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僕の心は冷静さを取り戻した。ありがとうテーブルクロス引き。
ふと見ると、里穂がパジャマ(上)を脱ごうとしている。その下はノーブラなのに。
こっちは冷静さの欠片も取り戻していなかった。
「里穂、早まるな。えーと死ぬよ!」
「死なないわよ! ここは攻め込むとき、ルビコン川を渡るのよ!」
ルビコン川を渡る──とは、後戻りのきかぬ道へ歩みだすという意味。
「なんかカッコいい言い回しを使ってきたけど、ようは上半身裸になるだけだからね」
「邪魔しないで、高尾。30分という制限時間を考えると、のんびりしてはいられないわ。本番は前戯が10分、入れてからが2分くらい。ね、高尾?」
なぜか優しい目で言われた。
「2分というのは短いんじゃないのかな。いや、知らないけど」
「試すしかないわね」
「望むとこ──ハッ!」
危うく望むところと応えるところだった。
里穂に精神的に煽られ、僕もルビコン川を渡されるところだったぞ。まさか里穂に、こんな高度な心理攻撃を受けるとは。
「こほん。まぁ2分と思わていても、僕は構わないけどね」
「そうなの、高尾。ふーん」
ナチュラルな流れで、里穂はパジャマ(上)を脱いだ。
しまった。今のは僕を精神的に煽ってルビコン川を渡らせる作戦──と思わせておいて、実はパジャマ(上)を脱ぐチャンスを作るのが目的だったのか。
してやられた。
いや、まった。僕は慌てて視線を逸らしたし、別にしてやられてはいないのでは?
だいたい里穂の胸を見たくらいで、欲情したりはしませんよ。
「高尾、冗談よ。もうパジャマは着直したわよ。だいたい、恋人でもない相手に見せるわけがないでしょ。いくら相手が高尾でも。あたしは、そこまで変態じゃないわよ」
「なんだ冗談だったのか。里穂、君も人が悪い」
視線を上げたところ、普通に上半身が裸だった。白い胸、先端の桜色。
「してやられた!」
勝ち誇る里穂。
「ふっ、してやったわ」
僕も男なので、いざ見てしまうとはこれは困る。
青春とは、こういうものだったのか。ボッチのころは楽で良かったなぁ。
「さぁ、高尾。観念しなさい。この状況では、もう雄の本能は抑えられないわよ」
頭がくらくらしてきた。
里穂の言う通りなような。ふと視線が、コンドームの箱へ向けられる。
封印を解くときが来たというのか。
「里穂、どうやら僕は──」
いきなりドアが開いて、小夜が顔を入れてきた。
「はい、時間でーす。水沢さんは次の部屋へ移動してください」
それから里穂を見て、クスっと笑う。
「渋井さん、ちゃんと服を着てくださいね。風邪をひきますよ?」
ドアが閉まった。
里穂の、静かすぎる声が聞こえてくる。
「心から誰かに殺意を抱いたのは、これが初めてよ」
次の部屋に行こう。
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