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カラオケ店から出たところで、僕は小夜と2人きりになった。
現在。
英樹は一緒にいた女の子と別れ話中。
里穂はソロカラにハマっている。
いまのうちに仕事を終わらせておこう。
「小夜さん。全て君の満足いく形で終わったわけだね? 英樹と元の状態に戻ったし」
小夜は小首を傾げて、謎めいた笑みを浮かべた。
「そうですね」
うーむ。やはり英樹と元鞘に収まることが最終目的ではないな?
あとで英樹に警告してやろう。
「じゃ消去してくれるね?」
小夜は難題に直面したような顔をしたが、やがて深遠なる答えにたどり着いたらしい。
「水沢さんを消去してほしいと?」
「いや、いや。どうして僕が僕の消去を乞わなきゃならないの。それ、どういう変人?」
「失礼ですが、水沢さんは少しばかり変人ですし」
ヤンデレに言われたくはないなぁ。
とはいえ病んだ人は、自分が常識ラインに立っていると思っているものだし。
まぁ、どんな人間も自分が正しいと思っているわけか。
「画像だよ、画像。僕が本庄千沙といるあの画像」
「ああ、アレでしたか──本庄先輩の妹さんとご一緒のあの画像」
「そう」
「消去してほしいと?」
「そういう約束だったよね?」
小夜は自身のスマホを取り出したが、そこで動きを止めた。
しばらく、自身の指先を見ていたが、言った。
「水沢さん。ここに、樽があるとします。樽いっぱいに水が入っています。そこに醤油を1滴、垂らしたとしますよね? すると醤油は拡散します。では、その醤油を取り除く方法があるでしょうか?」
「濾過するとか?」
「今のはモノの喩えですので、真面目に答えられても困ります」
「え?」
「とにかく、例の画像は醤油と同じです。我々のネットワークを流れた以上、わたくしが自身のスマホから削除したとしても、意味はありませんよ」
「つまり画像は残り続ける?」
「もちろんです」
「白鉦ネットワークに?」
「はい」
それはどれくらい重大事だろうか。
脳内で分析してみた。
つまるところ、僕が本庄といてもそれは犯罪ではない。
厳密には夜遊びの証拠写真だが、画像からだけではそれは証明できないのでは?(撮影時間まで確認すれば別だけど)。
結局、真紀さんと里穂に見られなければいいわけで。
となると白鉦ネットワークとの接点だけ封じればよい。
つまり井出小夜だけ。
「小夜さんが余計なことを言わないでくれれば、問題なしだ」
「わたくしの口は堅いです。信用してください。大船に乗ったつもりで」
「それは良かった」
「オリンピック号に乗った気でいてください」
「……え、ごめん、なんの船?」
「タイタニック号と同型の船ですよ」
「あそう」
オリンピック号は沈没しなかったらしい。
翌日。
すべて問題を片付けたつもりで登校したら、昇降口のところで本庄に捕まった。
しかし、今日の彼女は様子が変だ。
何かに怯えている様子で、素早く周囲へ視線を投げる。
それから、早口で言った。
「一緒に高飛びしよう、水沢くん。今すぐに」
本庄千沙の言動は予測できない(というか予測する気も失せたが)
「ちょっとまって……一体どうしたの?」
本庄は、地震の予言みたいな口調で言った。
「姉が来る」




