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王様の千沙が、ベロチューを命じた──わけだけど。
改めて卑猥な動画を見ていた千沙が、ふいに躊躇いがちに言う。
「まって。私たちは、本当にこれをするの? 本当に?」
さすがに迷いが出てきたらしい。
ポッキーゲームからの事故的なキスと、この意図的に18禁なベロチューとやらでは、やはり次元が違うのだ。
千沙としても、この一線を越えては後戻りできないと気づいたか。
気づくのが遅い。
「いまの王様は千沙なんだから、好きなときに撤回命令も出せるよ」
いや、まった。この返答は間違いだった。千沙の性格からして、こんなことを言ったら逆に迷いを振り切りかねない。
赤信号を渡るな、と言われると渡りたくなる性格。それが千沙。
そこで僕は慌てて付け足す。
「──と思ったけど。ここは是非ともやろう。ベロチューというものを」
こうやって煽ると、千沙は拒否したくなるはず。
つまり赤信号を渡れと言われると、そんな危ないことするわけないじゃん、と答える。千沙はそんな性格。
ところが千沙は、勇気をもらったという様子になった。なんか拳も握って、よしやるぞー、なポーズ。
「水沢くんがそこまで言うのなら、私も迷いを振り切るよ!」
あれ。なんか背中を押しちゃった?
こんなはずでは……
考えてみると、僕が女子の心理など読み切れるはずがなかった。
いちばん単純そうな里穂でさえ、読み取り失敗したのだから。
完敗。
千沙は視線をさまよわせながら、頬を赤らめて言う。
「まず、えーと。どうしよっか?」
「顔を近づけるとか。もっと言うと、口と口を」
千沙がハッとした様子で、
「さすが水沢くん──知識はあるんだね」
さっきポッキーゲームしたばかりなのに、この反応は何なのか。
さては、千沙も加速度的に頭が悪くなっている。
これこそが、小夜が指摘していた異常心理状態か。
異常な環境下では、いろいろとあって知能が下がる。
そのため、ベロチューとかしたがる。
あと『知識はあるんだね』の言い方の、何かが引っかかる。
「じゃぁ、近づけるよ」
里穂ではないけど、こうなったらルビコン川を渡るぞ。
千沙と顔を近づける。
千沙の吐息が感じられる近さまで。
とたん、ドアが思い切り開いた。
小夜が顔をのぞかせてきて、
「はい時間です。水沢さん、次に行きますよ──お二人とも、顔を離してください。何しようというのです?」
ベロチューです。
ルビコン川を渡らずに済んだ。
僕はそそくさと部屋を出る。千沙は、なんか呆然としていた。
廊下に出たところで、僕は言った。
「小夜、狙いすましたような登場だね」
「狙いすました? なんのことでしょうか?」
小夜の考えが、いちばん読めない。
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