09
さて──
スクールカーストには、1軍から3軍までがある。
上位カーストといえるのは、1軍に属する者だけ。
自慢じゃないが、ボッチの僕は3軍であり、さらにそこの最底辺。
一方、真紀さんは1軍にいて尚且つ『孤高』の地位にある。
つまり群れることをしないのに、自然と中心にいる人のことだ。
これはクラスの頂点にいることを意味しており、学年全体でも最上位。
こういう人はいい意味で空気を読まないので、時に混沌を起こす。
最底辺男子を恋人にしたよと、宣言するなどの混沌を。
さて、石戸と長本はまだ絶句している。情報が処理できず、脳が死んだかな?
先に回復したのは、やはり長本だった。
やたらと心配した顔で言う。
「真紀、水沢に弱みでも握られてんの?」
この女、失礼を極めすぎだろ。
長本の質問があまりに斜め上だったためか、真紀さんは唖然とした。
この反応を、長本は勝手に肯定と解釈した。
「やっぱり!」
ここで石戸もようやく復活。
「だと思ったぜ。そうでもなきゃ、真紀が水沢なんかと付き合うはずねぇからな」
はい解決、という顔をする石戸と長本。
カースト上位者の事実を捻じ曲げる力は、少なくとも教室という閉鎖空間ではチートだ。
ここが教室の外であり、クラスメイトというギャラリーがいなくて良かった。
どうでもいいが、石戸は何の権利があって『真紀』と呼び捨てにしてるんだ?
真紀さんが口を開いた。やけに穏やかな口調で、
「三咲、石戸くん。どうしてそんな理解不能な勘違いが出来たのか、ほんと不思議なのだけど。とにかく、私が高尾くんと付き合っているのは、100パーセント私の意思だから」
苛立ちを隠しているからこそ、真紀さんはやたらと穏やかな口調だったのかも。
真紀さんの言葉を聞き、長本と石戸は別々の反応をした。
まず石戸は、絶望に顔が歪んだ。
「うぉぉ、そんなぁぁ……」
……なんだ、この恐ろしい反応は。
まさか石戸は、真紀さんに惚れていたのか? 長本というカノジョがいながら、いつか真紀さんをモノにしようと狙っていたわけか。
ざまぁ、ってこういうとき使うのかな。
一方、長本は憎悪の眼差しを、僕に向けてきた。
この憎悪は、秩序を乱した者に向けられるタイプのものだ。
「水沢、あんたなんかのせいで……」
なるほど。この僕が原因で、クラスカーストが狂わされた。それに対して、長本はガチで怒っているのか。
スクールカースト如きで大袈裟な、という気もする。
ただ学生にとっては、学校そして教室こそが、世界の全てに見えるときがある。
ならば、僕は長本の信じていた世界を崩してしまったわけか。しかも、この一瞬で。
同情する気は起きないけどね。
長本が再度、真紀さんの手をつかんだ。
「真紀、ちょっと2人で話したいんだけど。水沢抜きで──ほら、誰と付き合うかはさ、よく考えないと。真紀のためにもならないよ」
真紀さんは長本の手を見た。今回は振り払うことはせず、ただ冷ややかに言った。
「私が誰と付き合おうと、三咲たちには関係ないよね? 私が高尾くんの恋人になったからって、三咲の生活には何ら支障はないでしょ? 仮にそれが不愉快だというのなら、それは三咲の問題だから。私と高尾くんまで巻き込まないでくれる? 理解できたら、手を離して」
長本がビクッとして、真紀さんから手を離す。こうも冷たく言い放たれるとは、思いもしなかったようだ。
「さ、話も済んだし行こ」
真紀さんが僕の手をつかんで、歩き出す。
これ、話は済んだのか? 何か解決したのか?
まぁ、どうでもいいか。
「高尾くん。私、お腹すいちゃった」
「じゃぁモール内の飲食店で、お昼でも食べようか。割り勘で」
財布の中身が乏しいことに、さっき売店で気づいたのだ。
「うん、もちろんだよ。高尾くんと一緒に食事できることが、大切だからね」
しかし長本は諦めず、後ろから言ってきた。
「待ちなよ、真紀! このこと、千沙に伝えておくからね!」
僕と真紀さんは立ち止まる。
千沙? 下の名前からだと、誰のことかすぐに思い出せない。
だが長本が言いつける相手ということは──
ああ、本庄千沙か。
簡単に言えば、僕たちの属する2年3組を統べている女子生徒だ。
教室の空気を作り、もっといえば同調圧力を発生させている女。
カースト最上位は真紀さんでも、真紀さんは群れを統べたがる性格ではない。だから孤高の存在。
対して本庄は、好んで教室の空気を操り、喜んで統べている。天性の女ボス・タイプ。
長本の選択は、妥当だろう。真紀さんを説得できるとしたら、本庄くらいなものだ。
真紀さんは振り返って、
「あのね、三咲──」
長本に語りかけるその口調は、とても優しかった。
これは逆に怖い。怒りを抑えているのが明らかだから。
「千沙なら分かってくれると思うよ。私が誰と交際しようとも、それはクラスの問題ごとではないって」
だが長本は、真紀さんと反対の意見らしい。
「千沙は、こんなこと許さないから。千沙の考えは、真紀も知ってんでしょ? スクールカーストがあるからこそ、学生生活は正しく維持される──ってさ。真紀のやっていることは、そんなカーストへの反逆だよ」
僕と付き合うことって、そんな大事ですか。
スクールカーストって、もう病巣だな。
真紀さんは溜息をついた。
「カーストへの反逆? 千沙は大人だから、そんなバカらしい結論には達しないと思うよ。けど──」
「けど?」
真紀さんが鋭い視線を、長本へと向ける。
長本は怯えた表情をした。
これがカースト最上位の目力。長本三咲など敵ではない。
そして真紀さんは宣言した。
「私たちの邪魔をしたり、高尾くんを傷つけるようなことをしたら、私は容赦しないから。千沙にも、ちゃんと伝えておいてね。行こ、高尾くん」
真紀さんが優雅な足取りで行く。
僕が真紀さんに付いて行こうとしたら、長本が言った。
「水沢。真紀を巻き込んだりして、あんたタダじゃ済まないからね。このクソ陰キャが」
いい加減ウンザリしたので、僕は言った。
「あのさ、長本さん。陽キャだからって、すべての陰キャに干渉できると思ったら大間違いだよ」
長本は理解できないという顔をした。
ま、意外ではない。