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かつての偉人は言いました。考えるな感じろと。
ところでいまの状況、感じて行動したら何かとまずいと思う。いまは考えるときだね。
というわけで整理しておこう。
小夜はもう遅いとして──ここで里穂、千沙、なにより真紀さんの一糸まとわぬ姿を見てはいけない。
そこの一線を越えると、あとに響くぞ。
まず真紀さんたちが入ってくる前に、体を洗っておく。小夜を視界の外に出しつつ。
そののち、やっと湯船に入る。
さらに湯船の奥へと移動。あとは大浴場の入り口とシャワー側に背を向けて、座るだけだ。
真紀さんたちが大浴場を後にしてから、最後に僕も上がる作戦。のぼせそうだが、これしかない。
気づいたら右隣に、小夜が座っていた。
「水沢さん。そんな退屈な策略、お見通しですよ。そして、わたくしが妨害しないとでも?」
「もう妨害のしようがないじゃないか。僕はここから頑として動かないぞ」
「分かっていませんね、水沢さん。わたくしはすでに、滝崎さんたちの思考を把握済みです。よって断言しましょう。わたくしがこちらに──こうして寄り添うようにして水沢さんのそばにいるだけで、滝崎さんたち3人は引き寄せられると」
なんだ、このヤンデレの自信は。
しかし、そんなことあるはずがない。真紀さんたちは小夜と違って、羞恥心がある。なので僕に裸身を見られたいとは思わない。だから、僕の近くには来ない。
──という推測で間違ってないと思うんだけど。
頭を悩ませていたら、誰かが大浴場に入ってきた。どうやら一人らしい。
「ちょっと井出さん。どうして、そんな高尾に近いところにいるのよ」
という里穂の声がしたので、3人目が誰だか分かった。
そして小夜が、里穂の質問に答える。完全に挑発するような口調で。
「渋井さん。わたくしが湯船のどの位置で落ち着こうと、それはわたくしの勝手ではありませんか?」
なんか嫌な予感がしてきた。
やがて体を洗い終えた里穂が、湯船に入って移動してくる。わざわざ僕の近くまで。
「まった。里穂、とまれ。君の気配を感じるぞ」
背後から里穂が言う。
「え、あたしの気配を感じるって。高尾、それはもしかして愛の告白?」
「そんなに水を跳ね飛ばしながら来たら、誰でも分かるから。というか、なんで近づいてきたの?」
「なんでって──だって井出さんがそんな近くにいるのなら、あたしだけ離れているわけにいかないわよ。この高尾争奪戦にエントリーした以上は」
なんだ争奪戦って。
いやそれよりも、だ。
「いやいや、それこそが小夜の策略だからね。里穂、気づいて。小夜の手のひらの上で踊らされていることに」
「えーと。そんなことはないわよっ!」
ついに左隣に腰かける里穂。
まさか、こんなにもあっさりと小夜に操られるとは。
すると右隣の小夜が言うわけだ。
「わたくしの策略とかは関係ないのですよ。わたくしが水沢さんのおそばにいる以上、渋井さんに選択肢はないのですから」
すべては小夜の手のひらの上でした。
この分だと、ほかの2人もダメだろうなぁ。
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