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真紀さんがふいに立ち上がった。耳まで顔を赤くしている。
「こんなバカな話──この事態を単語にするなら……『は』から始まる単語です」
どうやら真紀さんは、この手の流れに免疫がなかったらしい。
『は』から始まる単語も思い出せないくらいに動揺している。
里穂が首を捻って、
「破壊王?」
僕は修正しておいた。
「破廉恥だと思うけどね」
「本庄陽菜さん。これ以上は、あなたの愚かな行為には付き合っていられません」
すると陽菜さんは玄関のほうを指さす。
「お帰りはあっち」
真紀さんは僕を見る。何やら複雑な感情がよぎる。
「わたし、帰るね。高尾くん──間違いを犯さないって、わたし、信じてるから」
信頼と安心を置いて、真紀さんは行ってしまった。
続いて里穂が、戦地に行く友を見る目で、
「高尾。こうなったら、取れる選択肢は一つだけ。運命を受け入れるのよ」
「……」
「じゃ、あたしも帰るわね。事後報告、期待しているわよ」
それだけ言うと、里穂は逃げるように立ち去った。
『結婚を前提の恋人』設定なのに退散するの早いなー。
僕も帰りたい。それが叶わぬなら、もうこのまま墓場に入りたい。
千沙が舌打ちしてから、僕のもとに来て、手首をつかんできた。
「水沢くん、来て。いいから、文句いわず」
千沙に連れられ、階段を上がる。
向かった先は、どう考えても千沙の部屋だった。甘い匂いがした。
「水沢くん、よく聞いてね。別に何もしなくていいから。このまま時間を置いてから、1階に下りる。で、その──やることはしたと報告。すると姉さんは満足して、留学先に帰るでしょ。私の安寧たる生活が戻ってくる」
陽菜さんを騙すわけか。それしか手はなさそう。
「なるほど。で、どれくらい時間を置くの?」
「まぁ水沢くんなら、いいとこ5分じゃないの。相手、私だし」
「……まぁ、いいけど」
千沙は何やら熟慮していたが、ふいにハッとした様子で、
「バービージャンプって、知ってる?」
「知ってる」
「じゃ、いまからやるから。水沢くんはそっちで」
「まった。どうして、ここでバービージャンプしなきゃいけないんだ」
「あのねぇ、水沢くん。私というお姉さんが教えてあげるけど」
「いや同い年だから」
「精神的なお姉さんという意味だよねぇ。とにかく、エッチというのはハードな運動──らしい──よ。だから5分後、私たちが普通にしていたら、姉さんに疑われること必至」
納得するべきなのだろうか……
というわけで時間がくるまで、黙々とバービージャンプ。
何が嬉しくて、千沙の部屋でバービージャンプ。
やっと時間になったころ、僕と千沙は程よく汗をかき、息も乱れていた。
少なくとも、ハードな運動をしたことは嘘じゃない。
しかし、千沙は何か不安そうな顔だ。呟き声が聞こえてくる。
「何か足りないような気がするけど……経験がないから何が足りないか分からない」
「とりあえず、これで試してみよう」
「ん。じゃ行こっか」
千沙とともに、居間に降りる。
「さ、これで満足、姉さん? 無事に寝取り返したわけだし、水沢くんは私のものだよ」
陽菜さんは僕と千沙を眺めてから、
「小夜ちゃん」
小夜が一歩前に出る。
「はい陽菜お姉さま」
「確認して」
「承知しました」
小夜がまず僕に近づいてきて何をするかと思えば──
匂いを嗅いできた。
「!?」
続いて千沙に近づき、同じくクンクンとする。
それから、陽菜さんに報告。
「まったくエッチの匂いがしません。よって2人は何も致してないかと」
このヤンデレ、ホントなんなんだろう。




