使える、一石二鳥だな」

「ジャガイモが安いわ、尊。ポテトサラダを作り置きしましょう」

「お嬢様が作り置きとか言うなよ」

「二人暮らしになるのだから少しそういうところにも気を遣わないと。というわけでマヨネーズ」

「はぁ、分かったよ」

 まぁ、作り置きってことは大量仕込みだ。丸まる一本使ってやればマヨとはさよならできる……。

 そんなことを考えていた俺の目には、カゴに鎮座するマヨネーズ(1㎏)が2本映った。

「お姉さま、これは?」

「誰がお金を出すと思っているの、尊。あなたが作り置きに丸まる一本使おうとしていることなんてお見通しなのよ? それはそれとして、マヨネーズは必要です」

目が笑っていなかった。マヨラーを怒らせてはいけない。そう誓った俺は、ただ、はいと返事をするしかなかった。

 食材の会計を済ませ、大量の荷物を段ボール箱に詰め、その場で家まで送ってもらう手続きをした。

「さてと。じゃあ尊。コスメを見に行くわよ」

「こすめ? スズメの近縁種か?」

「わざと言っているのかしら?」

マジで何を言われているのかわからずキョトンとしていると、胡蝶も察したのか、割かし大きな溜息を吐いて、メイク道具とか、お肌のお手入れの道具の事だと教えてくれた。あぁ、あれらをまとめてコスメっていうんだ……。え、俺がそれを見に行くの!?

「私はナチュラルメイクが好きだけど、尊にはノーメイクで素顔美人なままでいてほしいから、スキンケア系を一通り揃えましょうか」

「なぁ、無駄使いにならないか? 胡蝶も持ってるんだから、胡蝶のを借りちゃダメなのか?」

「女の子は一人ワンセットが基本よ。緊急時以外は自分の物だけを使うの。個人個人で肌に合う合わないもあるしね。それに、尊も女として生きる覚悟をしたのだから、きっちり女子力を上げてもらうわ」

 あぁ、俺はこれから口調以外は完全に女として生きていくって決めたんだったな。好きな女の子のために男であることを捨てたって、字面だけ見ると前後不覚になるな、この状況。

 洗顔料、化粧水、乳液、保湿液を各数種類ずつ、ハンドクリーム、リップクリームに、制汗スプレー、制汗シート、ポケットサイズの櫛と、カゴの中に投げ込んでいく胡蝶。

「な、なぁ。化粧水とか、にゅうえき? とか、同じもんこんなにいるか?」

「馬鹿言わないでちょうだい、尊。あなたの肌にどれが合うのか分からないのだから、試して良いものを見つけるの。赤ん坊のような卵肌のままおばあちゃんになってくれるようにね! 私は、『人はお肌のお手入れを完璧にして欠かさなければ、何歳までならノーメイクで美人と言われ続けるのか』という論文を発表するのが野望なの」

「自分のお肌でやってくれませんかね、それ」

「私はダメよ。だって、もう女として生まれて十何年経ってしまった。幼少から数年はお肌のお手入れなんて言葉も知らなかった時期があるのだから」

「え、俺もお前と年齢変わらんどころか、お肌の手入れなんて女子並みのことは一度もしたことないぞ」

「いいえ、あなたは女になってまだ2日目……も終わるところ。つまり、女に生まれて間もないということ。だから、まだ間に合う!」

「どういう理屈だ……」

「あ、あそこで新作のサンプルを配っているわ、私も欲しいから二人で貰いに行きましょう」

 走り出す胡蝶を追いかけて、化粧品のサンプルをもらう男子高校生(元)。

 その後も、UVカットクリームやら、脱毛クリームやら、こまごまとしたものをカゴに投入。会計の金額は、あれほど買い込んだ食材よりも少ないにも関わらず、それより高額となっていた。普通の女性はこれに化粧品一式が加わってさらに値段が吊り上がると思うと、初期投資が尋常じゃない。女子のおしゃれって大変なんだなと思い知った。

「普通はこんなにしないわよ。本来、一種類買うものを数種類ずつポンポン買っていたらこうなるのも仕方ないわ。私だって初期投資は化粧品含めてもこれの10分の1くらいだったし」

「買いすぎだろ! 俺のこと好きすぎかよ!」

「えぇ、もうゾッコンよ。アイドルにいたら、家を給仕のアンドロイド付けて買ってプレゼントしたいくらい。アンドロイドの給料は当然私持ちで」

「お前の、女になった俺に対する愛の重さが、俺は怖いよ……」

「さぁ、買う物も買ったし、帰るわよ!」

「へいへい」

「あ、荷物は持つわね」

「いや、これぐらい俺がっ!?」

持ち上がらなかった。

「あなた、今、小学生高学年くらいの筋力しかないのだから、無理しないでね。瓶の物も多いし、割ったら大変だわ」

そうだった。今、俺はこいつの荷物を持ってやることができないんだった!

 このままでは彼氏――もとい、彼女として情けないので筋トレを決意したが――

「今、筋トレとか考えたわね、尊。ムキムキ、バッキバキは駄目よ。体型維持程度にしてちょうだい」

始める前から胡蝶に制限を課されてしまったのだった。俺の決意……。

 郊外のデパートから再び車に揺られて、俺たちはついに新居に到着した。

「なぁ、胡蝶」

「なにかしら」

「えっと、こっちじゃなくて、こっちの家か?」

「そうよ」

俺は向かい合った二つの家を見比べる。

「なぁ……」

「なに? 言いたいことがあるならはっきりしなさい、尊」

「お向かい、俺の実家に似てるんだけど……」

「似てるだけじゃない? 他家の空似よ」

「あ、胡蝶さん! お帰りなさい。あれ、ひょっとして、このお家、胡蝶さんのだったんですか!? お家が建ったのは良いけど全然人が住む様子がなかったので、モデルルームか何かかと思ってました。これからはお向かいさんですね!」

 馴れ馴れしく胡蝶に話しかける、聞き慣れた声。あれあれ、胡蝶さん?

「マイシスター?」

「うわ、兄……今は姉貴だった。お帰り。今胡蝶さんに話しかけてるんだから、邪魔しないでくれる?」

紛れもなく俺の妹ご本人だった。

 胡蝶を見やる。

 フフンと鼻を鳴らして、俺に目だけを向ける胡蝶。何でドヤ顔なのか皆目見当が付かない。

「何でちょっと誇らしげなんだよ、お前は……」

「あなたの困惑する顔が見られて満足だからよ。それはそれとして、ご実家が目の前でいろいろと安心ね。ご家族の老後とか」

「そこまで心配するか!? 今から!」

「胡蝶さん、この家に兄貴と二人で住むんですか? 何かされないか心配です」

何かされそうで心配なのは俺の方なんだよなぁとは、マイが絶対五月蝿くなるので言わない。

「尊にそんな度胸があると思っているの? マイちゃん」

「確かに、このヘタレにそんな心配は無用でしたね。今は女同士ですし、なおのこと――」

「あら、女同士だからって、間違いが起こらないなんてこと、無いのよ、マイちゃん」

マイに顎クイ顔寄せをしてからかう胡蝶と、赤面してまんざらでもなさそうなマイ。兄妹で好みが似るとはいうが、頼むから、俺から胡蝶を盗ろうとはしないでくれよ、妹よ……。

「それにね、マイちゃん。尊がヘタレで襲ってこなくても、私は積極性の固まりだから、私から襲いに行くわ」

「胡蝶さん、そんなキャラでしたっけ……。兄貴が女の子になってから兄貴に対する態度が180度変わってますよ。昔は兄貴の方がつきまとってる感じだったのに、今はむしろ、胡蝶さんがつきまとってる……昨日の今日でこの変わり方は、いくら完璧な胡蝶さんでも、流石にちょっと引きます……」

 さすがの胡蝶ファンである妹ですら、この違和感がでかいらしい。うん、当事者の俺がバリバリ感じてるんだから、周りが感じないわけ無いわな。

「あ、そう言えば、マイちゃんにまだ言ってなかったこと、というか、今日のことだから報告って方が正しいのだけれど」

「なんですか? 引っ越しのご挨拶なら全然気にしませんけど」

「いいえ。私、尊と交際する事になったから、という報告を」

あ、マイが固まった。

 胡蝶がマイの目の前で手を振る。

「はっ!? い、いやだなぁ、胡蝶さん。きっつい冗談やめてくださいよぉ~。びっくりするじゃないですか~」

「私がいつ冗談を言ったのかしら」

「いや、兄貴とつきあうって……」

「それ、冗談じゃないわ。もうキスだってしたのよ」

あ、胡蝶、ソレは駄目………と言おうにも、もう遅かった。

「はぁああ!? 男の時は精々いい友達って態度で兄貴のアタックを少しウザいくらいに思ってたのに(私の主観)、なんで女の兄貴とは付き合うんですか!? 容姿だったら私も十分今の兄貴に似てるのに!」

「マイちゃんは、妹って感じが強くて、そういう風に見られないの、ごめんなさいね」

「妹っていうなら、今の兄貴の方が私より背が低くて妹って感じじゃないですか!」

「背丈の問題じゃないのよ。尊が女になったからこそ好きになったというか、女になったからこそ、魅力が5000兆倍くらいになったというか? マイちゃんへの思いが100だとして、男の尊への思いはせいぜい高く見積もっても80くらいだったけど、女になった尊への思いは無量大数みたいな? 声音から、容姿、態度、性格、口調の全てに至って、私の好みドストレート、人生最推し確定と国璽を押しても良いわ」

ここまでベタ惚れされて嬉しいけど、お前とお前の家には流石に国璽を押す権利まではない。……無い、よな?

 あと、俺への評価は5000兆なのか無量大数なのかはっきりしてくれ……。もっというと、俺の男の時の評価がマイより低かったの、何気につらいんだが、しかも高く見積もってって……。

「あら、男の頃の自分の評価が、思いの外低かったことを知って凹んでいる尊も中々可愛いわね」

「このドS……」

「ふふ、何とでも仰いな。今のあなたからの言葉は全てご褒美よ。あ、そうそう、マイちゃん。今日は引っ越し祝いに尊が料理を作るのよ。ご両親も夜勤でいないでしょうし、こっちで食べない?」

「え、兄貴が作るの? じゃあ行く。こんな兄貴でも料理は大好きだし」

「兄貴本人のことも少しは好きになってくれませんかねぇ」

「それはない。胡蝶さんと付き合うのなら、なおのこと無いわ。でも兄貴の作る料理は一生愛してあげる。料理だけね」

「よかったわね、尊。あなたが味覚障害になって、まともに料理作れなくなっても、その料理はずっと愛してくれるそうよ。とんだツンデレさんね」

「ち、違っ!? そ、そういう意味じゃ!」

「顔を真っ赤にして……、愛されてるわね、尊」

「知らない! 私、着替えてくる!」

マイは、逃げるように家に駆け込んで行った。やれやれ。愛情表現の下手な妹だぜ……。

 一波乱あったが、ひとまず新居へ向かう。鍵を胡蝶が開けて先に入り、俺が続く。

「お邪魔します」

「違うでしょ尊」

あぁ、そうか、俺の家だったんだ。

「た、ただいま」

「はい、おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」

「何を言ってるんだお前は」

「やってみたかったのよね、これ。で、どうするの?」

「そうだなぁ。じゃあ、まずは……。荷物だな!」

俺は、玄関先に積まれた段ボールを指差した。デパートから配送された食材たちだ。

「斉藤さん帰らせちゃったから、二人でやらないと行けないのね……」

「いや、違うぞ胡蝶」

「尊! あなたまさか、助っ人にアテが――」

「俺が非力だから、実質、お前一人だ……」

それを聞いて、膝から崩れ落ちる胡蝶。こんな姿は始めて見た。俺を女にした弊害をこんなところで味わうことになったのであった。

 その後、俺の筋トレの制約が少し緩くなったことは言うまでもない。やったぜ。

 胡蝶が頑張ってくれたので、精一杯美味い飯を作ろうと真新しいキッチンに立つ。だが――

「俺の背が足りねぇ!?」

せめてあと15センチは欲しい……

「お困りのようね!」

「そ、その声は!」

「そう、私よ!」

荷運びで疲れて、ゼイゼイ息を切らしている胡蝶が立っていた。いや、無理すんなって。

「とりあえず風呂でも入ってろよ、疲れてるだろ、胡蝶」

「まぁ、待ちなさい。あなたが薬でどんな姿になろうとも、対応できるようにこの家は造られているのよ。見なさい。流し台の下の収納スペースを」

言われるまま流しの下を見ると、床から少し高いところに扉の端があった。扉を開けると、その高さ分、高いところに底板があった。15センチくらいだろうか、結構無駄なスペースにも見える。

 ん? 15センチ?

「気付いたようね、尊。あなたの背が男の頃そのままだと、少し低く感じるであろう、流しの下収納の底を上げた設計。そして、あなたの背が低くなってしまったときのための底上げ設計ということよ!」

胡蝶は、言いながら壁に埋設されたボタンを押した。そんな物まであるのか……。

「おぉお!? これは!」

キッチンの作業スペースが床に沈んでいくではないか。そして、底上げ分が沈むと、そこでぴたりと止まった。

「か、可変式キッチン……だと!?」

フンと、残った力で鼻を鳴らして、じゃああとはよろしくと、胡蝶は気持ちだけ華麗にフラフラ去っていった。

 胡蝶が風呂でリフレッシュをしている間に、俺は調理を始めようと戦場に立った。が――

「電子レンジがターンテーブル式じゃない!? コンロの下にオーブンが!? というか、コンロも普通のが4口あって、外れたところにもう一つ、中華鍋がすっぽり入る大火力のやつ! おいおい、この蛇口はアレか? 中華料理屋で流しっぱなしにしてる……やっぱり! 胡蝶のやつ、俺をどうしたいんだよ、まったく。楽しくてしょうがないな! ああ!? 中華鍋のセット! 包丁まで付いてるだと!? というか、包丁も和洋中、各種揃ってやがる! 炊飯器は一升炊きとかそんなにいらんだろ……。店でも開けってか?」

 本当に一通りの道具が目白押しで揃っていた。作業の手が止まって道具をうっとりと見つめてしまう程度には種類が豊富だった。

「手が動いていないわね、尊。まぁ、そこまで喜んでくれるのなら、揃えた甲斐があったというものだけれど」

 いつの間にか風呂から出て、部屋着に着替えた胡蝶が立っていた。時計を見ると1時間が経過していた。うわ、俺夢中になりすぎ!?

「わ、悪い。すぐやるから!」

「いいわ。一緒にやりましょう。実は、お揃いでエプロンも買ったのよ」

手渡されたエプロンは、横幅こそ少し大きいが、丈は合っていて、胡蝶の物と同様、胸にハートのマークが刺繍されていた。割と恥ずかしい。

「丈は買ったときに少し直して貰ったわ。合ってるみたいでよかった」

「なぁ、このハートは……」

「女子である以上、ハートとは日常的に付き合って貰うことになるわ。あとは、私たちが恋人である証拠だと思って諦めなさい」

「……はい」

不承不承ながら頷いた。

「じゃあ始めましょう。早くしないと、夕食が夜食になってしまうわ」

 それから、作り置き予定のポテトサラダ以外の料理を二人でサクサク作った。

 もう何年も一緒にいる俺たちだ、特に細かい指示出しもなく、阿吽の呼吸で、お互いの欲しい物や作業を、アイコンタクトだけでやりとりした。広めのキッチンも作業の効率化に一役買っていた。

 作業が一通り終わったところで、ポテトサラダの仕込みを始めた。

 ジャガイモが茹で上がるところでマイが来た。

 ジャガイモの皮むきをそのままマイに手伝わせ、潰してアラ熱を取っている間に、オーブンに入れていたハンバーグも良い塩梅だろうと、夕食にする事にした。

 三人で、いただきますと手を合わせる。

 ハンバーグの付け合わせは、串切りにしたジャガイモのロースト、ブロッコリー、バターコーンだ。

 盛り付ける器には、実は鉄板もあったが、今回は片付けのしやすさをとって、普通の丸皿だ。オーブンから出したばかりで熱々だし、問題ない。

「久しぶりに食べたけど、やっぱり、尊のハンバーグは絶品ね。いつでも私の嫁に来れるわ」

「取り柄が一つでもあってよかったわよね、兄貴。料理取ったら、胡蝶さんへのストーカーくらいしか無いもん」

「お前は、ディスるか褒めるかはっきりしろ」

「大丈夫よ尊。マイちゃんは、ただいま思春期と反抗期の真っ盛りで、ツンが8、デレが2ってだけだから。落ち着いたら昔みたいなブラコンに戻ってくれるわ」

「戻りませんし! てか、ブラコンじゃないんですけど! 兄貴とかキモいだけですし!」

「今はお姉ちゃんよ」

「……うーん。どうにも慣れないなぁ。声も見た目も違うけど、口調も仕草も兄貴と変わんないし……」

「ご覧なさい尊。思っていた以上に、この子ったら、尊のことをよく見てるわ」

 あー、なるほど、たしかにと、俺は合点がいって手を叩いた。

「兄貴のハンバーグ貰う!」

残り半分ほどあった俺のハンバーグを、顔を真っ赤にした我が妹が、鳶のように奪っていった。照れ隠しか何かで俺の夕食奪うのはよろしくない。食べ物の恨みは恐いのよ、妹よ。

 まぁ、まだおかわりがあるので、別に痛くはないのだが、少し意地悪をしようと思う。

「素直じゃない我が妹には、おかわりのハンバーグはあげません」

「おかわり、だと!?」

「正確に言うと、明日の弁当用のミニハンバーグなんだが、明日のお前の弁当には入れてやらない」

「ごめんなさい、兄貴。返す、返すからハンバーグは入れてください」

「謝ればソレで良い。そのハンバーグはやるし、お前の弁当にもハンバーグは入れてやる」

こういうときはまだ素直で、反抗し切れてないのが実に愛らしい。

「じゃあ私の分から半分、尊にあげるわ」

「悪いな、胡蝶」

「気にしないで。ご飯を口いっぱい頬張ってるロリの顔って最高だもの」

「お前の俺を見る目が時折恐いよ」

「あなた限定でしかそういう顔にならないから、安心していいわ」

それは喜んで良いことなのかと、俺は呆れ気味に小さく溜息を吐いた。

 ハンバーグに、付け合わせの野菜、サラダに味噌汁、そして白米。普通にそれなりの量があるのだから、1個半ものハンバーグを、胃が男の時の俺より小さい妹に完食できるはずもなく……。

「兄貴、残り、食べて……。入らない」

「悪いな、妹よ。男の時の感覚で作ってしまったから、一個が結構大きめだったんだ。あとな、女になったことで俺の胃の大きさも大分変わったようでな」

「つまり?」

「俺ももう、限界なんだ……」

「いや、私より量少なかったじゃん!」

「うん。多分、お前に盗られてなかったら、完食できずに呻いてるのは俺の方だったと思う……」

「どうすんのこれは……」

「家に持って帰って、明日の朝ご飯にでもしてくれ。朝は軽めにっていうし、そのくらいの量で良いだろ?」

「献立が重いのよ! 朝からハンバーグ食べる女子中学生がいるの!?」

「じゃあ、夜勤明けの父さんにでも食べさせたら?」

「父さんに食べさせるくらいなら私が食べた方がマシよ!」

「じゃあ、そういうことで」

圧強めに。

「明日の弁当のハンバーグはどうする?」

「私の分は明後日に持ち越しでお願いします」

皿にラップをして、マイは、自宅へハンバーグをテイクアウトしていった。

 二人きりの時間に戻る。

 食器を手早く二人で洗い、ポテサラを仕上げてタッパーに入れて冷蔵庫へ押し込む。そして、俺がまだだった風呂に入る流れ。

「覗くなよ?」

「女同士で何を恥ずかしがるのかしら。恋人でもあるというのに」

「だってお前、俺の裸見たら襲ってくるだろ?」

「失敬ね、尊。そんなの、二人きりなんだから当然じゃない」

「だから駄目なんだよ!」

些細な口論のあと、俺は、浴室の扉を施錠して、ゆっくりと風呂に入った。

 誰にも邪魔されず、ゆったりと体を伸ばして浴槽に浸かる。男の頃には、風呂屋にでも行かなければできなかったことだ。そういう面では、この体も案外いいかもしれんと思いつつ、疲れからうつらうつらとしていると、風呂の内扉が勢いよく開かれ目が覚めた。言わずもがな、胡蝶のエントリーである。

「お、お前! どうやって!?」

「全ての部屋の鍵を、私が持っていないわけ無いじゃない!」

さよなら、俺のゆったりバスタイム……。

「胡蝶、とりあえずバスタオルをくれ」

俺は、胡蝶から浴槽の中からバスタオルを受け取って、それで隠れるように立ち上がり、胸から下を覆った。

「女同士なのになぜ隠すの!」

「俺が風呂に入る前の会話をもうお忘れか? お・ね・え・さ・ま!」

「ごめんなさい」

「はぁ……。それで、何の用だ? わざわざ鍵開けて入ってくるなんて、何かあるんだろ?」

溜息を吐きつつ、胡蝶に用件を聞いた。なんだかんだ言っても、本気で嫌だと言うことはやらない女だ。俺自身、鍵こそ掛けてはいるが、そこまで胡蝶に裸を見られることに拒否反応があるわけではない。

 だって好きな人が見たいって思ってくれてるんだぞ?

 これはあくまで、胡蝶の理性が持たないことがわかっているからこその、やむ終えない処置なのだ。

「お風呂でやるスキンケアについて教えてなかったから。せっかく諸々買ったのに、使わないんじゃ無意味だもの」

「風呂に入ってる時にもやるのか……。風呂上がりと寝る前くらいかと思ってた」

「朝起きたときにもやるし、必要なら昼間だってするのよ」

女子ってそんなにするの……。思ってた以上に大変だな。

 そのあとは、真面目モードに入った胡蝶によって、文字通り、手取り足取り、お風呂でするスキンケアを教えてもらった。最後に教えてもらったムダ毛の処理は、バスタオルを取らなくてはいけなかったため、胡蝶が暴走するんじゃと気が気でなかったが、鼻血こそ出していたが、暴走することなく、なんとか教え終わった。

 こうして俺は、胡蝶に体の隅々まで見られてしまったわけだ。恥ずかしいところまで全部だ。ホントよく耐えたよ、胡蝶。あと俺も。

 俺自身も、胡蝶と密着してる時間が長くて、暴走しないようにと、理性が本能と戦っていたのは言うまでもない。

「長湯しすぎると、出なくていい水分まで汗になって出ていってしまうから、程々にしなさいね!」

全てが終わると、そう捨て台詞を吐いて、鼻をタオルで押さえながら胡蝶は出ていった。

 その後、20分ほど湯船に浸かって、風呂から上がった。脱衣所に出ると、胡蝶が立っていた。鼻血は止まったようだ。

「私の言うように長湯はしなかったみたいね」

「ずっと待っていたのか?」

「い、今来たところよ……」

少し頬を赤らめて、初デートの待ち合わせみたいなことを言った胡蝶。デートか! と、思わず突っ込んでしまった。

「ノリが良くて好きよ、尊。じゃあ、お風呂上がりのお手入れね。上がってから30分、いえ、15分以内にこれはやること」

「時間指定まであって、トレーニング後のプロテイン摂取みたいだな」

「私にはよくわからないけど、多分、そんなところよ」

 自分に馴染みのあるもので例えると、途端に理解度が上がるのを感じる。

 それから、化粧水や乳液などの使う順番、量、塗り方、ドライヤーの使い方、ベッドに入るまでの過ごし方までも、事細かにレクチャーされた。

 今日だけで、だいぶ女子力の向上が見られたのではないか? と、少し優越感に浸っていると、それを察知したのだろう胡蝶に窘められた。

「私の補助なしで一通りできるようになってからそういう顔しなさいね、尊」

「はい、お姉さま。善処いたします……」

シュンとしてみた。

 しばらくは胡蝶の補助が付くことになっている。自分のこともあるのに申し訳ない。早く一人で全部できるようになろう、もっと女子力を上げようと誓う俺なのであった。

 それはそれとして、俺のシュン顔や決意顔をスマホで連写するのはやめてくれ、胡蝶……。


「はぁ~。濃い一日だった……」

 ストレッチを終え、今日のことを振り返りながら、寝るために自分の部屋へ向かった俺なのだが、俺の名前の書いてある扉(名前の前後にハートマークが書いてある)を開けると、部屋の広さ目一杯の大きさのベッドが鎮座していた。寝室ではあるが、あるが! それに占有されて他の物がない、本当に寝ることしかできないような頭の悪い部屋だった。まぁ俺の私物はまだお向かいの実家にあるから別にいいんだが……。

 そのベッドの中央にモゾモゾと動く脹らみがある。言わずもがな、胡蝶に違いない。

 あながち、初夜よ! とか宣って、俺をひん剥いて純潔を奪う算段なのだろう。恋人になったわけだし、気持ちの上は正直な話、望むところ、バッチコイなのだが、今日は本当に疲れたので、おとなしく寝たい気分だったのだ。

 今日は、ご自分の部屋にお引き取り願おうと、俺は掛け布団を引っ剥がした。

「…………。え、誰!?」

そこには、寝息を立てる、見知らぬ少女がいた――。

凄く久しぶりになろうにログインして、アクセス解析みたらユニークユーザーさんが毎日0時代に更新確認に来てるようだったので、悪いなぁと思って書き始めました。


おまたせしました。

何かしらリアクション(評価とか)があると脳内で小躍りします。

閲覧されるだけでも結構嬉しいんですけどね……。

読了されたかは分からないんで、ぬか喜びかもしれませんが。

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