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とある日王子は天使に出会いました。(100万PV御礼)

以前アンケートで頂いたお題で100万PV御礼を書かせていただきました。遅くなってしまってすみません!!






———その日、天使に出会った。











*     *     *




(……顔が攣りそうだ)


 フィリップは表情筋を笑みの形に固めながらそう思った。


 ここ二、三日、高位貴族の令嬢達(と、その両親)とのお茶会が立て続けにあり、彼は流石にうんざりとした気分を覚えてきていた。婚約者を決めるためのものだとは分かってはいたが、それでも一日中王宮の庭園やら応接室やらを行ったり来たりさせられればそんな気分にならざるを得なかった。


 目の前には自分より一つ年下の少女。彼女は先程からフィリップをちらちらと上目遣いで見ながら延々と家庭教師にマナーを褒められた話をしていた。


(緊張……しているんだろうな、多分)


 彼女は時折手をプルプルと震わせ、フィリップが相槌を挟もうものならびくりと身を竦めて顔を青ざめさせていた。自分が同じ話を繰り返してしまっているのにも気づいてはいないようだった。


 フィリップは腐っても(?)第一王子ということで、醜態をさらせば自分や家族の首が物理的にも社会的にも飛んでしまうかもしれないとでも思っているのだろう。ひょっとすると、両親から粗相をしないように言いつけられているのかもしれない。


 いずれにしても、彼女はこの年齢の少女にしては非常に物分かりが良い方だと思われるが、如何せん王族の妃となるには気が小さすぎる。


(それに、ちょっとやそっとのことでは処罰を下したりしないんだけどな……)


 現国王夫妻であるフィリップの両親もフィリップも多少のことではこの令嬢を罪に問うたりはしない。


 それにもかかわらずここまで怯えられるとなると、自分が何か悪いことをしてしまったような気分になってしまう。


(まぁ、昨日会った令嬢よりはマシだがな)


 昨日の午前中にフィリップが会った伯爵令嬢は一家そろってやたらと派手だった。夜会でもないのにふんだんに着飾り、フィリップの目から見ても高価な宝石をこれ見よがしに身に着けていた。辛うじてマナー違反ではなかったが、少なくともフィリップには好ましいとは思えないいで立ちだった。


 それだけならまだよかったのだが、令嬢と二人になった後、彼女は猛然と露骨な自己アピールに勤しみ始め、挙句最近フィリップに仕え始めたブラン伯爵令息に対し『長男のくせに家門を継げぬ役立たず』『私の家がお前を取り立ててやってもいい』などといった暴言を口走ったのだ。


 これにはフィリップや控えていた侍女から話を聞いた王妃も激怒し、直ちに彼女の両親を呼び出すと、『顔合わせ』を取りやめ、代わりに楽しい楽しい『お話し会』を開催する運びとなった。その場に居合わせた侍女曰く、にっこり上品に微笑む王妃の背後には煉獄らしき景色がチラリチラリとこんにちはしていたそうだ。


 漸く『お話し会』を終えた頃にはフィリップ達はげんなりとしてしまい、次に面会した令嬢には『あの……おつかれさまです』と憐れみの笑顔で気遣われてしまった(午前中の騒ぎについては薄っすら聞き及んでいたらしい)。



 そこまで思い出したフィリップが、ふぅー、と溜息を吐くと、漸くマナーを褒められた話のループから抜け出したばかりの令嬢が再びびくりとした。






 ひたすら怯えていた令嬢との顔合わせを終え、フィリップは昼食を摂りながら控えていた女官に午後からの予定を尋ねた。


「午後からはランバート侯爵令嬢との面会の予定がございます。第三庭園にお越しになるようにとの王妃様の仰せです」


「分かった。ありがとう」


(ランバート侯爵令嬢……確か、第一候補に挙がっている令嬢だったな……。私よりも三つ下だったか)


 ランバート侯爵家は国外にルーツを持つ貴族で、比較的新興の貴族家ではあったが、代々の当主の信望は厚く、新旧の貴族たちから一目置かれている。そのため、王妃との結婚の際にアレコレとやらかしまくった現国王にとっては是が非でも支持を得たい存在なのだった(王弟談)。


 そのランバート侯爵家の長女との顔合わせ。表向きは王妃の友人であるランバート侯爵夫人が自分の娘を連れてきてお茶をしているところに、王妃の思い付きでフィリップを呼ぶことになっているが。


(どんな相手だろう……。……可愛らしい令嬢だといいな)


 フィリップももうすぐ齢八つになる少年としてちょっぴりそんなことを思ったりもするのである。




*     *     *




 王妃()に呼ばれて向かった第三庭園には小さなテーブルと椅子がしつらえられ、見慣れたドレス姿の王妃と、すらりとした金髪の女性が椅子に腰かけていた。


「お待たせいたしました、母上」


「いらっしゃい。こちらに来て挨拶を」


「はい」


 フィリップが前に進み出て挨拶をすると、女性はふわりと微笑んで淑やかに挨拶を返してきた。この女性がランバート侯爵夫人らしい。


「お目にかかれて光栄に存じます、殿下。こちらは、娘のシェリアでございます。———シェリア、貴女も殿下にご挨拶を」


 夫人は苦笑しながら斜め後ろを見やった。フィリップも釣られて夫人の視線の先に目を向けると、そこには幼い少女がいた。夫人のふわふわしたドレスに埋もれるように身を隠して頭だけ小さく出したその少女は、フィリップの視線に気づくとドレスの陰にヒュッと隠れてしまった。


(……!? 何故隠れたんだ!?)


 フィリップが戸惑っていると、少女はまたそろーりと顔を覗かせ、彼をじっと見つめてきた。そのまま目線が合って二人は見つめ合うことになった。



 彼女の瞳に、夏の日差しに透けた深い海をフィリップは見た。



 王妃とランバート侯爵夫人はそれを見て『あらあら』と言いたげに微笑みを交わすと、とりあえずお茶を続けることにしたらしく、それぞれ自分の子を連れて席に戻っていった。




「それでね、———……」


「———やっぱりあの香水は———……」


 母達が弾んだ声で子供たちそっちのけでキャッキャウフフと噂話に興じている中、隣り合わせに座ったフィリップと少女———シェリアはひたすら見つめ合っていた。


 あの後、もじもじとしながらも「しぇりあです」と彼女自身から紹介を受けたが、フィリップは未だ彼女の海色の瞳から目が離せないでいた。


 正直、澄んで美しいとはいえ、彼女のように青い瞳の令嬢をフィリップは数多く見てきたし、彼女以上に美しさや愛らしさを称えられている令嬢も何人かいた。


 でも。


(———目が、離せない)


 空の色を映しながらも深い色味をした青が、フィリップの意識を捉えて離さなかった。海なんて実際に見たことも行ったこともないのに、その海にトプリと浸かっていく感覚すら彼は覚えていた。


「———ィリップ、フィリップ」


「っ、は、い」


 フィリップは自分を呼ぶ王妃の声に、そんな想像から帰って来た。慌てて返事をすると、母はかすかに溜息を漏らした。


「もう、さっきからぼうっとして。お菓子があるのだけれど、貴方も食べる?」


「あ、いただきます」


 あ、しまった。と思ったときにはもう遅く、フィリップの目の前に見るからに甘い、色付けされたアイシングクッキーが給仕の侍女によって置かれていた。


(甘いものは苦手なんだけどな……)


 母は何故だかフィリップにこうして菓子やらなんやらを振る舞うことが多く、元々甘いものがそこまで得意でない彼には少々苦痛に感じられることもあった(例えば蜂蜜パイにクリームたっぷりのココアが付けられて出された時など)が、フィリップが「おいしいです」と言うたびに母が嬉しそうな満面の笑みを見せるので中々本当のことが言い出せないのだった。


(……仕方ない、頑張って食べよう)


 そう心に決めてフィリップはクッキーを一つ摘まみ上げて口に放り込んだ。


(…………あまい……)


 決して渋い顔を見せないようにして何とか一つ咀嚼し、紅茶で流し込むように欠片を飲み込むと、不意に隣から視線を感じた。


(んん?)


 そちらを見ると、再び青い瞳と目が合った。


 シェリアはフィリップを見つめると、フィリップのシャツの袖をクイクイっと引っ張ってきた。


「どうしたの」


 フィリップが問いかけると、シェリアは小さな声で言った。


「あのね、くっきーたべたいの」


「そう、なら侍女を呼んで———」


 フィリップがそう言いかけると、シェリアは掴んでいたフィリップの袖をやや強く引いて、ふるふると首を振った。


「ちがうよ。そうじゃなくて、そのくっきーがたべたいの」


 シェリアがぷくぷくとした手で指し示したのはフィリップの目の前に置かれた皿だった。因みに、クッキーはまだ小山となって彼の目の前に立ちはだかっていた。


 一瞬、クッキーを食べてもらえるなら有難い、という思考がフィリップの頭をよぎったが、


(い、いやいや流石に押し付けるようなのは良くないだろう!? 出されたのだから全部自分で食べなければ!)


 と、彼はそんな考えを緊急停止させ、にっこり笑ってシェリアに言った。


「これと同じクッキーを侍女に用意させるよ。だから少し待っていて」


「ううん、それじゃだめなの」


 尚も頑なに首を振るシェリアに、フィリップは困惑して訊ねた。


「どうして? 同じクッキーじゃ駄目なの?」


「だって」



 ———だって、でんかはくっきーきらいでしょ?



 小さな声で告げられた言葉にフィリップは大きく目を見開いた。


「でんか、くっきーたべるとき、ちょっといやそうなかおしてた。だから、わたしがたべてあげたらいいかなっておもったの」


「……っ!」


 暫し言葉を失っていたフィリップだったが、シェリアのきょとんとした顔に何だか気が抜けてしまって、ふふっと笑みを零した。


「……分かった。じゃあ、お願いしようかな」


「うん!」


 フィリップはクッキーをまた一つ摘まむと、「はい」とシェリアの口元に差し出した。


 ピンク色に化粧されたハート型のクッキーをシェリアは素直に口を開けて頬張った。その瞬間、彼女の顔はふわりと解けるようにほころんだ。


「……っ」




 ———天使が地上に舞い降りた。




 そうとしか表現できないような純粋無垢な笑顔に、ほんのり色づいた頬に、細められた瞳を縁取る金色の羽毛に、サクランボ色の唇が描く曲線に、フィリップは目を奪われ、ストン、と自分がどこかに真っ逆さまに落ちてしまうのを感じた。


 自分が落ちた先が何という場所なのかを悟るにはフィリップは余りに幼く、かといって自分がどうしたいか分からないほど子供でもなかった。


(この子と一緒に居たい)


 もっと話していたい。もっと知りたい。もっと知って欲しい。海の泡のようにそんな思いが幾つも浮かんできたが、幼いフィリップはそれらを掴み損ねてしまうのでぱちぱちと弾けていく。そして最後に浮かんできた特大の泡を、フィリップはそうっと捕まえて抱きしめた。泡はゆっくりとフィリップの心に馴染んでいった。







 グラネージュ王国の第一王子が婚約者を迎えたのはそれから一年と半分経ったある日のことだった。





《おまけ》



「ねぇ、シェリィって呼んでもいいかな?」


「うん、いいよ! でんか!」


「シェリィも、私を名前で呼んでほしいな」


「なまえ?」


「そう。『フィリップ』って呼んでくれるかな?」


「ふぃ、ふぃいっぷ…………うーん」


「シェリィにはまだちょっと難しかったか。なら、『フィル』でどうかな?」


「ふぃる!(特級の笑み)」


「……ッ」


(可愛い可愛いシェリィが可愛すぎるんだがどうしよう)






「……ねぇ」


「何よ」


「この光景ちょっと尊過ぎない? 私今日召されるのかしら」


「どこによ! ……まぁ分からなくはないわ」


「よく言うわね、鼻から赤い液体が垂れてるわよ」




*   *   *



2020/07/15 設定と噛み合わない部分がありましたので、一部修正しました。

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