表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/117

06

 








 男女で恋愛映画を観るのは、カップル限定だと思っていた。

 だがそれは狭量な考えというものだぞ、と自分に語りかけてみる。カップルでなくても恋愛映画を観てもいい。泣けるらしいし。


 自動券売機のタッチパネルで操作して、目的の恋愛映画を選択。次の回の上映開始は20分後なので、丁度いい。


 ただ座席が問題。カップル多数のシネコン+恋愛映画ときたら混雑は避けられない。ほとんどの席が埋まっていた。


 空いている座席は4席だけ。あいにく隣り合った2席は空いてない。4席のうち、まともに鑑賞できそうな位置もひとつだけだ。

 この席を譲るのが、レディファースト?的な考えだろう。


「真紀さんは、この中央付近の席にしなよ」


 真紀さんは何も言わず、タッチパネルの『戻る』を押した。


「真紀さん?」


「高尾くん。2人で来たのに離れた席に座るって、意味ないよね?」


「じゃ、次の次の回にしようか?」


「別の映画でいいかな。高尾くんのお勧めは?」


 お勧めというほどのものはない。ハリウッド大作も混んでそうなので、最初に目に付いた映画を勧めてみた。


「この洋画ホラーはどうかな? 次の回は15分後だから待たずに済むし。真紀さん、ホラー系は苦手?」


「ぜんぜん」


「じゃこれでいい?」


「高尾くんと観れるなら、どんな映画だって楽しいよ」


 昨日も似たようなことをメッセージで送ってきたような。どこまで本気なのか冗談なのか。カースト最上位の思考は読みがたい。


 こちらも人気作のようだが、まだ席は空いていた。中央端の2席を選ぶ。もちろん隣り合った席だ。


 その後、真紀さんが化粧室に行ったので、僕は売店に並ぶことにした。タイミングを見計らったかのように、英樹から電話がきた。


「もしもし」


『おう。滝崎さんとはどんな感じだ?』


「観る映画を決めたので、僕は売店の列にいるよ」


『ドリンクとかはお前がおごれよ、高尾。カレシがカノジョに奢るのが、カップルのマナーってもんだ』


 おかしい。英樹は頭もいいほうなのに、何度カップルを否定しても理解してくれない。真面目に脳の検査を勧めたくなってきた。

 もういちいち否定するのも億劫だ。


「……それ、大事な助言?」


『大事な助言の一つだな』


「じゃ従うよ」


『あ、そうそう本題は別にあったんだ。いま洋画ホラーやってんと思うけど、これは選ばねぇほうがいいぜ。オレはこの前カノジョと観たんだが、結構ヤバいシーンがあったからな。まぁオレたちは問題なかったけど、お前らは心配だ』


 ヤバいシーン? グロ描写があるということかな。そういえばR15指定だったような。


「残念だけど、そのホラーのチケット買っちゃったよ」


『え、なんだって!』


「心配することないって。真紀さんがグロいの苦手だったら観るのやめるから。あ、真紀さんが来たから、じゃあね」


『おい、グロが問題じゃなくて問題はエ──』


 僕は通話を切った。


「高尾くん。スマホの電源は切っておかないと」


「あ、そうだね」


 スマホの電源を切ってからポケットに入れた。


「真紀さん。友達から聞いたんだけど、このホラー映画、けっこうグロがきついらしいよ。大丈夫?」


「うん平気、心配してくれてありがと」


「なら良かった。それと、ポップコーンとドリンクは僕が奢るよ」


 すると、真紀さんが悪戯っぽく言う。


「男の子が奢ってくれるのは、カップルだけかと思ったよ」


「それは狭量な考えだと思うね。友達同士でも奢るはずだ。現に僕がいま、奢ろうとしている」


「ふーん。私、高尾くんの友達なんだ?」


「え?」


「ただの『隣の席の女子』から、ランクアップできたのかな?」


「……まぁ僕はケチな性格だから、奢るとしたら友達だけだよ」


 僕の返答を聞くなり、真紀さんは幸せそうな微笑みを浮かべた。


「なんだか、すごく嬉しいよ、高尾くん」


「それは……良かった」


 よく分からないが、ドギマギした。

 真紀さんを見ていると平常ではいられなかったので、視線を売店へと移す。


「だけど高尾くん。私はまだ満足できず、次のランクを狙ってるかもよ?」


「え?」


 真紀さんの謎発言を問いただす前に、売店の順番が来た。財布を出しながら尋ねる。


「真紀さん、飲み物は何がいい?」


「オレンジかな」


 僕は店員に言った。


「じゃオレンジジュース2つと、Sサイズのポップコーンが2つ」


 すると真紀さんが店員に向かって、


「すいません、訂正します。ポップコーンはLサイズが1つで」


 注文を終えてから、僕は首を捻った。


「真紀さん、ポップコーンはいらなかった?」


 女の子だから、カロリーの高い菓子は控えてるのか。そこまで気が回らなかったな。しかし、なぜ僕のポップコーンを勝手にLサイズにしたのか。


「いるよ。映画といったらポップコーンだよね」


「だけど1個しか注文してない」


「2人で、ひとつのポップコーン容器から食べればいいよね?」


「あー、だからLサイズ1個……」


 そんな食べ方はカップルだけかと思った──という思考になんか疲れた。


 ドリンクとポップコーンをゲットして、劇場へ移動する。


 僕と真紀さんの座席は、中央付近の列の右端2席。

 つまり通路側の席と、その左隣の席だ。


 さらにその左隣席には、見るからにチャラ男とその恋人が座っていた。

 真紀さんに気づくと、チャラ男は舐めまわすように見てきた。


 真紀さんは僕の恋人などではないが──これはなかなか不愉快だ。


「真紀さんは通路側に座りなよ」


「ん、ありがと」


 隣に座ったのが僕だったので、チャラ男があからさまに舌打ちしてくる。お前の隣に真紀さんを座らせるわけがないだろ。

 僕が間に入っているので、チャラ男の視線から真紀さんを守れる。


「そういえば、店員さんにトレイをもらうのを忘れたね」


 トレイを真ん中のドリンクホルダーに差し込めば、そこにポップコーンを置けたのに。


「ポップコーン、どうする?」


「高尾くんが膝の上にのせておいてくれる?」


「いいよ」


 僕は真紀さん側の膝の上に、ポップコーン容器を置く。


 真紀さんが白い手を伸ばしてきて、指先でポップコーンを取って口に運ぶ。美味しそうというか、満足そうな顔をする。

 そうか、そうか。真紀さんはポップコーンが好きなのか。


「たくさん食べたかったら、真紀さんが自分で容器を持ってもいいんだよ」


 僕が親切心からそう言ったら、なぜか溜息をつかれた。


「高尾くんが持っていてくれて、そこから私が食べるほうが──アレみたいじゃない?」


「アレって?」


「それは、カ……なんでもないよ」


「まさか、いまカップルって言おうとしたんじゃ──」


「ほら、もう予告が始まったよ。お喋りは厳禁」


 そう言って、真紀さんは追及の手を逃れた。

 ポップコーンは僕の膝上のままだ。


「まぁいいけど」








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ