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07

 




 予告編も終わり、照明は暗くなりそろそろ本編が始まる──

 と思ってからが地味に長い。『映画泥棒』を観るのも詰まらないので、ふと横を見やった。


 別に真紀さんの横顔を盗み見ようと思ったわけじゃないが。

 すると偶然、真紀さんもこちらを見ていて視線があった。口だけ動かして真紀さんが問いかけてくる。


「なぁに?」


 僕は小声で答えた。


「いや……別に」


 さて本編が始まった。

 ようはアメリカ的な陽性な殺人鬼が犠牲者を血祭にあげていく映画だ。殺人鬼はシンプルに殺さず、犠牲者をやたらと痛そうな方法で殺していく。

 それはいいのだが──


 開始30分ほどで、英樹の警告の真意が分かった。登場人物の男女2人が服を脱がせあいながら、ベッドに向かいだしたのだ。

 グロいシーンではなく、エロいシーンに注意か。しかもR15なので、けっこう濃厚な行為に励みだした。


 確かにカップルでもない男女で観るには、刺激が強いシーンだ。


 ちなみにエッチ中の男女のいる山荘の外では、殺人鬼が待機中。早く殺しに来てくれないかな。


 真紀さんは居心地の悪い思いをしているだろうか?

 横顔をチラッと見ようとしたら、真紀さんがこちらに顔を向けたときだった。

 それから僕のほうに身を寄せる。真紀さんの髪からは、柑橘系の良い香りがした。


 僕たちがカップルだったら、キスするのかなと思うところ。


 真紀さんはくちびるが接触する前にとまり、囁いた。


「どうしてこの手のホラーって、イチャつくカップルは犠牲になるのかな?」


 意外と冷静に観ていたらしい。

 僕は囁き返す。


「お約束だから」


「私たちもこの映画の登場人物だったら、殺されちゃうね」


「かもね」


 流れで相槌を打ってから気づいた。つまり、僕らもイチャついていると?


 スクリーンでは、セックスしていた男女が血祭りに上げられている。

 いや、僕は最後まで生き残る童貞キャラだから(しかし童貞も意外と、惨めに殺される率が高いような)。


 とにかくヤバいシーンも無事に通過し、僕はリラックスした。


 スクリーンを見たままポップコーン容器に片手を入れる。すると、ポップコーン以外のものに触れた。

 なめらかな真紀さんの指先に。

 一瞬だけ指と指が絡まる。僕は慌てて手を引いた。顔が熱い。まいったな。


 それからは容器に手を入れるときは、ちゃんと確認することにした。


 やがて本編が終わり、エンドロールに入った。まぁ面白い映画だったかな。


 僕の左隣のチャラ男が立ち上がった。通路に出るためチャラ男は、僕と真紀さんの前を通ることになる。

 僕は両足を引いた。

 暗い館内でも、チャラ男が真紀さんをいやらしい目で見ているのが分かる。おい、お前はカノジョ連れだろ。


 チャラ男が僕の前を通ってから、ひどい棒読みで、


「おっ、危ね!」


 と言いながら、わざとらしく体勢を崩した。事故に見せかけて、真紀さんの太ももに片手を突こうとしてくる。


 その前に僕は右足を突き出し、チャラ男のケツを蹴とばして通路に押しやった。


「てめ、何しやがる!」


「すいません。足が滑りまして」


 するとチャラ男のカノジョが、僕の肩を小突いてきた。


「あんた、ツー君になにすんのよ!」


 ツー君というのが、チャラ男の愛称か。お前のツー君が、真紀さんに触ろうとしたからだろ。


 エンドロールが終わって館内が明るくなる。


 真紀さんが立ち上がり、僕の手を握った。その手は小さくて、あたたかかった。


「行こ、高尾くん!」


「そうだね──」


 真紀さんが駆け出し、僕も続いた。手をつないだまま。


 ツー君の前を通り過ぎたところで、怒声が飛んでくる。


「おい待てよ! 蹴とばしてくれやがって、逃がさねぇぞ!」


 真紀さんは軽やかに振り返って、ツー君に言う。


「私のカレシに、何か文句があるの?」


 そして笑顔。美しさのあまり、敵の敵意を削いでしまう笑みだ。


「……いや、ねぇけどよ」


 ツー君、敗北。ツー君のカノジョが、その体たらくにキレていた。知ったことじゃないが。


 僕と真紀さんは劇場を出た。


「僕は、いつ真紀さんのカレシになったっけ?」


「そうしたほうが、場が収まりやすかったから。嫌だった?」


 そう言う真紀さんの口調は、面白がるよう。いやこれは作られた口調だ。その奥からは、不安が感じ取れる。


「……まぁ、そういう理由があったなら別にいいよ」


「それとさ、高尾くん」


「なに?」


「さっきは、守ってくれてありがと。カッコ良かったよ」


 真紀さんは微笑みを浮かべる。

 この微笑みは、先ほどチャラ男に対したものとは違った。


 柔らかく親しみのこもった笑みだった。








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