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こんなところで千沙に背中をつつかれている場合ではない。
これ以上、皆の『のぼせ』が悪化する前に、脱出しよう。
そこまで考えて僕は唖然とした。温泉が濁り湯なので、湯に浸かっていると問題ない。
しかし立ち上がってしまったら、なんかいろいろと丸見えになるぞ。
里穂が千沙に対抗するようにして、僕にくっ付いてきた。まて、本当にくっ付いてきた。胸が肘にあたる。じかにあたる。
「高尾、観念しなさい」
「この流れで、なにを観念するの!」
こちらも唖然としていたらしい千沙が、ふいに正気に返った様子で言う。
「里穂。それ以上やると取返しがつかないよ。いいのかな? 後悔しても知らないよ」
「千沙。それはこっちの台詞よ。陽菜姉に敗北したくせに、もうあたしに指図できないわよ」
「うん誰が敗北したって?」
仲がいいほど喧嘩するんだよね。
「これのどこが敗北なのかな?」
いきなり後ろから抱きつかれてきた。背中に胸が押し付けられる。対抗心の燃やしかたがおかしい。
「なにしてんのさ千沙!」
「ん。本当だね、何してるんだろうね」
妙に冷静な口調で千沙が離れる。一周まわって悟りの境地に達した?
一方、小夜が笑いをこらえている。
「本当に、なんか盛ったんじゃないだろうね?」
「水沢さん、水沢さん。さすがに犯罪行為には手を染めません。ですが異常な環境下では、理性というブレーキは解除されるものですよ」
タチが悪いなぁ。
もう悩んでいる場合じゃない。ここで逃げとかないと──行くぞ。
「立つぞ!」
そう宣言すれば、里穂と千沙が視線をそらすだろうと考えたわけ。
ところが里穂が謎の興奮で言う。
「何がたつの? 高尾、何がたつの?」
何か期待しているような言い方──で、ハッとした。
「いや、そんな下ネタじゃないからね」
不意打ちで、里穂の顔に温泉の水をかける。
「目に濁り湯が──しみるわ!」
この隙に立ち上がる。さすがに千沙は視線をそらしていた。よし、このあいだに湯から上がろう。小夜は普通に見てきていたけど、小夜はもう『女の子』とは思うまい。
湯から出て、脱衣所へ向かう。ところが向こうから扉が開いて、真紀さんが入ってきた。
「うがっ!」
驚きすぎて、なんかすべって転んだ。いや真紀さんじゃなくて僕が。頭を打つ。痛い。
「大丈夫、高尾くん!?」
真紀さんが駆け寄ってきて、僕の頭を持ち上げた。
そして、この感触は──やわらかい。
それで朦朧とする意識の中で気づいた。
真紀さんに膝枕してもらっていると。
真紀さんとしては、僕の頭部損傷を気遣ってのことだろう。硬いタイルの上で放置してはいけないと(ちなみに頭を打ったときは、動かしてはダメです)。真紀さんの優しさ。
いやまった。これは大変なことになっているのでは。
真紀さんも裸のはずで──暗転。
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