1日目 女になってしまった
思い付きで突発的に書きました。
続きは気が向いたら書きます。
ですので一応連載扱いにしておきます。エタッタラゴメンネ。
俺は高校生探偵――ではなく、極々普通の高校生、百合畑尊。百合という女の子同士の恋愛が好きな、どこにでもいる男だ。
ある日、幼なじみの森林院胡蝶と遊園地に行った時に、怪しいコスプレ男を見つけた俺は、興味本位から奴らの後を付けていると、その外見に相応しい怪しい取引をしている現場にたどり着いてしまった。
取引の様子を見るのに夢中になっていた俺は、後ろから近づく奴らの仲間に気付けなかった。
殴られて気を失ってしまった俺は、何か、薬のようなものを飲まされ、目が覚めると――特になにもなかった。
俺は遊園地のベンチで胡蝶に膝枕をされていた。倒れているところを見つけてSPに運んで貰ったらしい。お嬢様はデートの行き先にも護衛が付いているんだな、流石だ。
そのままその日は帰ることになった。お互い肩を並べて帰る家路は、東と西とで、それぞれ昼と夜の境界線を歩いているようで幻想的だった。
あれ? そういえばこいつ、俺と肩が並ぶほど背が高かったっけ?
きっと高いヒールを履いているんだな。おませさんめ。
しばらく歩くと、駐車場で胡蝶の迎えの黒塗りの高級車が扉を開けて待っていた。相変わらずすげぇ威圧感だが、俺も慣れたもので、胡蝶と一緒に車に乗り込んで送って貰う。
車の中で、今日見つけた怪しいコスプレ男について話したり、最近見つけた百合マンガや小説、アニメ、ゲームの話をした。胡蝶は百合好き仲間でもあるのだ。
話している間、ずっと自分の声に違和感があったが、気絶して野晒しになっていたからだろうと気にはしなかった。胡蝶は少し落ち着かない様子だったが、心配してくれていたのだろうか。それなら少しうれしい。
俺は胡蝶が大好きだからな。
家の前で車を降りる瞬間はとても寂しくなる。幼稚園のころからこれは変わらない。
また明日と、別れの挨拶を済ませて、胡蝶の乗った車を見送る。車が視界から消えるのを待ってから、俺は玄関の扉を開ける。
今日も両親は遅い。
両親は胡蝶の家の会社のグループの一つで働いている。
妹も今日は遅くなると言っていた。
冷凍ご飯を温め、インスタントの味噌汁を作り、冷蔵庫で孤独を享受していた昨夜の残りの肉じゃがを冷たいまま食べる。味はシミシミなので特に気にならない。
食事を終えると妹から電話がかかってきた。俺の声が変で、俺の彼女ではないかと疑われた。
失礼な、胡蝶以外と付き合うわけがないだろ。
用件は友達の家に泊まるとのことだった。そっちこそ男の家ではないのか?
電話を切ると、明日提出の宿題を済ませて風呂に入る。
鏡で見ると、胸元がふっくらしていることに気が付いた。
そういえば、最近運動不足だったなと少し筋トレもしておこうと誓った。
体を洗っているとそこにあるべきものが無くなっていることに気付いた。気付いてしまった。
「ん?」
自分の目を疑った。
「いやいやいや」
触らざるを得ない。
「――無い」
無いけど無かったはずのものがある。
エロ系の媒体だと我が国ではモザイクになってしまって見えない箇所が自分の体にある。
性教育では、絵として一応知ってはいるが、こんな生々しく、文字通りその手の中に納める日がこようとは夢にも思わなかった。
俺は烏の行水程度に済ませ風呂を出て、歯を磨き、何かの冗談、夢、幻、疲れているのだと自分に言い聞かせて眠った。
翌朝。昨日まではややゆったりだったパジャマが、ゆったりどころか萌袖が出来るレベルまでぶかぶかになってしまっている事実に頭を抱えた。
「寝る前より縮んでるじゃねーか、俺の体」
声!? たかっ!? 誰!? 俺!?
自分の声に愕然とした。もう昨日までの面影もなく、女の子の声そのものであった。
両親は帰ってきているだろうか、どんな顔をするのだろうかと、怯えながら鏡を見る。
「妹じゃん。妹と書いてマイと読む、我が妹の顔じゃん。あらやだ双子だったのね、あの子」
そんな馬鹿なことを呟いてしまうくらい妹の顔にそっくりだった。なんなら背格好も近いし、両親には妹ってことで通せばイケる!
はぁ、心配して損したぜと、ダイニングへ向かった。
「あら尊。女の子になっちゃったの?」
即バレした。
「はぁ? お母さん、何キモいこと言ってんの? あたしがあんなキモいお兄に見えるわけ?」
精一杯妹になりきって虚勢を張る。
「あんたこそ、ろくに似てもいないマイの真似なんてやめなさいな。それにほら、本人見てドン引きしてるよ」
母の視線にあわせて目を流すと、心底気持ち悪い物を見たという顔で睨みつけてくるマイシスターがいた。あ、詰んでるこれ。
「兄貴、私のことそういう風に見えてんだ、キモ」
「何でバレたんだ! こんなに姿形が似てるのに!」
「何でって、本人が既に居るからじゃないですかね」
冷静な母の言葉が刺さる。
「そうだよ、何でお前もう帰って来てんだよ! 彼氏のとこでお泊まりして、やらしい事してくるんじゃなかったのか!」
「は? キモ。そんなこと一言も言ってないし。つーか、朝には始発で帰るって言ったじゃん。エロいことしか頭にないの? エロ猿」
「マイ、彼氏がいるのかどうかと、昨日のお泊まりについて、母さんに詳しく」
「ちょっと待ってお母さん。今その話はちがくない? 兄貴、女になってんだよ?」
「ふふふ、女はいつまでも恋バナが好きだってお兄ちゃん知ってるのよ。ましてやそれが自分の娘のこととなれば聞かずにいられぬ母などいないのだよ、マイシスター!」
「あら、じゃあ尊の恋バナも聞かせて貰いましょうか? 今、私の娘なんですから。昨日の胡蝶ちゃんとのデートについて詳しく」
「おやおや?」
朝早くから兄妹(?)の悲鳴が木霊する百合畑家であった。
母の口撃に二人でぐったりしていると玄関のチャイムが鳴った。
扉を開けると、そこには胡蝶がいた。やば、俺が出るべきじゃなかった。
「げ、胡蝶」
思わず口に出てしまった。
だが胡蝶は、そんな言葉もつゆ知らず、俺の顔を見るなり、頬を赤らめ、今までに見たこともないような笑顔を一瞬浮かべて元に戻った。
「ご、ごめん。何でもないわ、気にしないで、尊、で、良いのよね?」
「え、えーと、驚かないのか? 俺が、その……」
「女の子になってしまったこと? 別に驚かないわ」
「何で――」
聞いてしまってから俺は、これは言うべきではなかったと言いしれぬ恐怖を覚え、言葉が詰まった。だがもう遅かった。
「何で? 何でってそんなの、私が尊の体をそうしたからよ」
自白したー。こんなあっさり。
「何で、そんな、事……を?」
動揺が隠せない言葉で聞く。というかどうやっての方が重要じゃない、俺?
「うん。少し長くなるけど、話すわ。今日は学校お休みするって、もう連絡してあるから大丈夫。それに今日はいろいろ忙しくなるし」
「忙しく?」
「うん。まぁそれはおいおいね。お邪魔します」
そう言うと胡蝶は、いとやんごとなき所作で靴を脱いで揃え、居間へと向かっていった。ふつくしい……。
「あら胡蝶ちゃんいらっしゃい」
気の抜けた挨拶をする母。一応その子、あなたの働いている会社の元締めの子なんですけど?
「はい、おばさま。お邪魔します。おじさまは?」
「まだ寝てるわ。今日は私と二人とも夜勤だから、夕方までは寝てるんじゃないかしら。私ももう眠るけど、胡蝶ちゃんは気にせずゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「マイ、あなたは学校行きなさいね」
「わかってるって。胡蝶さん、じゃあこのアホのことお願いしますね。兄貴はあんまり胡蝶さんに迷惑かけないでね」
「はいはい」
俺は返事をしながら片手で妹を追い払うようにジェスチャーする。妹は、バーカと捨て台詞を吐いて学校に行った。
そうして居間には胡蝶と二人きりになった。普段なら大変喜ばしいシチュエーションなのだが、今日は気が重い。
「じゃあ、まず、尊が私のことを女性として好きだってことを私は知っていましたってところからね」
「は? お前、知って……」
「何年一緒にいると思ってるの。気づかない方が異常だわ。まぁ、それにつけても、私はどうしてもあなたを恋愛対象として見られなかったのだけど」
衝撃の事実。え、俺そんな無し寄りの無しなの?
「あ、違うのよ尊。あなたに魅力が無いとかそういうことじゃないの。あなたは、人としてとても魅力的よ。顔が悪いわけでもないし、かといって特別良い訳でもないけれど。身分や人種にかかわらず平等に接することができるあなたの存在は、私自身とても救われているし、そんなあなたと懇意にさせてもらってとても誇らしくも思うの。そんなあなたからの好意は、とても喜ばしいとすら思ったわ」
「過剰に褒めてくれてる気もするけど、そこまで思ってくれてるのにダメなのか?」
「ええ。私、あなたの思いに応えたくてあなたを恋愛対象として見ようと頑張ってみたのだけれど、どうしてもダメだったの」
「俺の存在がお前にとって大きすぎて釣り合わないとか?」
「いえ、そんなことは無いわ。自分で言うのは難だけど、あなたの器に見合って余りあるほど、私の家は大きいし恩を返しきれるほどの財もあるわ」
それを言われて少しへこむ俺なのであった、まる
「自己分析してみたの。私がなぜあなたを恋愛対象として見られないのか」
「結果は?」
「単刀直入に言うわね」
一呼吸置くと胡蝶は言った。
「私、ガチ百合なの」
「…………パードゥン?」
「レズビアンだったの! だから男性は恋愛対象にならないの! 初恋は女性の幼稚園の先生だったし、次の恋は小学生の同級生の女の子だった」
「あ! 小学生の時、お前、めっちゃくちゃ俺のこと避けてたときあったよな。あの時か」
「そうよ! 男子と一緒にいるところを好きな子に見られて勘違いされたくなくてあなたのこと避けてたのよ」
「で、その子とはどうなったの?」
「今の状況見れば分かるでしょ?」
「うん、わかるけど、その口で言ってみ?」
「――――!!!! その子に好きな男の子ができて、告白して付き合うことになったので、私の方が彼女から離れました!!! これでいい?」
「あまずっぺぇなぁ。あれ、俺と百合談義するのはひょっとして」
「そうね、私も作品として百合物は好きだけれど、あなたとは根本的に見方が違うわ。尊は、純粋に恋愛ものとして見て、見守っていきたいって感じだけど」
「あぁ、同じ空間にいられるなら無機物になりたい。カーテンとかになって隙間風でゆらゆら揺れていたいし、風鈴になって二人の空気づくりのお手伝いをしたい」
「私は違うのよ。私は、あなたの言う気持ちも十分わかるし、ああいう作品内の恋愛模様を尊いとも思う。でも同時に、あぁ、私もこんな恋愛したいなって思ってる。だから――」
「だから?」
「だから、私は百合漫画みたいな恋愛がしたい。で、私のことを恋愛感情として好きな人がいる。でも男だ。なら、男を女にすれば恋愛できるじゃない?」
「………………? ゴメン、ちょっと何言ってるか分からない」
「だから私、薬剤研究のセクションに働きかけて性転換薬を開発してもらったのよ。昨日あなたが気絶したときに飲まされた薬のことよ」
情報の洪水に押し流されて溺れてしまいそうだ。薬剤研究のセクション……?
「おい今薬剤セクションって言ったか?」
「えぇ、尊のご両親の働いているところドンピシャね!」
そりゃ驚くわけないですよね! 使う相手も目的も分かり切ってたんですから!! あのババア!!
「じゃあ昨日のお出かけの際に遊園地にいたコスプレ男は」
「あれは運転手の斎藤さんよ。取引の相手役はあなたのお父さん」
親父かよ!!
「後ろから殴って気絶させてきたのは……」
「それは私」
「お前かよ!!!!」
「あなたが付いて行くように、わざわざ目立って怪しい恰好させたの。丁度私は激混みのトイレに並ぶって言って離れていたし。まんまと追いかけてくれて助かったわ」
「昏倒した俺に薬飲ませて、女の子にして、SPにベンチまで運んでもらって悠々とお前は膝枕をしていたのか」
「運んだの、尊のお父さんよ」
「親父!? 実は寝てたんじゃなくて、俺と顔合わせ辛かっただけなんじゃないか?」
大きく溜息を吐いて、今の胡蝶の気持ちを聞いてみる。
「で、そこまでして変えた俺の姿はどうですか? 胡蝶お嬢様」
「昨日の変化の途中の感じも悪くは無かったけれど、今朝になって確信したわ。もうトキメキが止まらないの! 好みドストライク!今すぐにでも抱きしめてしまいたいくらい可愛いわ。最初に玄関を開けたときは、あまりの可愛さに一瞬破顔してしまったほどよ」
「あの笑顔はそういう……。おい、じゃあ昨日車の中でそわそわしてたのは――」
「私の好みの女の子に変わっていく尊に悶々としていたのよ。話なんて、ほとんど頭に入ってないわ」
「ひどい……」
「でもお互いよかったじゃない。あなたは私と付き合える条件を満たし、私も超好みの女の子が身近に表れた。ぶっちゃけ今日から結婚を前提にお付き合いを始めたいわ!」
「この国はまだ同性で結婚できないぞ」
「そんなの私の家がちょちょいとすればすぐよ」
「怖っ……。なぁ、俺の顔、妹と大して変わらないだろ。妹じゃダメだったのか?」
「確かに、マイちゃんも可愛いわね。でも、何故かわからないけど、マイちゃんにはそういう感情抱かないのよね。私にとっても妹って感じが強いからじゃないかしら?」
「ふーん。そういうもんか。で、戻る方法とか薬って……」
「そんなものないわよ。なに、戻りたいの? 戻る必要ある? 大好きな私と恋人になれるチャンスなのに」
「えぇ、マジでないの?」
「ないわ。むしろ絶対に作るなとも言ったわ」
「えぇ……」
「さ、説明は終わりよ、尊。今日は忙しいんだから」
「そういえばさっきも言ってたな。忙しいってなんだよ」
「役所やら学校やらにあなたが女に変わったって申請しに行くのよ。本当なら裁判所の証書だったり医師の診断書だったり要るんだけど、大丈夫よ、私の家の力があるから」
「我欲のために自分の家の力を最大限使ってらっしゃるぅ」
「さ、着替えなさい、尊。そんなブカブカのパジャマ姿見せられてると、私、もうさっきからムラムラしてしまっているのよ」
「いや、女物の服なんてないし……妹の勝手に着てったら殺される……」
「そう言うと思って、各種サイズ取り揃えて持ってきたわ!!」
そう胡蝶が言うと、見計らっていたかのようにベランダの窓が開けられ、外から服を持ったメイドさん方が入ってきた。
さらに胡蝶が指を鳴らすとメイドが一人やってきて俺のパジャマを一瞬でひん剥いて裸にした。ブラなど当然しているわけもなく、パンツも男物のボクサーパンツだった。なまじ好きな人の前で裸にされて、俺は恥ずかしさのあまりその場にしゃがみこんでしまった。が!
「女が女の裸を見たって何とも思わないわ、安心して採寸してもらいなさい。もっとも、私は鼻血を止めるのに精いっぱいなのだけれど。素晴らしいわ尊。ムダ毛の一切ないすべっすべの珠のようなお肌に、ささやかだけど確かにそこにある張りのある胸! 男性だった頃から程よく運動して適度に引き締まった肢体! あとはもう少し髪の長さがあれば……」
「人の体を変態オヤジみたいな目線で見るな! 俺は、今まで本当にこいつのことが好きだったんだろうかと疑問を抱いているよ!」
「あら、それはいけないわね。100年の恋が冷める前に私は少し席を外すわ。じゃあ後のことは頼んだわ」
そう言って胡蝶は外に出て行った。
そこからはメイドさんたちに採寸されたり着替えをさせられた。ブラの付け方、外し方まで教わった。なんでも俺の胸は、アンダー(?)が細くて見た目以上にカップはあるそうで、Cだそうだ。
地の肌が綺麗だそうで、メイクはおいおい教えるとのことだった。
着替えが終わると胡蝶が呼ばれて戻ってきた。
俺は、そこでふざけて、くるっと回って見せてやった。百合作品のキャラの真似をしながら。それにしても、スカートって、めっちゃスースーするな。
「どうですか? 胡蝶お姉さま。私、似合っているかしら?」
わざわざ裏声を作らなくても可愛い声が出る女の子ってすげぇなと思った。
胡蝶は俺のおふざけを見ると、顔を真っ赤にして、後ろを向いてその場で黙りこくってしまった。
「おーい、胡蝶。大丈夫か?」
近づいて話しかける。するとバッと振り向いて胡蝶はまくしたてるように言った。
「い、い、今の!! とてもよかったわ尊! これからはそういう風にしましょう、ね? お願い」
「そういう風ってのは、さっきのお姉さまってやつか?」
「それもそうなのだけど、女の子言葉を……たまにでいいの。さっきのが今までとのギャップですごく良かったの」
「そ、そうか。き、気が向いたら、な」
「ええ、お願い」
胡蝶にこういったお願い顔をされると弱い。惚れた弱みってやつだろうか。うん、俺はまだちゃんと胡蝶が好きみたいだ。
「それで、お姉さま。戸籍を変えるのは良いのですが、私は尊という名前のままでよろしいのでしょうか?」
さっそくお願いを利いてみた。小首をかしげて上目遣い。男の時にやったら絶対気持ち悪いやつ。
「ちょっと待っ――いきなりは、反則……かわいすぎる……」
くそ、お前の方が可愛いよ。
耳まで真っ赤にして目を潤ませている胡蝶は、男の俺だった時には見たことない表情だった。今まで知らなかった胡蝶の表情を今日だけですごく見ている。男のままだったら今後も見ることは無かったんだろうなと、少しセンチメンタリズムな気持ちになってしまう。
このままでは話が進まないので、口調を戻して同じことを聞く。
「悪かった。少しからかいすぎたな。で、俺は尊って名前のままでいいのか?」
一つ咳払いをして胡蝶は答えた。
「コホン。変えたいのなら変えてもいいわよ? 私としては変える必要は無いと思うけど。その方が呼びやすいし」
「そうか。じゃあ変えなくていいか」
そしてその日は役所へとむか――わなかった。
俺は胡蝶の住む家、というか屋敷に連れていかれ、必要書類を持参して来た役所の人(課長クラス)から説明を受けながら戸籍の書き換え作業をした。
夕方には学校の男性の校長がやってきて、転勤の通知を受け取っていた。同時に来ていた女性の教頭がその場で校長に任命され、共学の公立高校だった我が校は、明日から女子高になることになった。これが権力……。
「え、今なんて言った?」
「明日から我が校は女子高になるわ、尊。そう言ったのよ」
「いや、他の男子生徒は?」
「隣の敷地を地上げしてもう新校舎の建設が始まっているわ。そっちは男子校よ。もっとも、2ヶ月くらいは自宅でオンライン授業になるけど」
「もともとそこに住んでた人達は?」
「ウチで保有している山を削って宅地を作っているわ。全部一軒家で家も土地も譲渡することになってる。贈与税もこちらで払います。彼らにはそこに住んでもらいます。宅地からは、路面電車をウチの資金で運営する形で敷設するし、不便はないわ。住み慣れた土地を無理言って出て行ってもらうのだもの、そのくらいはするわ」
「それって全部俺一人のためにしてるの?」
「そうよ。と言ってあげたいけれど、もともと男女別の校舎に分けたいという要望はあったし、都市開発や公共交通に関する要望も多かったから。部分的にだけど、先にここで少しやっておこうとなったの。あなたのことは、きっかけくらいにはなっているけど」
「ということはだいぶ昔から計画されていたんですかね、俺の性転換は」
「性転換の薬の開発をスタートしたのは私たちが中3の頃よ」
「2年も前じゃねーか!」
「たった2年で薬を完成させるなんて、ご両親のいる研究室はとても優秀よね」
「はぁ、で、高校建てた後の目標は?」
「来年には高校の裏に大学を作るわ。森林院の私立大学。しかも公立高校からエスカレーターで上がれる稀有な大学よ」
「壮大なご計画です事……」
「端的に目的を言ってしまうと、あなたと離れたくないからよ」
「は?」
「だから、この大学の建設は完全に私の私欲。あなたのために作るのよ」
「うれしいような、ありがた迷惑なような……」
「あなたがどんな感想を持とうがこれは私の自己満足だからいいのよ。言ったじゃない、私はあなたの存在に救われているって。これでもまだ借りを返すには足りないと思っているのよ」
「お前に何か貸しがあったか?」
「そっちに覚えが無くても、私が勝手に借りだと思っていることが山ほどあるのよ。だから迷惑でも受け取っておきなさい。拒否したらもっと長く大きな返し方をするわ」
「もう十分デカいんだが……。わかったよ。お前の気が済むまで返されてやるよ」
「ふふっ、言質取ったからね、尊。私の人生をかけて、あなたに恩を返すわ」
何やら不穏なスケールが聞こえたが、それにつけても、なんて――なんていい笑顔なのだろうと、俺は見惚れてしまっていたのだった。