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睡魔は判断力を鈍らせる。
里穂から、一緒の布団に寝たら、と誘われたとき、僕は無性に眠かった。
まだ22時30分ころとはいえ、朝が早かったのと、ここまで何かと疲れるイベントが多かったので精神的に。
「布団の左端と右端に分かれて寝るならば」
「高尾、そこまで警戒しなくても。誰も上と下で寝ようとは言ってないから」
「うーむ。じゃあ、それでいこう」
僕が右端で、里穂が左端。
さて、安眠の時間だ。
「ちょっとまった里穂」
「どうしたの?」
「寝ているときに、変なことしてこないように」
「高尾、あたしは変態じゃないわよ。そんな男子を襲うようなことするわけないでしょ」
「まぁ、信じるけど」
「当然よ。はい、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
目をつむると、視界以外の五感がさえる。
たとえば嗅覚。この柑橘系の香りは、隣で寝ている里穂からだ。
ふいにすぐそばで女子が寝ているのだ、という意識が強まる。
ここでいったん目が覚めかけてきた。が。
うーむ。しかしいまさら、なにを動揺することがあるのか。一緒に温泉にも入った仲だし(それもどうかと思うけど)
いっときは遠ざかったか睡魔が戻ってきた。
ふいに寝技をかけられた。
里穂が手足を絡みつかせてきたのだ。
「里穂、こんなことをするなんて約束違反じゃないか」
すると返答は寝息だった。
里穂は寝ているのか!
なんという寝相の悪さ。そして、これはこれでタチが悪い。
「里穂、起きて! こら、起きろ!」
寝息。
起きる気配がない。どれだけ熟睡型なんだろう。
いや、まてよ。
僕はある疑惑を抱いた。
本当に里穂は眠っているのだろうか。
寝相が悪いフリをした寝技だとしたら?
とにかく脱出しなくては──脱出を──
まって、この子、どうしてこんなに寝技に強いの?
暴れるのがいけないのかもしれない。ここはいったん、相手のペースに身を任せる。
そして寝技の締め付けがゆるくなったとき、力の限りに脱出をはかるのだ。
よし、このプランでいこう。
いまだ。
寝技中の里穂の両手をつかみ、向こう側へと押しやる。
瞬間、里穂の目が開いた。
「高尾、寝込みを襲うなんて──現行犯よ!」
「えっ。いやこれは、寝技を解こうとしているところで──」
里穂がほほ笑みを浮かべて、
「あたしに弱みを握られてしまったわね~」
はめられた。
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