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「まって。異議を申し立てる」
と、千沙が弁護士風に言った。
「エッチな匂いってなに? そんな意味不明な理由で嘘つき呼ばわりされるのは我慢できないんだけど」
小夜はクレーマーに対処するように沈着に応える。
「エッチな匂いとは、甘酸っぱくも18禁な匂いのことですが。嗅いだことがないというのでしたら、あなたは処女なのですね、妹さん」
「えーと……嗅いだことは、あるけど」
あからさまな嘘をつく千沙。
とはいえ、他に選択肢はないのか。
ここで嗅いだことがないと白状すると、処女であることがバレる。
すると、今さっきまで2階で事は起きていなかったと知られてしまうわけで。
「でしたら、いまご自身たちからエッチな匂いが醸し出されていないこともお分かりかと」
「そうだね……え、ちょっとまって。どうしてそうなるの?」
千沙が助けを求めるような視線を向けてきた。
千沙をもってしてもヤンデレには歯が立たないのだ。英樹が振り回されるのも当然だなぁ。
ふと一発逆転の手を閃いた。
というか、初めからこの指摘をするべきだったかも。
「小夜さん。君も、処女なんじゃないのか? 処女ならば、エッチの匂いとかも知らないはずだぞ」
しかし小夜は動じず。
「その点を明確にしたいのでしたら、英樹に聞いてみてください」
この自信に満ちた返答は、ブラフではない?……
僕たちを見守っていた陽菜さんが、ここで口を開いた。
「結論は出たようだね。千沙、お姉さんとして哀しいな。嘘をつかれちゃうなんて」
「だ、だから、したって言ってるよね? 妹の言葉を信じてよ」
千沙は諦めず言い張る。
ここで嘘を認めてしまったら、もう後がないのだ。
「だったら今、千沙の部屋に入ったらあるわけだよね?」
千沙は小首を傾げた。
「何が?」
「証拠物件」
「え?」
千沙はよく分からないという顔だ。
僕も内心で首を捻った。
何だろうか、証拠物件とは。
「使用済みの避妊具が」
千沙は秒殺された。
「すいません。ありません。嘘でした」
陽菜さんは溜息をついた。
「私も少し焦っちゃったのかも。ごめんね、千沙。こういうことは無理にすることじゃないよね。ムードが必要だものね。私が間違ってた」
千沙が希望をこめて尋ねる。
「姉さん──じゃぁ留学先に帰るの?」
陽菜さんもようやく自分の暴走に気づいたようだ。
僕も期待をこめて、陽菜さんの返答を待った。
すると。
「んー、そうだねぇ。週末、千沙は水沢高尾くんと甘酸っぱいデートをして、しっかりとエッチしてみよっか。そうしたら、私も安心して戻れるし。さ、今からプランを立てようか、2人とも」
ニッコリする陽菜さん。
その隣で小夜が、うんうんとうなずいている。
まてよ。
この2人、思考回路に著しい欠陥があるんじゃないのかな。




