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1時間目の休み時間。
僕は里穂の机まで移動した。
「里穂、覚えてるかな。君が、『困ったことがあったら何でもあたしを頼って』と言ってくれた、あの日を」
里穂は不審そうな顔。
「あたし、そんなこと言ったっけ?」
「言った」
デタラメだが、とりあえず言ってみた。ダメ元精神。
里穂は難しい顔をし、おそらく記憶の糸を手繰っている。
「言った、ような気がしてきた」
「え、ほんとに?」
「そういえば、あたしは言ったわね。高尾、あの日の約束を守るときが来たのね?」
「……そうだね」
テキトーな嘘に騙されただけでなく、話にあわせて記憶改ざんまでしてくれるとは。
心根の優しい少女である。
大学とかで変なサークルに騙されないよう、気をつけてもらいたい。
「それで高尾。困ったことというのは、千沙関連なのね」
「そうそう」
「震源地はいつも千沙なのよ。あたし、知ってる」
「助けになってくれるかな」
「もちろんよ。あたしに任せて」
朝は見なかったことにされたが、一度その気になると里穂は頼りになる。
「それで何事なの? 詳しく」
「本庄のお姉さんが来るんだってさ」
とたん里穂はすっくと立ちあがり、物凄い速度で歩いていった。
あまりに突然の展開だったので、僕は茫然と見送り
ハッとした。
「おーい、里穂」
廊下で追いつく。
「どうしたの?」
「陽菜姉が来るなんて聞いてないわよ」
『陽菜姉』と言っているのだから、やはり知り合いらしい。まぁ本庄の幼馴染だしね。
「とにかく来るんだよ。しかも、僕が本庄とレイトショーに行ったのが原因らしい。本庄はこの世の終わりが来る、みたいな感じだし。ここは里穂の助けを借りたいと思ってだね」
「いや」
「は?」
「何でもあたしが助けになると思ったら大間違いよ、高尾」
「さっきと言っていることが真逆なんだけど。その陽菜さんって、どんな人なんだ?」
「陽菜姉はたおやかなのよ。しかし、怖いの。たおやか怖いの」
「なんだそれ」
里穂は観念した様子で溜息をついた。
「仕方ないわ。乗りかかった船だもの。陽菜姉が戻ってくるのに備えて、あたしも力を貸すわ高尾」
さすが里穂。
困っている人を見捨てられない性格なのだ。
「里穂はいいお嫁さんになるね」
里穂が頬を赤らめて、
「え、婚姻届けを取りに行く?」
なんでそうなる。
「とにかく高尾。陽菜姉に対して、こっちも切り札を用意しておいたほうがいいわね」
切り札という響きからして、切れ者をイメージ。
「真紀さんか」
「違う。松本くん」
「英樹?」
「意外と相性が良さそうなのよね。つまり、陽菜姉が苦手にしそうなタイプ」
「それって、どんなタイプのこと?」
「軽薄で最低な男」
僕の親友が酷い言われようだなぁ。
仕方ないが。




