08
シネコンの待合スペースまで出ると、やたらと混雑していた。
理由はすぐに分かった。僕たちの観ていたホラーと、初めに観ようとしていた恋愛映画の終了時間がかぶっていたのだ。
「この後どうしようか、高尾くん?」
「とりあえずトイレ」
「じゃ、私はここで待ってるね」
男子トイレに行きを用を足す。
待合スペースに戻ると、真紀さんは一人ではなかった。ただナンパされているわけではない。
同級生の男女2人と話していた。
男子のほうは、石戸亮平。
茶髪で、いつも制服を着崩しているイメージ。
体育会系のクラブに所属していて、当然ながら陽キャ。場を盛り上げるのが得意で、そのためには陰キャを生贄にする性格。つまり、陰キャをバカにすることで笑いを取るわけだ。陰キャの敵だが、クラスの中心人物の一人。
女子のほうは、長本三咲。系統でいうなら、かわいい系。陽キャ男子が相手だと、よくボディタッチしている。あと制服のスカートがやたら短い。
体育会系のクラブに所属していて、当然ながら陽キャ。場を盛り上げるのが得意で、そのためには陰キャを生贄にする性格。つまり、陰キャをバカにすることで笑いを取るわけだ。陰キャの敵だが、クラスの中心人物の一人。
あれ、同じこと繰り返した?
しかし、実際に似た性格なのだから仕方ない。
ただ長本のほうが、石戸より陰湿度が高い。
長本は陰キャの最も傷つくところを、笑いものにする傾向がある。
クラスで孤立しているのに、僕がこの2人に詳しいのは防衛のためだ。
この手のウザい陽キャの性格を把握しておけば、面倒ごとを事前に回避できる。
ボッチは気楽だが、日々をボーとして過ごせるわけでもない。
とにかく長本と石戸は、クラス・カーストの上位グループに属する。つまり、真紀さんが属するグループだ。
にしても、この2人はどこから湧き出たのか?
そうか。石戸と長本はカップルで、さっきまで恋愛映画を観ていたわけだな。映画が終わり待合スペースに出たら、偶然、真紀さんを見つけたと。
真紀さんも同族に出会えて嬉しかろう。
と思ったが、なんだか迷惑そうだ。
ただし迷惑しているのを石戸と長本に感づかれないよう、作り笑いを浮かべているが。
僕はいつのまに、真紀さんの笑みの種類が見分けられるようになったんだか。
真紀さんの視線が、僕に向けられた。
まだ石戸と長本は、僕に気づいていない。
ここで回れ右することもできるが、僕は真紀さんのもとまで歩いていった。
「真紀さん、お待たせ」
「高尾くん──」
「え? 水沢高尾?」
まず長本が僕に気づき、『なんでコイツがここにいるの?』という顔をした。
真紀さんは、僕と一緒なのをまだ話していなかったらしい。または話す気がなかったのか。
あと長本、『なんでコイツがここにいるの?』と言いたいのは僕だから。
石戸も僕に気づく。
「お、マジで水沢じゃん。よー、こんなところで何してんの、お前?」
僕の肩をポンポン叩きながら、石戸はへらへらと笑った。
カースト上位者の馴れ馴れしさには、腹立たしいものがある。この馴れ馴れしさの理由は、相手を自分より格下に見ているからだ。
「シネコンにいる人は、果たして何をしているんだろうね? 映画を観ること以外のことだろうね」
皮肉で答えつつ、石戸の手を払っておく。
長本が僕に対して、ゴミを見るような目を向けてきた。
「ねぇ真紀。マジな話、どうして水沢なんかといるの?」
石戸が面白がるように言った。
「隠れて付き合ってたりしてな」
この口調、ありえないことを語る口調だ。たとえば、『あそこの池に河童がいたりしてな~』と言う感じ。
長本がケラケラと笑った。
「そんなわけないじゃん、亮平~! ってか、それウケるんですけど!」
陽キャに相対するときは、スルースキルを発動するのが無難だ。
にしても、笑いかたが下品な奴らめ。
そのとき、真紀さんと視線があった。
ふと思ったことを、僕は口にした。
「不思議だ。どうして真紀さんは、こんな低能な奴らと友達付き合いできるんだ? どーいう罰ゲーム? 君の友達には、こんな奴らはふさわしくないのに」
場が凍った。
しまった。普段の僕ならば、こんな本音は口に出さないのに。ボッチとして養ったスルースキルはどこにいった?
石戸が僕を睨みつける。先ほどまでの頭の悪そうな笑みが消えている。
「てめぇ高尾、調子にのんなよ?」
「調子にのっていると思われたなら、失礼した。たださ、調子にのるのらない関係なく、本音が出ただけだから」
石戸が殴りたそうな顔をしたが、長本が止める。
「亮平、こんな雑魚相手に本気になることないって」
暴力はまずいと判断したか。
どうせなら、石戸には殴って欲しかった。そうすれば後々、交渉材料になったので。
しかしここで止めてくるとは、やはり長本のほうが嫌な陽キャだな。
いじめっこ気質で、頭がよく回る陽キャほど、陰キャの天敵はいない。
長本は僕を見て、残酷な笑みを浮かべた。
「水沢。あんたさ、これまで通りの学生生活が送れると思ったら、大間違いだから。週明けからさ、地獄を見せてあげるから」
長本と石戸はカースト上位者、ゆえにクラスの空気をコントロールできる。
確かにこの2人がやろうと思えば、ある同級生をいじめの標的にすることも楽勝だろう。
つまり、この標的がいま僕になったわけか。
さらば、平和なボッチ生活。
とりあえず答えておくか。
「そりゃあ、楽しみだ」
「ふん。さ行くよ、真紀」
長本が真紀さんの手を取って歩き出そうとする。その手を、真紀さんは振り払った。
真紀さんの視線が、僕に向けられる。その表情には、決意が感じられた。
「ごめんね、高尾くん。先に謝っておくね。けどこれは、同情からじゃないよ。私はただ、大事な友達を守りたいだけだから。でもごめんね──」
真紀さんが何をしようとしているのか、分かった。
「まった──」
しかし、真紀さんは僕の制止を無視した。石戸と長本に向かって、宣言するように言う。
「石戸くん、三咲。この機会だから、ちゃんと言っておくね。私は、水沢高尾くんとお付き合いしています。いまだってデート中だから、邪魔しないでくれる? ちなみに告白したのは、私からだよ」
石戸と長本が絶句する。
あー、やっちゃった。
真紀さんはよく分かってないのだ。
最上位美少女が最底辺男子と付き合ったら、どうなるのか?
それはクラスカーストの崩壊を意味する。
そして気づけば、僕は笑っていた。
考えてみると、クラスカーストが崩壊して誰が困るっていうんだ?
少なくとも、陰キャは困らない。
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