06
男女で恋愛映画を観るのは、カップル限定だと思っていた。
だがそれは狭量な考えというものだぞ、と自分に語りかけてみる。カップルでなくても恋愛映画を観てもいい。泣けるらしいし。
自動券売機のタッチパネルで操作して、目的の恋愛映画を選択。次の回の上映開始は20分後なので、丁度いい。
ただ座席が問題。カップル多数のシネコン+恋愛映画ときたら混雑は避けられない。ほとんどの席が埋まっていた。
空いている座席は4席だけ。あいにく隣り合った2席は空いてない。4席のうち、まともに鑑賞できそうな位置もひとつだけだ。
この席を譲るのが、レディファースト?的な考えだろう。
「真紀さんは、この中央付近の席にしなよ」
真紀さんは何も言わず、タッチパネルの『戻る』を押した。
「真紀さん?」
「高尾くん。2人で来たのに離れた席に座るって、意味ないよね?」
「じゃ、次の次の回にしようか?」
「別の映画でいいかな。高尾くんのお勧めは?」
お勧めというほどのものはない。ハリウッド大作も混んでそうなので、最初に目に付いた映画を勧めてみた。
「この洋画ホラーはどうかな? 次の回は15分後だから待たずに済むし。真紀さん、ホラー系は苦手?」
「ぜんぜん」
「じゃこれでいい?」
「高尾くんと観れるなら、どんな映画だって楽しいよ」
昨日も似たようなことをメッセージで送ってきたような。どこまで本気なのか冗談なのか。カースト最上位の思考は読みがたい。
こちらも人気作のようだが、まだ席は空いていた。中央端の2席を選ぶ。もちろん隣り合った席だ。
その後、真紀さんが化粧室に行ったので、僕は売店に並ぶことにした。タイミングを見計らったかのように、英樹から電話がきた。
「もしもし」
『おう。滝崎さんとはどんな感じだ?』
「観る映画を決めたので、僕は売店の列にいるよ」
『ドリンクとかはお前が奢れよ、高尾。カレシがカノジョに奢るのが、カップルのマナーってもんだ』
おかしい。英樹は頭もいいほうなのに、何度カップルを否定しても理解してくれない。真面目に脳の検査を勧めたくなってきた。
もういちいち否定するのも億劫だ。
「……それ、大事な助言?」
『大事な助言の一つだな』
「じゃ従うよ」
『あ、そうそう本題は別にあったんだ。いま洋画ホラーやってんと思うけど、これは選ばねぇほうがいいぜ。オレはこの前カノジョと観たんだが、結構ヤバいシーンがあったからな。まぁオレたちは問題なかったけど、お前らは心配だ』
ヤバいシーン? グロ描写があるということかな。そういえばR15指定だったような。
「残念だけど、そのホラーのチケット買っちゃったよ」
『え、なんだって!』
「心配することないって。真紀さんがグロいの苦手だったら観るのやめるから。あ、真紀さんが来たから、じゃあね」
『おい、グロが問題じゃなくて問題はエ──』
僕は通話を切った。
「高尾くん。スマホの電源は切っておかないと」
「あ、そうだね」
スマホの電源を切ってからポケットに入れた。
「真紀さん。友達から聞いたんだけど、このホラー映画、けっこうグロがきついらしいよ。大丈夫?」
「うん平気、心配してくれてありがと」
「なら良かった。それと、ポップコーンとドリンクは僕が奢るよ」
すると、真紀さんが悪戯っぽく言う。
「男の子が奢ってくれるのは、カップルだけかと思ったよ」
「それは狭量な考えだと思うね。友達同士でも奢るはずだ。現に僕がいま、奢ろうとしている」
「ふーん。私、高尾くんの友達なんだ?」
「え?」
「ただの『隣の席の女子』から、ランクアップできたのかな?」
「……まぁ僕はケチな性格だから、奢るとしたら友達だけだよ」
僕の返答を聞くなり、真紀さんは幸せそうな微笑みを浮かべた。
「なんだか、すごく嬉しいよ、高尾くん」
「それは……良かった」
よく分からないが、ドギマギした。
真紀さんを見ていると平常ではいられなかったので、視線を売店へと移す。
「だけど高尾くん。私はまだ満足できず、次のランクを狙ってるかもよ?」
「え?」
真紀さんの謎発言を問いただす前に、売店の順番が来た。財布を出しながら尋ねる。
「真紀さん、飲み物は何がいい?」
「オレンジかな」
僕は店員に言った。
「じゃオレンジジュース2つと、Sサイズのポップコーンが2つ」
すると真紀さんが店員に向かって、
「すいません、訂正します。ポップコーンはLサイズが1つで」
注文を終えてから、僕は首を捻った。
「真紀さん、ポップコーンはいらなかった?」
女の子だから、カロリーの高い菓子は控えてるのか。そこまで気が回らなかったな。しかし、なぜ僕のポップコーンを勝手にLサイズにしたのか。
「いるよ。映画といったらポップコーンだよね」
「だけど1個しか注文してない」
「2人で、ひとつのポップコーン容器から食べればいいよね?」
「あー、だからLサイズ1個……」
そんな食べ方はカップルだけかと思った──という思考になんか疲れた。
ドリンクとポップコーンをゲットして、劇場へ移動する。
僕と真紀さんの座席は、中央付近の列の右端2席。
つまり通路側の席と、その左隣の席だ。
さらにその左隣席には、見るからにチャラ男とその恋人が座っていた。
真紀さんに気づくと、チャラ男は舐めまわすように見てきた。
真紀さんは僕の恋人などではないが──これはなかなか不愉快だ。
「真紀さんは通路側に座りなよ」
「ん、ありがと」
隣に座ったのが僕だったので、チャラ男があからさまに舌打ちしてくる。お前の隣に真紀さんを座らせるわけがないだろ。
僕が間に入っているので、チャラ男の視線から真紀さんを守れる。
「そういえば、店員さんにトレイをもらうのを忘れたね」
トレイを真ん中のドリンクホルダーに差し込めば、そこにポップコーンを置けたのに。
「ポップコーン、どうする?」
「高尾くんが膝の上にのせておいてくれる?」
「いいよ」
僕は真紀さん側の膝の上に、ポップコーン容器を置く。
真紀さんが白い手を伸ばしてきて、指先でポップコーンを取って口に運ぶ。美味しそうというか、満足そうな顔をする。
そうか、そうか。真紀さんはポップコーンが好きなのか。
「たくさん食べたかったら、真紀さんが自分で容器を持ってもいいんだよ」
僕が親切心からそう言ったら、なぜか溜息をつかれた。
「高尾くんが持っていてくれて、そこから私が食べるほうが──アレみたいじゃない?」
「アレって?」
「それは、カ……なんでもないよ」
「まさか、いまカップルって言おうとしたんじゃ──」
「ほら、もう予告が始まったよ。お喋りは厳禁」
そう言って、真紀さんは追及の手を逃れた。
ポップコーンは僕の膝上のままだ。
「まぁいいけど」